むかし むかし あるところに。
金の眼をもつ少女と、黒い目をもつ青年がおりました。
「おじょうさん。どうしてそんなにかなしい顔をしているのかな」
黒い目をもつ青年はいいました。
「…わたし、…」
青年にやさしく声をかけられた少女は、すこし驚いていいました。
「この金の眼のせいで、みんなからなかま外れにされるの。」
「…、そうなのかい。どうしてだろうね?」
黒い目をもつ青年はいいました。
「こんなにも綺麗な眼、私はみたことがないのに。」
「きれい?」
驚いた表情を浮かべた少女は、一層驚いた様子でいいました。
「…わたしの眼が、きれい? そんなことをいわれたのは、はじめてのことだわ。」
「そうかい。」
青年はすこしかなしそうにいいました。
「君自身がそのことに気づいていないなんて、残念だなぁ。…そんなに、その眼はいやかい?」
「ええ、いやよ。こんな眼は、もうたくさんだわ。」
「そうかい…。それなら、私がもっている、この黒い目を両方とも、君にあげよう。」
「えっ…。」
思いもしなかった言葉に、少女は驚き言葉をなくしました。
「ほんとうに、いいの?」
そのあと、少し考える仕草をしましたが、よろこんだ少女は、金の眼に見合った美しい顔で微笑みました。
「いいとも。…その代わりといっては何だが、君の見るものを私にも教えておくれ。」
「どういうこと?」
「私の見ていたものが、君にはどう見えるのか教えておくれ。」
「…? あなたの見ていたものは、私の見ていたものとは違うの?」
「さあ、どうだろう。…それが判らないから、私はそれを知りたいと思っているのさ」
「そういうことなのね。――それで、構わないわ」
「さて、それでは」
青年は己の手を、自身の黒い目に翳しました。
「あ、…まって」
「うん? 何かな。やっぱりやめておくかい?」
「私があなたの目をもらったら、あなたはどうなるの?」
「…? どう、とは?」
「あなたは、目が見えなくなってしまうんじゃないの?」
「ああ、うん。そうなるだろうね。」
あっさりと、青年は頷きました。
「…。」
それでは可哀想だと、少女は思いました。
――それなら、私のこの金の眼を、彼にあげようかしら?
――けれど、いままでこの金の眼のせいで、私はひどい目にあってきたわ。きっと、彼にあげても、彼がひどい目にあって、もっと可哀想になるだけね…。
少女はそう思って、何も言えずに項垂れてしまいました。
「どうかしたのかい?」――見かねた青年は、少女に声をかけました。
「あの…。あなたが、何も見えなくなってしまうのは可哀想だから、代わりに私の金の眼を、と思ったのだけれど…。」
「本当に?」――青年は言いました。
少女の心配とは裏腹に、青年は嬉しそうに言いました。
「それなら嬉しいな。この景色が、見えなくなってしまうわけではないのだもの。」
「本当に?」――少女は言いました。
青年の嬉しそうな顔に戸惑い、思いもしなかった言葉を少女は嬉しく思いました。
「私の代わりにあなたが、つらい思いをするかもしれないのよ。」
「構わないよ。」
「どうして?」
「私は今までこの目で不自由をしたことはない。けれども、私がこの目を君にあげることで、君が味わってきたかなしみを、これからは私が替わってあげられるのだろう?」
――その代わり、君は今までのぶん、たくさん笑っておくれ。
「どうしてあなたはそんなにも、私に優しいの?」――少女は言いました。
「何故って、君があまりにも嬉しそうにするからだよ。」――青年は言いました。
「さっき出会ったときは、ひどくかなしそうにないていたけれど。君は、そうやって笑っていれば、その金の眼に良く似合う美しい娘だもの。ついこちらまで、笑ってしまうくらいに」
「そ…、そんなこと、ないわ。美しいだなんて、とんでもない。」――よほどつらい目にあってきたのでしょうか。少女は忌々しげに、そう言いました。
「…。なんだか、君から金の眼を奪ってしまうような心もちになってきたよ。」
「そんなことをいわないで。…私は、あなたの黒い目が欲しいわ。」
「そうかい? ――それなら、君の望みどおりにしよう。本当に、悔いはないかい?」
最後に念を押すように、青年は尋ねました。
「ないわ。」――少女は頷きました。
「それなら、」――青年は頷きました。
――その十六夜の月、私が貰い受けるとしよう。
***
「――そんで?」
「黒い目を得た少女は、民と共に幸せに暮らした。金の眼を得た青年は、少女の哀しみを肩代わりして、それでも満足げに独り野に果てた、と。そういう話さ」
「ふぅん。――なぁ、あんた」
「何かな?」
「…えぇ加減、似たような話ばっか集めんの、やめたら?」
「――いや、やり始めると、これが結構楽しいんだ。」
「…相変わらず好奇心旺盛な奴やな…。」
「西洋に似た話もあって、なかなか面白いんだよ。君の方こそ、せっかく図書館に来ているのだから、もっと子供らしく絵本でも見つけておいでよ。」
「ガキ扱いしおって…。ガキやけど…。」
傍らの少女は、そう呟いてどこかへ歩いてゆきました。
そう言った少女を横目に、青年は、手に持っていた本を棚へ仕舞いました。
――つい、というか。
童話ともお伽話ともつかない類の物語の中で、似たものがないか探す。
それが、日課になりつつある。
これはなかなか穿ったものだ、とか、
どちらかというと事実に近いな、とか、
ちょっとこれは血腥すぎるな、とか、
なるほどこういう解釈もあるのか、とか、
こぼれ落ちた部分も拾ったのだな、とか。
そもそも似たものを見つけるということ自体、滅多にないことだけれど。
でも、だからこそ、似たそれを見つけた時には嬉々として読み耽ってしまうのだ。
そんな、ささやかで穏やかで下らない、けれども満ち足りた日常。