葉介は、不本意ながらも4人で連れ立って家を出ました。
すると、ちょうど下校してきた瑠璃と鉢合わせになりました。
「あら瑠璃ちゃん、おかえりなさい」
「!? …た、ただいま…」
真っ先に家を出た宵夢にそう声を掛けられた瑠璃は、おずおずと挨拶をしました。
――宵夢はともかく――ほかの2人は。
その面々に驚いた瑠璃は、驚きのあまり面食らって立ち尽くしました。
「…いっぱい人がいるから、びっくりしちゃったわよね。ごめんなさいね」
すまなさそうに、宵夢は笑います。その言葉にようやくこくりと頷くと、最後に出てきた葉介にすぐに駆け寄り、じっと見つめました。
「…おかえり、瑠璃。」
「………あきら、お迎えいくん?」
「そうだよ。瑠璃も行くかい?」
心配そうに見上げる瑠璃に、葉介は優しく声を掛けます。
「いく!」
瑠璃は葉介の言葉に威勢良く答えると、その勢いのまま走って玄関に行き、荷物を投げるように置いて、葉介の傍に戻ってきました。
更に葉介の足元に縋り付くと、じろりと一同を見回します。――剛史に向けた視線は、特に鋭いようでした。
「おや、そんなに急いでどうしたんだい。いつもはちゃんとお片付けするのに」
「くす、不安になっちゃったのかしら? ごめんね、瑠璃ちゃん」
そう言って微笑んだ葉介と宵夢を余所に、翠春と剛史は気おされたように苦笑しているようでした。
――…思いっきり警戒されてますねぇ。
――…無理もない。
ひそひそと2人は会話します。
心配を和らげようと、葉介は瑠璃の頭をぽんと撫でました。
すると瑠璃は、変わらず不安そうにはしているものの、縋っていた腕を話すと、葉介を見上げました。
葉介は瑠璃に視線を合わせるようにしゃがみ込むと、小声で問い掛けます。
「瑠璃。このひとは、父さんのお兄さんだ。剛史おじさんだよ。昔会ったことがあるけれど、忘れてしまったかな?」
「…。……」
――そんなことは分かっている、と言いたげに、瑠璃――十六夜は葉介を見つめます。
「…こわいひとやない?」
――何もされなかったか? そう十六夜は問いました。
「ああ、だいじょうぶだよ。」――今のところはね。
「…。」――葉介の言った真意を解し、十六夜は不安げに息を吐きました。
葉介は、そんな十六夜の頭をぽんともう一度撫で、立ち上がると、尚も笑みを向けます。
その笑みに促されたかのように、十六夜はちらりと玄鋼に目を向けました。
『…そう睨まれると、困ってしまうな…。』
すると、静かに息を吐いて、剛史は困ったような仕草をしました。
――あるじ、自然に自然に!
――分かっている、お前は少し静かにしてろ。
翠玉と玄鋼は、視線で互いの意思を汲み取りました。
そして、今度は剛史がしゃがむと、十六夜に視線を合わせて言いました。
『…その。驚かせて、済まなかったな。』
『…大丈夫だよ瑠璃ちゃん、へんなひとじゃないよ』
見兼ねた翠春は、そっと助け舟を出します。
――へんなってお前
――まぁまぁ、それはあとで
「……………。」
十六夜は相変わらず、鋭い目を剛史と翠春に向けています。
が、不意に小さく息を吐きました。
剛史はその様子に、怪訝な目を向けました。――と。
「…おっさん、覚悟しぃや!」
唐突に威勢良く紡がれた瑠璃の言葉に、葉介は思わずふき出しそうになるのを堪えました。突然のことに、翠春も宵夢もすこし笑っているようでした。
その様子に苛立ったのかは定かではありませんが、瑠璃は怒ったように拳を握って構えると、素早い動きで剛史に向かって突きを繰り出しました。――無論、易々と躱されてしまったのですが。
――…言いたいことは分かるけれど、と、葉介は苦笑を浮かべました。
『…うん、瑠璃ちゃんは強いんだよねぇ』
翠春は笑いを堪えつつ、とりあえず瑠璃を褒めることにしたようでした。
「つよしみたいなこわそうなおっさんは、うちが退治すんねん!」
最初ほどの鋭さはないものの、今度はぽかぽかと何度も繰り出される小さな拳を横目に、ようやく収まった笑いを吐息に替えて、葉介は静かに瑠璃を諫めました。
「…瑠璃、『剛史おじさん』って呼びなさい」
――葉介の言葉に堪りかねたように、翠春がふき出しました。
『…よ、葉介さん、止めるのそっちなんですか!』
余程可笑しかったのか、目に涙まで浮かべて翠春は叫ぶように言います。――その割には、瑠璃の行為を止めようとしていない辺り、翠春も葉介と同じく、すこし捻くれているところがあるようですが…。
『ま、待て、瑠璃。晶を迎えに行くんだろう?』
少しも止まる様子のない小さな拳に観念したように、けれどもいつもの様に落ち着いた声音で、剛史は言いました。
「あ! せやった! …つよし、おとーさんとかあきらに、意地悪したらあかんで!」
『あ、ああ…。しない。』
馴染んだのか馴染んでいないのかよく分かりませんが、ともあれ瑠璃は剛史への攻撃を止めました。
しかし。
――…思いっきり下に見られてる上に、悪人ポジションで確定してますねー
――…なぜだ…
――そりゃ、その悪人ヅラじゃねぇ。泣かれないだけましじゃないですか?
翠春と剛史は、またもひそひそと話をしているようです。剛史は翠春の言葉に、どこか悔しそうに呻きました。
――晶くんや遙ちゃんのほうは、泣いちゃうかもしれませんよ? …いろんな意味で。
――…帰りたい
――だめです。このまま帰ったら、二度と来るなと言われてしまいますよ?
――そ、そうか…?
――そうですよ。…貴方よりも、弟君の方が一枚上手であることをお忘れなく。
――わ、わかった。
「翠春さん」
そんな会話をしていると、葉介が笑顔で翠春に声をかけてきました。
『あ、はい。何でしょう?』
――答えた翠春も、にこりと実に良い笑顔を葉介に返しました。
「御夕飯の支度は大丈夫なのですか?」
『ええ。…お気遣いありがとうございます。』
帰るつもりは無いらしいと分かった葉介は、あまりにも言い合うと不自然になってしまいかねないとすぐに引き下がりました。
――…ほらね。
――相変わらず隙のない奴だな…。
――…そもそも、あなたがこの家においでになった時に弟君が応対していらしたら、今ここにいられたかさえ怪しいですもんね。
――…。
否めない。
そう剛史は、心中で思った事でしょう。
――とにかく、行きますよ。…できるだけ朗らかにするように努めてください。特に子ども相手には。無理なら、その辺で瑠璃ちゃんとじゃれてなさい。遊び相手とかでまた呼んでもらえるように!
――う、うむ…。
翠春と剛史の密かな作戦会議を知ってか知らずか、葉介は、
にぎやかね、と一同を穏やかに見守る宵夢に苦笑しました。
内心では。
面倒な事になりそうだ、と舌打ちしながら、変わらず翠春に世話になっている剛史をちらと見、――まぁ、害がないのならそれで…と、ひとまず静観することにしたようでした…。
翠春が剛史の世話をしているといっても、つきっきりというわけではなく、どうみても面白がって時折手出しをしているようでした。
瑠璃――十六夜もどうやら、様子見がてら、剛史をからかって遊んでいるようでした。…時折本気なのが、気になるところではありますが…。
そんな奇妙な5人ですが、傍目からすればただのご近所さんの集まりに過ぎません。
――まさか、常に笑顔を浮かべている約2名がまさに交戦状態であることは、誰もが夢にも思わないことでしょう。