第七話 金の月

-remota-

声のする方を見れば、(かす)かな姿ではありましたが、確かに銀翅の姿が見えました。

「君の怒りはよく解る。けれど、まずは話を聞かなければいけないよ。」
「…自分が、殺されてんのに、あんたは何でそんな――」

「私のせいだ。」
「…!?」
いつものように悠然と笑みを湛えたままで、なお紡がれた銀翅の言葉に、十六夜は戸惑い、続く言葉を失います。

「私の努力が足りなかった。――力を尽くしたと思っていたけれど、足りなかったのさ。」
「――そんなん…、あんたは、ああまで身を削って…人の為にって、やって――」

「病さえ、なければ。――私が、彼らに隙を見せてしまったから、彼らは、やれる、と思ってしまったのさ。(しず)かに彼らの目を見れば、きっと…止められた。」
死してなお、村人の誰を責めるでもなく、ただ己の身を呪う銀翅に、十六夜は呆れすら憶えます。

「――だから。君だけは、彼らを信じてやってくれないか。」
「っ、…」
自分が為せなかった役割を、どうか果たしてくれと銀翅は言います。

「何を言いに来たんかと思えば、そんなことか。」
そこまで伝えたいことがあるのなら、さぞ恨めしかろうと思っていた十六夜には、銀翅の願いは理解の及ばぬものでした。

「――わかった。あんたに免じて、あと一回だけ機会をやる。それでも、あかんかったら…全員、喰らい尽くしてやる。」
十六夜は、心底怒りの籠った眼差しを、銀翅に向けます。

「ああ。それで、いい。――どの道彼らには、君の恩恵はもう及ばないだろうから、そう遠くないうちに(ほろ)びてしまうだろう。それなら、せめて…君のしたいようにするといい。――ただ…」
「…? まだ何か、あるんか。」

「彼らを喰らうと決めたのなら、その時は…どうか、私のこの魂も喰らってくれないか。」
「は…?」

「誰もいない村に、ひとり残ったとて、つまらないだろう?」
離れられないのだ、と銀翅は笑います。
「私は…未だ、彼らを信じたい。その想いだけで此処にいる。それが叶わなかったのなら、此処に残る意味などない。それならせめて、君の力になりたいのさ。」

「…それを、うちに決めろと?」
「――欲しくはないのかい? この力が。」
銀翅は静かな目で、十六夜を見つめます。

「今の君には、村人や…私の家の者全てを喰らうほどの力はない。しかし、私の力があれば、君はいとも簡単に彼らを喰らい尽くせるだろう。」
「――何や。やっぱりあんたも、あいつらが憎いんやないか。」

「……。私には、もう…判らなくなってしまった。」
「…。」

「村人たちの苦しみにも、君の怒りにも触れてしまった。幽かな存在には、幽かな自我しか宿らない。――私の意識など、生者と比べれば実に脆いものさ。」
悲しそうに俯いたままで、銀翅は初めて、迷いらしきものを浮かべました。

「ただ悲しいと叫んで、誰かを引き摺り込むような存在には…なりたくないんだ。」
止まってしまった時の中で、怒りや悲しみに塗りつぶされた存在にはなりたくない、と銀翅は言います。

「うちかて、そんな…。あいつらを、許したくなんかない。」
「…今は、そうだろうね。けれど君には、時の流れというものがある。」
時にすら縫いとめられてしまった銀翅は、怒りに身を委ねるばかりの十六夜を見ながら言います。

「――もしかしたら、君の怒りが鎮まることがあるかもしれない。その時に、君の心が少しでも――他の、善いものに向くのなら、それは私にとっても喜ばしいことだ。」
「………。」
銀翅の言葉を否定しようとした十六夜でしたが、一度は人間を信じた十六夜にとって、その可能性を完全に否とすることはできませんでした。

「その時に…君の傍にいて、また、人を信じたいんだ。」
何もかもを諦めたはずの銀翅が、それでもと縋る希望は、時の流れと、人にありました。

「…そんな奴、ほんまにおるんかな。」
「わからない。――つまり、そういうことさ。」

「…おらんかったら、承知せんからな。」
「いるかもしれないから、それでいいじゃないか。」
――ははは。と笑う声が、聞こえたような気がしました。

「ほんまに。…しゃあないなぁ。」
そう呟いた十六夜には、洞穴に近づいてくる村人たちの足音が、早くも聞こえておりました。

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