翌日の放課後。
俺は、またしてもクラスメイトの鹿園に絡まれていた。
「狐塚ー、なぁ頼むよ、1回でいいからさぁ、来てくれよ部活！」
「うっせぇ、行かねぇ！ そういうのはな、1回でも行ったら俺の意志関係なしにもう復帰したってことにされちまうのがオチなんだよ！！」
「そうだけど…」
「いやそこは認めんなよ…」
何だこいつ。はっきり言って馬鹿だろ。
自ら手の内を明かしてるんだからな…。はぁ…。
思わず呆れた顔で見ていると、それを責められていると勘違いしたのか、
「……だってさ、二階堂先輩がお前のことどうにか連れ戻せって言うから…！」
と言い訳した。
俺は更に呆れ、溜息を吐く。
「はぁ…。ったく、そんなこったろうと思った…。先輩が絡んでようが、俺はぜってー行かねぇからな。」
しかし、鹿園はなおもしつこく食い下がってくる。
「何でだよ。」
「用があんだよ。」
「何で毎日用があんだよ。」
「家の用事なんだよ、仕方ねぇだろ。」
「じゃ何でそもそも入部できたんだよ。」
「その頃は暇だったからだよ。…しつけーぞお前。」
「…………。そうか…。」
この無駄な問答はまだ続くのか？ と思った矢先に、とうとう鹿園は折れた。
「…じゃ、分かったよ。先輩にはそう伝えとく。」
「…おう。」
「なんか知んねーけど、頑張れな。」
お前もな。
…そう思いつつ、俺は帰路についた。
自室に入ると、珍しく姉が先に帰宅していた。
…まぁ、俺は結構長い間鹿園に絡まれてたし、それだけ無為な時間を過ごしたということだろう。まったく…。
「あ、諒くんおかえり。」
「ただいま。」
姉は勉強をしているようだった。
俺もするか。と必要なものを取り出し…、姉への質問がふと思い当たる。
「…あ、あのさ姉さん」
「何？」
「昨日さ。お狐さまが…その、“陰陽師”は姉さんだって、言ってただろ？」
「うん。」
「それ、父さんに言ったら、次期当主を姉さんに戻して貰えるんじゃないか？ その方が自然だろうし、お狐さまも納得するだろうし…」
「…そうだけど、それだと、父さんをまた振り回すことになってしまうじゃない。」
「え…。でも…、お狐さまが言っていたのもあるけど…、父さんはそもそも姉さんが次期当主をおろされることは、反対してたんだってよ？」
「うーん…。」
「…何か、考えがあるの？」
「…うーん…。」
よほど納得できないことなのだろうか。それとも、何か考えがあるのか？
…まぁ、俺がとやかく言ったとしても姉が納得していないのなら、結局はまた姉を振り回すことになってしまうので、俺はそれ以上の口出しをやめる。
「…まぁ、姉さんが今のままでいいのなら、いいけど…。」
「…うん…。私のわがままでごめんね。」
――少し話をした後、俺と姉はしばし勉学に励んだ。
そして日が暮れた頃、手が空いていた姉は母の手伝いをしに階下に降りていった。
するとその時、ガラリと戸が開く音と共に「お邪魔します」という声が…。
そして、それに続く姉の声も。
「あれ？ 二階堂くん。どうしたの？」
――先輩！？ なんでまた、俺の家に！？ まさか部活の話だろうか。
…いや、間違いないな…。俺がしぶとく断り続けているものだから、とうとう先輩が直々に説得に来たらしい。
…困ったな。
とにかく、俺も下に降りることにした。
玄関に行くと、俺が降りてきたことに気付いた姉が、俺に声をかけた。
「あ、諒くん。…二階堂君、諒くんに話があるんだって。丁度呼びに行こうと思ってたところなの。」
「ああ、うん。ありがとう。」
「じゃあ私、お母さんの手伝いしてくるから。――ごゆっくり。」
姉に声をかけられた二階堂先輩は、先程から黙りこくっている。
「…………。」
「…あの、先輩？」
俺が改めて声をかけると、ハッとした様子で俺に挨拶した。
「あ…ああ。狐塚。――その、突然訪ねて、すまないな。」
「いえ…。」
…この様子からすると、先輩、さては姉に好意を寄せているな…？
先程、姉が去っていった際も、その後を目で追っていたし。
…不可抗力で思わず笑いをこぼしてしまう俺。
それを見た二階堂先輩は、俺の笑いの意味を察してか、慌てだした。
あー、えっと、その。
とりあえず、話をしないとな…
「…すみません、先輩。…部活の話ですよね？ とりあえず、上がってください。」
「あ、いや、その…」
しどろもどろする先輩。…分かりやすすぎる…。
その様子に、こらえていた笑いが再びこみあげてくる…。耐えろ、耐えるんだ、俺…！
「…よ、用事を思い出したので、今日のところはこれで失礼する…！」
俺は、訪ねてきておいてそれかよ！ と思いつつ、あ、そうなんですか…と返すのが精一杯だ。
俺が、それでは…と挨拶を言う間もなく、二階堂先輩は逃げるように去っていった。
…図らずも二階堂先輩の弱味を握ってしまった俺は、ひょっとしたらこのまま部活の話はなくなるのでは？ と僅かに期待を寄せた…。