第4話 忘れもの

-ideal-

――発信音。二度。三度。

『はい。』――出た声は、男のそれではなかった。
「…!?」

『…驚きのあまり、声も出ませんか? ――私ですよ』
その声には、聴き覚えがあった。
「………まさか、(スイ)――」

翠春(スバル)と申します。――その字に、春と書いて、翠春です。よい名でしょう?』
思わず、以前の名を口にしかけた私の声を遮り、『翠春』は名乗った。

「…君がいるということは、やはり兄上か…」
『其方から掛けてきておいて、何を仰いますやら。』――機械越しに、くすくす、と聞こえてくる。まぁ、尤もな話だ。

「兄の携帯にかけたのに、何故きみが出ているのかな?」
『先ほどお散歩に出られたのですが、携帯を家にお忘れになったようですねぇ。やかましく鳴っていたので誰かと思ったら、まさか貴方とは。――弟君(おとうとぎみ)は、今どちらに?』

「…。娘と水入らずの時を過ごしているところさ」
『そうですか。…もし見かけたら、ご一報くださいね。』

「ああ、そうするよ。」――無論、そんな心算は毛頭ない。
『…、では。』――翠春にもそれは解っているのだろう。くすりと笑われたかと思えば、すぐに切られた。

「…どうやった?」
「スイ――じゃなかった。翠春、という子が電話に出たよ。」

「ふうん。そんで?」
「兄は、今は散歩に出ているらしい。」

「ほーか。…結局、よう分からんままやな。」
「そうだね。――帰ろう。」

「はあい。」
あっさりと返事をすると、瑠璃はカートを押す。その舵を私が取り、無事に会計を済ませた。

――もし見かけたら、か。…まるで、近くにいるようなことを…。
若干気にかかりはしたが、自身の胸の内に留めた。


家に帰りつく。
「ただいまー」
瑠璃は、たたっと走って居間に入ってゆく。

***

「おかえりなさい。お買いものはできた?」
「うん! おとーさん、ちゃんと見てたで」

「そう、偉かったわねぇ。ありがとう。」
花蓮は、瑠璃に預けていたメモを受け取り、優しく瑠璃を撫でました。

「…? おねえちゃん、おとうさんは?」
「あれ? 玄関ちゃう?」

「おとうさん」
晶は父親の姿を探して声を掛けました。しかし、返事はありません。

「…?」
不思議に思って廊下に出てみましたが、玄関には買ってきた物が置いてあるだけで、葉介の姿はありませんでした。

「おとうさん、いないよ?」
「へ? おかしいな、家入るまでは一緒やったんやけど。」

これには瑠璃も首を傾げて、がちゃりとドアを開けました。
――と、家の前の道路に、父親の姿がありました。…どうやら、誰かと話をしているようです。


『お早いお帰りですね。娘さんと水入らず、なのでは?』
「――今もだよ。…わざわざ声をかけるなんて、人が悪いね」

その声には聞き覚えがありました。
ドアを開けた十六夜は、さっと緊張した面持ちになり、そのまま身動きができなくなりました。

『おや、噂をすれば。』――その人物は十六夜を見、朗らかに笑いました。
「邪魔立てをすると言うのかい?」――銀翅は、にこやかに、けれども鋭い目で、来訪者を見つめました。

『いえいえそんな、とんでもない。――ただ』
「ただ?」

『御近所さんに御挨拶に伺っただけですよ。』
「…。………」

「…。」
十六夜は、じっと来訪者を見つめています。ちらりと銀翅を見ると、銀翅も些か渋い顔をしているように見えました。

やがて、銀翅は溜息を零し。
「…おとーさん?」
十六夜は心配そうに、銀翅に問いかけました。

「――客人だ。…お客さんだよ。おかあさんに知らせておいで。」
「…、はぁい。」

――恐らく害意は無い筈だ。
そう判断したらしい銀翅は、十六夜にそう告げました。…否、実際には、少しでも来訪者から、彼女を遠ざけたかったのかもしれません。

ともかく銀翅はそう言うと、変わらず見定めるような視線で、来訪者を睨みつけました。
来訪者はそれにも怯むことなく、それどころか少し呆れたように、くすくすと笑い声を立てました…。

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