第10話 緋色の扇子

-irreal-

帰宅すると、丁度姉が母と会話しているところだった。

「母さん。諒くん、見なかった?」
「え? 諒なら、自分の部屋にいるんじゃないの?」
「…あれ、そうなの? おかしいな。お手洗いかな?」

…まずい。姉が帰ってきたらしい。
いつもなら遅くまで居残りをしているはずなのに、今日は予定が違ったようだ。

俺は出来るだけ音を立てないように自室に戻り、自分の勉強机の前にある椅子に座る。
どうせ面は俺以外には誰にも見えていないのだし、とりあえず顔から外すことだけを優先してずらしてみた。
…と同時に、姉が部屋に入ってきた。

「あれ、諒くん。どこか行ってたの? さっきはいなかったけど」
「あ、ああ。ちょっとお手洗いに行ってた」

「ああ、そうなんだ。…ごめんね、変なこと聞いて。」
「いや、気にしないで。」

…間一髪だ。
ついでに、この面はいちいち付けたり外したりしなくてもずらすだけでいいらしいことも分かった。…まぁ、いつまでも付けてるわけにもいかないし、後で外すが…。

とりあえず、鞄の中から勉強道具を出す。
「姉さん、今日は委員会終わるの早かったんだね?」

「ああ、うん。そうなんだ。先生が急用で、お帰りになったの。」
「そうなんだ。」


「…諒くん、最近調子どう?」
「何が?」

「修行とか…。」
「ああ…。」

「大変?」
「もう慣れたよ。」

「そっか…。何かあったら手伝うから、いつでも言ってね。」
「うん、ありがとう。…じゃあ、後で久しぶりに一緒に修行する?」

「ああ、うん、いいね。…じゃあ、私も宿題やってからにしようかな。」
「分かった。…もし姉さんの方が先に宿題終わったら、先に行ってていいよ。」

「せっかく一緒にやろうって言ってるのに、私が先に行っても意味無いよ。」
「そうだけど…。待たせるのも悪いし。」

「気にしなくていいよ。もし私が早く終わったら、諒くんのも見てあげるね。」
「姉さんがそれでいいなら、そうするよ。」

「素直じゃないんだから。」
「…何か言った?」

「なんでもない。」――何故か、くすくす、と笑われた。
「……。でも、姉さんは頭いいから羨ましいよ。」

「え? そんなことないよ。クラスで一番ってわけじゃないと思うし…。」
「ふーん?」

「二階堂君とかは、私より勉強頑張ってると思うよ。」
「へ、へぇ、そうなんだ…。流石先輩だな…。」

二階堂…というのは、以前俺が所属していた弓道部の部長を務める人物だ。
そんな人物が何故今話題に上ったかというと、二階堂先輩が姉と同じクラスの生徒だからだ。…一応、姉も俺と同じく元弓道部員ではあるのだが。

「…あ。ごめんね諒くん。勉強の邪魔しちゃって。」
「いや、俺の方こそごめん。」

「じゃ、さっさと終わらせちゃおう。」
「うん。」

――そんなわけで、異界に足を踏み入れる事になった俺だったが、無事に元の世界に戻ることができ、いつもと変わらぬ日々を過ごしている。
宿題を終えたら久しぶりに二人で修行だ。一応、父にも伝えておくか。


宿題を終え、俺は父に二人で修行をすることを伝えた。
すると、それならばと父が見ていてくれることになった。これまた久しぶりだ。

まずは体慣らしに、家宝として伝わっている扇子を使うことになっている。
火は危険である以上もちろん加減はされるのだが、要するに燃え上がる炎を避けるだけの簡単なものだ。

…簡単な、とは言っても昔は一苦労だったけどな。
扇子を操る側はそもそも出す炎を加減することが難しいし、炎を避ける側は相手の動きを読むことが重要だ。

下手をすれば大火傷をするし、実際に俺も姉も、何度か火傷をした経験がある。
今までは、どちらも幸いなことに、大怪我をするには至っていない。というか、実際に怪我をしそうになると何故か急激に炎が弱まったりする。ひょっとしたら何か術がかけてあるのかもしれないが、それにしては蔵の壁を焦がしたりするのだからよくわからない。

普段は次期当主である俺が扇子を持つ役をするのだが、久しぶりにということで姉が扇子を持つ役をやることになった。
父は縁側に座り、俺と姉は庭で向かい合って立つ。そして、タイミングを見計らった父が合図を出し、修行が始まる。

お互いに軽く準備運動をしたところで、まずは一礼。
さて、それでは――始めよう。

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