とある一族に伝わりし伝承
されど偽りか真かは、当事者にしか判らぬ噺
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どこか深い山の麓。そこには村がありました。
山には豊作の神がおり、麓の村の人々はその恩恵を授かりながら、日々を豊かに過ごしておりました。
けれど、不思議なことに段々と村の子供たちが減ってゆきます。村人たちは、消えてしまった子供たちのために風車を供え、祀っておりましたが、事態は悪くなる一方でした。
おそろしく思った村のとある男は、同じ村に暮らす陰陽師に預言を求めました。
その陰陽師が言うには、化け狐が女の胎の児を喰らっているせいで、死産や流産が相次いでいるとのことでした。そこで、村人たちは陰陽師に、化け狐を封じてくれと頼みました。
陰陽師は化け狐のいる山に向かい、狐を封じてまわりましたが、狐に喰われた胎の児が狐の眷属として生み直されていたために、化け狐の数があまりにも多く、到底敵いそうにありませんでした。
永いたたかいを経て、果てに陰陽師は自らもろとも化け狐を封じました。
そのおかげで村の女たちは子を授かるようになり、村を救った陰陽師は大いに祀られることになりました。
しかし、一匹だけ、陰陽師の手から逃れた子狐がおりました。
その狐は人間をおそれ、ひっそりと山奥に隠れ棲みました。
やがて、子狐は成長し、大きな力をつけました。
かつて自らの親兄弟が陰陽師によって封じられたことをよく思っていなかった狐は、村人を陥れようと、人間の幼子の姿に化け、時折村へ降りて、自分と同じくらいの年頃の人間に混じって遊びました。
いつも、どこからかやってくる少女を、子供たちや大人は温かく迎え入れました。
特に大人たちは、山から下ってくるありがたい神様だと信じ、感謝しておりました。現に、少女が山から降りてきた年には、不思議と稲が豊作になったからです。
最初こそ人間をおそれていた狐でしたが、そうおそろしいものでもないのかもしれない、と思い始めておりました。
しかし、時が経つにつれ、いつまでも成長しない少女の姿を見たかつての子供たちは、少女を怖れはじめました。
またしても、理由のわからぬまま仲間外れにされた狐は、再び山に籠り、村に降りなくなりました。
山の神の『恩恵』に与れなくなった村は、突然、たいへんな凶作に見舞われました。
死人が多く出ましたが、その中には、かつて狐とともに遊んだ者も含まれておりました。
村人たちは、それらの亡骸を神のいる山へと運び、土に還しました。
山に還された亡骸は、当然、山の神のものとされましたが、狐当人は、人間の勝手な振る舞いには飽き飽きしていたため、それらの亡骸や、悲しむ村人たちには近寄ろうとしませんでした。
しかし、産まれてくる前の胎児には何の罪もない、と考えた狐は、せめて、と考え、子を宿していた女の亡骸の傍らに風車を立てました。
ところが、それを見た村人は、かつて村を襲った化け狐のことを思い出し、またしても狐が人間を喰らっているのではないかと考えました。
そこで、かつて化け狐から村を救った陰陽師の末裔である人物に、狐を滅するようにと願い出ました。
その陰陽師は、血筋により強い力を持っておりました。
力を無為に扱うことはせず、式神をつくることで村の人々を助ける役目を果たしておりました。
狐という物怪を封じる役目を願われた陰陽師でしたが、それには抵抗がありました。
人を助けるのならば喜んで手を貸す思いでしたが、物怪とはいえ滅する以上、快く思うわけにいきませんでした。
しかし、狐という物怪を倒さなければ、村の人々が多く犠牲になってしまいます。
思い悩んだ陰陽師は、村人たちに、しばし瞑想する、と伝え、狐と同じ山に籠りました。
陰陽師は、山に入ると、頃合いの良い洞穴を見つけ、そこを仮の住処とし、狐を捜しました。
しかし、狐は幻術を用いて隠れていたため、陰陽師の強い力をもってしてもなかなか見つけだすことはできませんでした。
狐による幻術のせいで狐を見つけられないことには気づいていた陰陽師でしたが、
無理に暴いてしまうと狐に警戒されてしまうと考えた陰陽師は、何をするでもなく洞穴に引き返すことしかできませんでした。
陰陽師自身も、思いの外強い狐に、やはり封じるしかないのかと気を重くするばかりでした。
当の狐は、自分を退治しにきたはずの陰陽師が、何日経っても何もしてこないのを見て、こんな幻術も見破れないような人間が来るとは、と呆気に取られておりました。
そこで狐は、陰陽師をからかってやろうと思い、雨の日に幼子に化け、陰陽師のいる洞穴へと向かい、「どうか、雨宿りをさせてくれませんか」と申し出ました。
「…おや。こんな雨の日に、こんな山奥まで私を訪ねてくるのは、どちら様かな?」
「兄さん。うち、雨に降られて困ってるんや。ちっとばかし、雨宿りさせてくれへんか」