第19話 一陽来復

-ideal-

夕飯の時間。
少し前に帰宅した花蓮は、部屋の賑やかさに目を丸くしました。

「…何だ、うちと大して変わらぬではないか。もっと良いものはないのか?」
「剛史さん。持て成されておいて何を言ってるんです、はしたない」――翠玉はそう言い、剛史の腕を密かに(つね)りました。
「痛っ。…何をする翠春」
「…ほら、花蓮さんも驚いてますよ。いい歳をしてあまり恥を晒すものではありません。」
「違…、そうではなくてだな…」

――食卓には、翠春が土産に持ってきた稲荷寿司と、葉介の家にあったありあわせのものが並びました。
弟一家が普段どんなものを食べているのかを心配していた剛史は、「子供たちにこんな質素なものを食べさせているだけで大丈夫か、もっと食べさせてやっても良いのではないか」といった意味のことを言ったのですが、どうやらうまく伝わらなかったようです。

がやがやと言い合う翠春と剛史をよそに、
「…とか何とか言って、兄はこういう素朴なものが好きなんですよ。」
――葉介は小声で花蓮に言います。どうやら、一応彼なりに兄を歓迎してはいるようでした。
「そ、…そうなのかしら…?」
――一方花蓮は、あまりにも普段と変わらない食卓に小さく不安を覚えつつも、弟である葉介が言うならそうなのだろうと半ば心配そうに納得するのでした。

そうこうしているうちに、食卓に料理が並びました。
「…。」――葉介は、ふと何かを思い出したように、卓につきかけた足を止めました。

「…どうかしたのか?」
怪訝に思った剛史が尋ねると、葉介は曖昧な笑みを浮かべて、花蓮を呼びました。

「……すみません、先に食べていてください。――花蓮」
「はい。…? 何かしら。ちょっとごめんなさいね…。」
――呼ばれて見れば、葉介が小さく手招きをしています。花蓮は、不思議そうな顔をしながらも葉介に応じるのでした…。


「…。」
そそくさと去っていった二人を見送りながら、剛史は箸を起きます。そして空いた腕を組むと、眉間の皺を深くしました。

「…剛史さん、召し上がらないんですか?」
「ああ。…お前達、先に食べていると良い。」
「お二人が戻られたら、戴きますよ。…瑠璃ちゃん、晶くんも、お先にどうぞ。」

「…。翠春が食べへんのやったら、うちも食べへん。」
「…ぼくも…。」
――何故か食事をしようとしない二人を気遣ってか、瑠璃も晶も、手に取った箸を箸置きに戻しました。

「我慢しないでお食べよ。お腹が空いているでしょう?」
「ええの。おきゃくさんより先に食べるんはあかんのやて、おかーさんが言うてたし…!」
「…るりねえちゃんが食べないなら、ぼくも食べない…。」

「おやおや…。」
――頑固な二人に苦笑すると、翠春は去っていった二人へ苦笑を向けました…。


葉介と花蓮の姿は台所にありました。
「…葉介さん、何かお話ですか?」
「ああ、ちょっとね。」

どう話したものだろうか。――葉介はそう思案するように、頬の辺りに手をやり、指でぽりぽりと掻きました。
そして静かに息を吐くと、何かを決意したように思い口振りで話し始めるのでした。
「…、兄とは和解したよ。…それで…、兄は時折でいいから、瑠璃や晶に会いたいそうだ。」
「…そうなの。それは、良かったわ。もちろん、いつでもお出でになってもらって構わないわ。」

「そうか…。…、…こちらから訪ねても良いそうだ。…いつでも。」
「…そう…。」――選ぶように紡がれる言葉を急かすこともなく、花蓮は静かに頷くのでした。

「――つまりその…。君には心配をかけた。もう心配はいらないよ。…有難う。」
「…。………ふふ。きっと、お兄さんも嬉しいのだと思うわ。だから、今日はいつにも増してお元気なのね。」

「…そう見えたかい?」
「ええ。…あなたも、なんだか今日はとても嬉しそうよ。もちろん、私も嬉しいわ。」

「…。」
「あなたがそうやって口籠るのは、自分のことを話そうとしてくれるときだもの。…わざわざ呼び出してまで私に話をするなんて、よっぽど嬉しかったのね。」

「う……。…そうか…。…今まで兄の事をよく知らなかったけれども、…私も兄も、よく似ていたのだね…。」
「――そうね。…きっと、兄弟だからこそよ。」
花蓮はくすくすと笑い、照れた様子の葉介は、やはり頬を掻きながら、わずかに苦笑しました。

「あなたたちの気が晴れたなら、何よりだわ。」
花蓮はそう言って微笑み、葉介ははにかんで笑いました。


「…遅い。」
――リビングに戻った葉介が耳にしたのは、剛史の鋭い一言でした。
「すみません、お待たせしました…。」
――その鋭さに僅かに怯んだのか、顔をひきつらせた葉介は咄嗟に謝罪を口にしました。

そして、そんな葉介が目にしたのは。
好物――稲荷寿司――を目の前にして今にも飛びつきそうな瑠璃と、それをはらはらと見つめる晶。
無理しないで食べたらいいのにと苦笑する翠春と、一体なんの話をしているのだ早くしろと苛立つ剛史でした。

「…先に食べていてくれと言ったではありませんか。」――そう驚いた葉介に、
「家の主より先に食べる奴が居るか。」と、静かに苛立ちを露わにしつつも、剛史は葉介の立場を気に掛けました。
「おとーさん、内緒話、長いわ…」――すかさず瑠璃が待ちかねたように言うと、
「…おなかすいた…。」――晶がぽつりと呟きました。

「ああ…、うん、ごめんよ…。きちんと待って、偉かったね、二人とも…。」
――葉介はそう言うと、利口な子供たちを素直に賞賛しました。
「ごめんね瑠璃、晶。…お待たせしました、お義兄さん。翠春さんも」
「うむ…。」
「お気になさらず。――瑠璃ちゃんや晶くんを、気に掛けていただけですよ」
――剛史から重く放たれた一言に少し萎縮した様子の花蓮を見兼ねて、翠春がそっと補足しました。

「…では早速、戴くとしようか。」
葉介は律儀な一同に苦笑しつつ、――なるほどこれが私の家族か、と、その血の濃さに静かに思いを馳せつつ、可笑しそうに笑うのでした…。

ideal:イデアル
スペイン語
意味:理想的な。観念的な、想像上の、架空の。
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