第5話 狐の面

-irreal-

昼食の後、父に言われたことを姉に伝えた。

「父さんの言う『フランクに』って、どういう感じだろうな?」
「えっと…ほら、私と諒くんが、今こうやって喋ってる感じじゃない? それを、お父さんに対してもするのよ、きっと。」

「…え。」 思わず怪訝な顔をしてしまう俺。
「ほら、そんな顔しないの。…確かに、お祖父様が聞いたらすごくお怒りになるだろうけど。」

今にも「当主たる者が何を腑抜けた事を」とか何とか言う祖父の声が聞こえてきそうだ。
…しかし、てっきり父も祖父のように厳格な“当主”だと思っていたのに、本当に意外だ。…まさか父の口から横文字を聞くことがあるとは、思ってもみなかった。

「あの父さんが、ねぇ…。しかしそんなこと、急に言われてもなぁ…。」
「『今すぐにじゃなくてもいい』って仰ったんでしょう? ゆっくりでいいんじゃないかな。」

「…そう言う姉さんも『仰る』とか使ってるけど。」
「…ああ、本当ね」

くすくすと笑う姉。つい堅い口調になってしまうのは姉も同じらしい。
…当たり前だよな。俺ですらそうなのに、俺より“次期当主”が長いんだから。

「…お祖父様が亡くなって、父さんもちょっとは肩の荷が下りたのかな。…いや、変な意味じゃなく。」
「…そうね、そうかもね。…お祖父様、厳しい方だったもの…。」

しかし…フランクに、か…。う〜ん。しっくりこない。
まぁ、姉と話すような雰囲気で、いずれ父と話せるようになれば良いということで、とりあえず努力はしてみよう…。


「…そういえばさ、姉さん」
「何?」

「今から、狐のところにお参りに行くの?」
「うん、そのつもりだけど」

「そっか。…一応、気をつけて。」
「うん、ありがとう」

…ま、ついて行くけどな。俺も。
このタイミングで面が見つかって良かったな…。

「お社に行くこと、父さんと母さんには伝えた?」
「うん。…危ないからっていうこちらの理由だけで身をひそめているなんておかしいし、お狐様の存在を知ってて、お社の場所も知ってるのにきちんとご挨拶に行かない方が失礼なんじゃないかなって言ったら、渋々だったけど了承してくれたよ。…私が行く分には、だけど」

「やっぱり…、本当は俺が行った方がいいんだろうけど、駄目かー。…まぁお社には行かないにせよ、せっかくだから俺も何処かに出かけようかな〜。」
「そうね、せっかくお天気も良くなったみたいだから、そうしたら?」

俺が社に行かないようにと、下手に見張りをつけられたらマズい。
このまま出かけて、俺が部屋にいないことがバレでもしたら…。

「じゃ、父さんに伝えてくるよ。」
「うん。私も準備してくるね。」


数分後、俺は姉より先に玄関に向かっていた。
…父には最初怪しまれていたが、社と真逆の方向にある図書館に行く、と告げてみたら、少しほっとした様子で一応了承を貰えたし、見張りをつけられることはなさそうだ。…普段から真面目に修行をしていた成果がここにも出たらしい。

とはいえ、同時に家を出ると流石に怪しまれてしまうだろうと思ったので、俺だけ先に出ておくことにした。家を出て、角を曲がったあたりで面をつけ、戻ってくるつもりだ。
今日は日曜日だが、もともと家の周りは田舎なので人通りは多くない。…面をつけるタイミングにまで注意を払う必要がなくて、本当によかった。

「じゃ、行ってきます。」
「…気をつけてな。」

やはりというか、忙しいのにわざわざ父が見送りにきた。…外までついてこられるかと思ったが、門を出た俺が社と逆方向に向かったのだけ見届けて、中に戻っていったようだ。念のため、家の角を曲がって少し先まで行ってみたが、父が追ってくる気配はなかった。
俺は更に念には念を入れて、辺りを伺い誰もいないことを確認してから、面をつけ、家の門の前に戻った。

数分後、姉の声が聞こえた。姉も父に見送られているらしい。
…父が姉を見送るのには、恐らく別の理由がある。…姉は方向音痴なので、逆方向に行ってしまわないか心配なのだろう…。

姉は、その手にしっかりと地図を握っていた。
…姉が別の方向に行ったら俺はどうすればいいのだろう…と心配していたが、姉が玄関を出るまで父がしつこく道順を繰り返していたので、恐らくその心配はないだろう。

ともあれ、姉も門をくぐった。
俺は密かに姉の後ろにつき、気配を殺して姉について行った。

俺は、昔から何かと身体能力が優れている方らしく、聴力も嗅覚も視力も、一般人よりは優れている…らしい。俺自身に自覚はないが、他人の感覚が分からない以上比較のしようがないので、仕方がない。何故だろう、と疑問に思ったこともあったが、俺が狐側の生まれ変わりだったからだろう。
幼い頃に「お前は身体能力が高い」と言われ、せっかくなので鍛錬を積んだら、気配を消すことまで得意になってしまった。…一体何の役に立つのやら、と思っていたが、ここにきて役立つことになるとは思ってもみなかった。

姉はしきりに地図を確認しながら、着実に社に向かっていった。
社は、小さいながらも山の中にあるため登らなければならず、辿りつくにも楽ではないだろうと思っていたが、姉と俺は日頃から修行で鍛えているため、想像していたよりは楽に辿りつくことができた。

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