第19話 鹿と馬

-irreal-

翌日。――月曜日。
朝礼前に、久しぶりに鹿園が俺に声をかけてきた。

「おい狐塚!」
「な…何だよ、朝から。うるせーな」

うるさい、と言ったことに何か思うことがあったのかは分からないが、
鹿園はこそこそと俺に近づき、用件を伝えてきた。

「なぁ。昨日さ、二階堂先輩が部活に来なかったんだ。…お前、何か知らねぇ?」
「は? …何で俺が先輩のプライベート情報を知ってると思ってんだお前は。」

「いや…それもそうだよな。悪ぃ。…でもよ、今までほっとんど部活休んだことねーんだぜ、二階堂先輩。」
「…。それで?」

「…けど、前、お前の家に行った頃からやけに休みやら早退やらが増え始めてさ。」
「…はぁ。」

「っつーことはだぜ? やっぱり、お前か、お前の家に何か関係あるんじゃねーかと思ってさ。」
…。こいつ、珍しく勘が鋭い。――平たく言うと鹿園の言う通りなのだが、バレると色々と面倒なので惚ける事にする。

「…何もねーよ?」
「ほんとか?」

「ほんとだって。あるわけねーだろ。何かは知らねぇけど、先輩には先輩の都合があんだろうよ。…つーか前から思ってたけど、お前何かと人を詮索すんのやめた方がいいぞ。」
「へ? なんでだ?」

「……馬鹿か…。」
俺は思わず、日頃から思っていたことを小声でぼやいてしまう。…どうやら、鹿園には聞こえていなかったようだが。

「フツーは詮索なんてされたくねーもんだよ。」
「…? 俺はそーでもねーけど。」

そりゃ、お前が隠すことなんて大したことねーだろうからな! と言いそうになったが、ここはぐっと堪えるべきだろう。…仕方ない、奥の手を使うか。
「……はぁ…。…………こんなこと言いたくなかったけど、お前、そんなんだからモテねーんじゃねーの?」

「!??!? お前、何で俺がモテねーの知ってるんだ!?」
わざわざ探らなくても、見てるだけで分かる。放課後暇そうに俺に絡んでくるところとかな。…と心の中でぼやきながら、この言葉もぐっと堪える。

「つっこむとこはそこじゃねーと思うが。」
「…じゃ、じゃあ何か? お前はモテてんのか? あ?」

…何故か焦り出す鹿園。というか、また詮索してるし。あー、めんどくせぇ。
これ以上詮索されるのは御免なので、どうにかこの話題を終わらせることにしよう。

「俺はそもそもそういうの興味ねぇ。」
「は!?? お前、よくそんなんでやってけんなぁ。…それ、病気じゃねーの?」

…どうやら逆効果だったらしい。察しろ。
「………。女にうつつを抜かしてる暇はねーんだよこっちは。」

「うわ何そのセリフ、かっけーな。言ってみてぇ…。」
…。よくわからない鹿園の反応に、もはや返す言葉もない俺。だめだコイツ、馬鹿だ。

「…とにかく。俺は二階堂先輩の事なんか、知らねぇよ。」
「あ、ああ。そうか。…となると、カノジョでもできたのかな、先輩。」

半分正解である。…まぁ、たまたまだが。
あまりその話をされると、姉と先輩の雰囲気を思い出してにやついてしまうので、この話題も早急に切り上げてもらうことにしよう。

「…。だから、人のプライベートを詮索すんなって、お前は。」
「ああ…。モテねーのは勘弁だもんなー。いや、でも逆に気になるよな〜…。」

「逆にって何だ、逆にって。お前さっきから気にしてしかいねーだろが。…他人を気にする暇があんなら、少しでもテメーを磨きやがれ。」
「……狐塚。なんかお前今日、かっけーことばっか言ってんぞ。」

…そんなつもりはないのだが。
…というか、用件が済んだのならとっとと戻ってもらえないだろうか。

「…ああもう。うるせーなお前は。さっさと席につけよ、ほら――チャイム鳴ってるし、猪上先生来んぞ。」
「うわやべ、戻るわ。…手間かけたな!」

二度とくんな。と思いながら、俺は読みかけの本を鞄に仕舞った。
…隠さなければいけないことがどんどん増えていく状況に、めんどくせぇな。と重ねて思いながら、俺は鳴り始めたチャイムの音を聞くのだった。


思えば、以前は鹿園に限らず、チャラついた部類のクラスメイトにやたらと絡まれることが多かったが、最近そういったことも少ない。
ひょっとしたら、二階堂先輩が釘をさしてくれているのかもしれない。頼んでいるわけではないので実際のところは分からないが、もしそうだとしたら、ありがたい話だ。

俺は基本的に、休みの間は読書をしていた。
…クラスメイトの男子によくサッカー等に誘われるのだが、こちとら課外での運動は修行で事足りている。なので、少しでも趣味の時間を増やすために、休み時間は一人で過ごすことにしている。

…それだけだ。
別に、クラスメイトの誰かを嫌っているわけでもないし、嫌われる覚えもない。…鹿園のようにしつこい奴もいるにはいるが、大体の男子は俺が遊びに混ざらない類の人間だと分かると、そっとしておいてくれるようになったので助かっている。

話しかけられれば一応返事はするし、対応も特に変わらない。
読書に集中している時はつい素っ気なくなってしまいがちだが、そもそもそういう時に話しかけてくる奴は少ない。…これまた、ありがたい話だ。


…そんな対応を常々されていたクラスメイト達は、先程の俺と鹿園との会話を聞いて、少々驚いているようだ。
あいつ、あんなに喋るんだ…だの、でもいつも通りすげーうざそうだな…だの。

鹿園は、クラスメイトの男子から「おい、お前狐塚と仲良いのか?」と聞かれて「ああ、まぁな。」と答えている。
…断固否定したいが、面倒なので良いか。先生も来るし。

はぁ。と溜息をつき、空の机の中に教科書の類を入れようとした。
…と、空のはずの机の中に何かがあることに気付く。

俺はそれをそっと手に取り、誰からのものかを見る。…女子の名前だ。要するに、ラブレターだった。
またか…。と俺は心中で溜息をつく。

鹿園のいる手前ではああ言ったが、…ついでに自分で言うのも何だが、俺は結構モテる部類らしい。
今回の手紙は珍しく記名されていたが、正直に言うと、名前を見ても相手の顔がさっぱり浮かばない。…興味がない、というのは半分本当だった。

…とはいえ、読まないのも失礼だろうし、家に持って帰ってから読むとしよう。読むだけだが。
こちらは相手がさっぱり判らないのだから、致し方ない。

正直なところ、仮にここから進展があったとしても、俺は御免だった。
家の事はおいそれと説明できないし、「家を手伝わないといけないから」とでも言おうものなら「じゃあ私も手伝うよ」なんてことになりかねない。

というか、女子はなにかと噂や経験を口にしたがるから、うっかり家に連れて行こうものなら、家のことを全てばらされるだろう。
…面倒くさい。――いつも思っていることだが、これに尽きるのだった。


そうこうしているうちに、今日も一日が終わった。
俺はいつも通り、速やかに帰宅する。

「只今帰りました。」
「おかえり。」――出迎えたのは母だった。

これまたいつも通り、自室に戻る。――姉はまだ帰っていない。
…まぁ、それはいつものことなのだが…、昨日のことがあって、何となく気にかかるのだった。


暫くして、夕飯に呼ばれた。姉の姿はまだ見ていないが、既に帰宅しているのだろうか。
いよいよ心配になってきたところだが、母は特に変わった様子もないので、何事もないのだろう。

居間に入る。――と。
「………何で先輩まで家でご飯食べようとしてるんですか?」――何故か、ごく当たり前のように二階堂先輩が卓についていた。

「ああ、諒。どうやら、二階堂君が宵夢を家まで送ってくれたそうなんだよ。既に遅い時間だったから、夕飯に誘ったまでのことさ。」――同じく卓についている父が答える。
「はぁ…そうなんですか…。それは、どうも。」――父が認めている以上、俺は口を噤むほかなかった。

…さては。
姉が心配で一人で帰せなくて、部活が終わるまで姉を待たせていたな?

…という視線を先輩に送ると、ついっと視線を逸らされた。どうやら図星らしい。
詳しい話は後で聞くとして、今は夕飯を食べることにしよう。

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