海に立つ鳥居 其の底には人魚の社
ヒトには決して視えぬ國
然れど浪が押し寄せる時 彼の民はヒトの前に現れると云う
ひとりの人魚が鳥居から出でた
其を一に観たのは漁の民
人魚は応えた “浪がくる”
漁の民は 急ぎ 舟を沖へと走らせた
其を見届けた人魚はひとり 鳥居をくぐり 國へ還っていった
そして 視た
浪はまず 人魚の國を呑んでいた
人魚はひとり 取り残された
嘆くと泡が立ちのぼり唄となり 漁の民は彼の國の不幸を知った
漁の民は 彼の者達にはいと珍しき
現世の花を海へ流した
沈んだ花は ひとつ ひとつ
彼らの亡骸を包む棺となった
残された人魚は喜んだ
然れど もはや独りとなった人魚には
生きるすべも思い浮かばず
仕方なく 人魚は再び 鳥居をくぐった
人魚は唄った
“彼の弔い いとうれし”
“然れど 我 もはや生くる術なし”
“うれしきかな かなしきかな”
漁の民は応えた
“なれば 我国で暮らせば良し”
人魚は応えた
“我には叶わぬ夢なり 唯観ることしか叶うこと無し”
云うと人魚は ゆらりと 海の底へ還っていった
暫しの後
またしても地の国に 浪が押し寄せた
然れど人魚は警鐘を鳴らさず
故に多くの漁の民が 人魚の國へゆくこととなった
“いずれ彼らは 再び鳥居の國より黄泉還ることであろう”と 漁の民は知っていた
いずれ彼らは底を視る
嘗て絶えた人魚の里の
狭間に揺れる
独り残りし人魚の亡骸を
ならば
彼らを水底に呼びしは 誰ぞ?
誰そ彼?
彼ぞ民也
水底の
或は地上の
或は黄泉の
或は現世の
至り至られ廻り巡る
よもや其の地は治に非ず…