第九話 風車(かざぐるま)

-remota-

十六夜は、赤子を山に連れ帰り、木の実を砕いたものなどを与えて育てました。
時折、僅かに残った銀翅の記憶から式神を創り出し、世話を任せることもありました。

十六夜は、銀翅と以前暮らした家には戻らず、己の眷属を用いて新たな家を造らせました。
赤子――娘には、(はるか)という名を与えました。

娘はすくすくと育ち、気付けば6年が経っておりました。
遙は、十六夜と住んでいる山の中を駈け回り、日々を健やかに過ごしておりました。

あるとき遙は、いつの間にか、かつて村のあった辺りまで下ってきてしまっていました。
十六夜には、帰ってこれなくなってはいけないから、あまり遠くには行かないように、と言われていましたが、見下ろす廃村の風景に、遙は目を奪われました。
――至る処に、風車が立っていたからです。

それらの風車は、十六夜が、屠った人々が彷徨い出てこないように、つまり封印のために立てたものでした。十六夜は、数年経った今でも村人たちを快く思ってはいなかったのです。
自分はともかく、このまま何もしなければ、村を彷徨う者たちが遙に危害を加えるのではないかと考えてのことでした。

その経緯を知らない遙は、目についた風車を無邪気に引き抜き、家へ持ち帰ります。
十六夜は、遙が手に持っている物を見て大層驚き、元に戻してきなさい、と叱りました。
遙は、突然叱られたことに驚き、涙を流しながらも再び廃村に戻って風車を放ると、またも家へと向かいました。

その帰り道、遙は、今まで見たことのない建物を見つけます。
山の中では、自分と母親が暮らしている家しか見たことのない遙は、誰かが住んでいるのだろうかと気になり、家の戸を開けて、中へ入ってゆきました。

「こんにちは。――だれも、いない?」
まだ昼下がりのはずなのに、中には誰もいません。お洗濯にでも行っているのかしら? と娘は考えましたが、部屋に散らばる白いそれを見てとると、何かしら、と拾い上げました。

それは銀翅の亡骸でした。
しかし、遙はそれが何であるかを理解することはできません。――人骨を見たのは、これが初めてだったからです。

遙は、一際大きな骨――頭蓋をひょいと拾い上げました。
白く、丸みを帯びたそれには、いくつかの空洞がぽっかりと口を開けておりました。

「…?」
遙は、じっとそれを見つめます。――すると、不意にだれかの気配がしました。

「…!」
おそるおそる前をみると、そこには銀翅の姿がありました。

「…おじさん、だあれ?」
「……。」
銀翅は、少し寂しそうに、遙に微笑みかけました。

遙は、銀翅が着ているものが、辺りに散らばる衣と同じものであることに気付きます。
「…? …???」
しかし、それ以上のことは何も分からないのでした。

銀翅は、そっと遙に向かって手を伸ばすと、その頭を撫でました。
遙は、不意に懐かしいような感覚を覚えつつ、何故か眠りの世界へと誘われてゆきます。


遙は、夢のなかで過去のあらましを知りました。
長い長い夢からぱちりと醒めた遙は、眠い目をこすりながら、辺りを見回します。

銀翅の姿はありませんでしたが、代わりに、風車が落ちていました。

「…!」
――そうか、これは、いなくなった人の墓標なんだ。だから、触っちゃいけないんだ。
漠然とではありますが、遙はそう解釈しました。

遙は、何かを決意したような表情をすると、銀翅の頭蓋骨と、落ちていた風車を抱え、家の外へと向かいました。
そして、家の裏手に着くと、手に持つものを脇に置き、両手で少しずつ、穴を掘り始めました。

そして遙は、試行錯誤の末、どうにか頭蓋骨が埋められそうな穴を掘ると、
そこに銀翅の頭蓋骨を埋め、風車を立てて、どこか満足したような表情を浮かべながら、十六夜の待つ家へと帰ってゆきました。

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