第11話 狐と狐塚家

-irreal-

――気付けば、空は既に赤くなり始めていた。
それを見た父は何か用事を思い出したらしく、「そろそろ休憩にしようか」と言って、部屋に戻ってしまった。

「姉さん、お疲れ様。」
「諒くんも。随分上達したね…。」

「そう? 良かった。」
「うん。私も嬉しい。」

「二人とも、お疲れ様。タオルとお茶、ここに置いておくわね。」
――母だ。気を利かせてくれたらしい。

「あ、ありがとう。」
「ありがとう、お母さん。」

暫しの休憩だ。
二人で縁側に座る。…すると、庭の隅に何か赤いものが見えた。

不思議に思っていると、その影に声をかけられた。
「おー、やっとるな〜」

「あ、おはようございます。」
「お狐さま。おはようございます。」
「諒に、宵夢か。おはよーさん。」

相変わらず赤い着物を着た、黒髪の女性だ。
言わずもがな、俺達がお仕えしている神様である。

しかし…、狐は、両親とは縁を切っており、つまりは両親を嫌っているのではなかったか。
何故、突然嫌っている人間の家へ訪れたのだろう?

考えたところで解るはずもないので、俺は大人しく尋ねてみることにした。
「お狐様。…何故ここへいらっしゃったのですか?」

すると、予想だにしない答えが返ってきた。
「何言うとるんや。うちはずっとおったで?」

「!? ど、どういうことですか?」
意味が分からないので更に尋ねた。

すると、狐は俺に向かってチョイチョイと手招きをする。
俺は、そそくさと近寄る他にない。

「…何ですか?」
「ほら、さっきあんたを招いた時。あんた、うちの城見たやろ?」

「あ、はい。………………そういえば…家に似ていたような…。」
「せや。あんたの家とうちの城はな、まぁなんちゅーか、シンクロしとるんや。」
ふふん、としたり顔で狐は俺を見る。

「は…!?」――どういうことだかさっぱり解らない。
「うちのほうの城の広さはうちが多少弄ってるけどやな、それ以外はだいたいいっしょや。」

「つ、つまり…?」――むしろ、説明されればされるほど解らない気がしてくる。
「解らんか。んーと、せやな…。例えば、あんたの家の客室。」

「はい。」
「あれが、さっきうちの城であんたとうちが会った時の部屋や。」

「は、はぁ…。」――そういえば、広さはあちらの方が断然広かったが、まるで鏡で写し取ったかのように反転していたような…。

俺の考えを読み取ったのか、うんうんと頷きながら狐は続ける。
「あんたが、あんたのオトンに何かと報告する時、やたら床の間のある客室に通されるんは、そのせいや。ついでにうちへの報告も兼ねてる。」
「な、なるほど…。」

「あんたのオトンは、うちへの報告も兼ねてることを知っててやってるわけちゃうけど、昔っからの習慣でそうすることになってるんが今も変わらずに残ってる、って感じやな。」
「そうだったんですか…。ということは、つまり」

「あの部屋で話してることは、大体うちも見聞きしてると思ってくれればええ。」
「……………」――やっぱりか…。

「………今まであの部屋でやったことを思い出して、ゾッとしとるやろ、あんた。」
「……………………。」

昔、あの部屋の柱に落書きをしたことを思い出した。道理で、お祖父様にこっ酷く叱られたわけだ…。
よくよく思い出せば、お狐様がどうとか、言っていたような気もする。――言い伝え程度にだろうが。

焦る俺をよそに、当の狐はけらけらと、「滅多なことはするもんとちゃうなぁ」と笑っている。
そんな俺達を見ながら、姉はひたすら戸惑うしかなかった。

「あ、あの…?」
俺達の長話を待ちきれなくなった姉がとうとう声をかけてきた。

「ああ、すまんな、宵夢。ちっとこっちの話をしとったんや。」
「は、はぁ。そうですか…。」

「ごめん、姉さん。後で説明するから。」
「あ、うん。ありがとう。」

「まぁ、簡単に言うとやな。この家と、うちが住んでるとこは、よー似とるでっちゅー話。」
「はぁ………。そうなんですか…。」
「……………。」――それでは何も分からないだろう。と内心で一人ツッコミを入れる俺。随分大雑把な説明だな…。

…そういえば。父の用事はまだ終わっていないようだが、そのうち戻ってくるだろう。
父と狐は居合わせても大丈夫なのだろうか…?

「ところで、お狐様。うちの父がそのうち戻ってきますけど、大丈夫なんですか?」
「…? 何が? 別にあんたのオトン、うちが見えとるわけとちゃうやろ? まぁ、見えててもさほど問題ないけど。」

またしても予想外の答えだ。
てっきり、狐は両親が嫌いなのだと思っていたが、違うのだろうか?

「………? うちの両親とは縁を切ったのではなかったのですか?」
「…ああ…。いや、そもそも縁切った理由がしょーもないから。」

「…? 理由を伺っても宜しいですか?」
「かまへんよ。……うーん。別にうちとしてはあんたらのオトンやらオカンやらの顔を見たくないから縁を切ったわけちゃうくてな。忙しそうやったし、『何やったらもうわざわざ来んでええよ』って親切のつもりで言うたんを、…夢の中で言うたからかな、オトンの解釈に違いが出てしもて…。結果、あんたらのオトンが盛大に勘違いしてるだけや。」

…何とも気の毒な理由だ。――それにしても。
「何故、また夢にでてその間違いを正してやらないんです?」

「そら、めんどいし。」
「………………。」――腑に落ちない。

「別に、もうわざわざ来てもらわんでも信仰してもらえるようになったしな。うちとしては、もうそれで十分やねん。その上、今はあんたらもおるしな。」
「………、そうなんですか…。」

父もそうだが、一番気の毒なのはうちの母だ。――父曰く、母は狐に嫌われたと思い込み、時折怯えているらしい。
怯えている、ということは存在を認めているということなのだから、狐としてはそれでも構わないということなんだろうが…。

「夢に出るんも案外しんどい、っちゅーこっちゃな。」
「………。」

狐は、相変わらずけらけらとさも愉快そうに笑っている。
…このことは、機会があれば俺から伝えることにしよう。

「そんで、どや、修行のほどは。…見せてみい。」
「あ、はい。…じゃあ…。」

俺は、立て掛けていた竹刀を手に取る。
姉は、相変わらず扇子を一本持っているだけだ。

ちょうど組み手を始めたタイミングで、父が用事を済ませて戻ってきた。相変わらず父は縁側に座るが、狐も父の隣に座ってこちらをにこにこと眺めている。
…狐があんなに近くにいるのに気付かないとは…。気の毒を通り越して哀しくなってくる。…が、今はそんなことを考えている余裕はなさそうだ。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -