第3話 悪夢か吉夢か

-ideal-

「ん?」
――卵を手に取った銀翅は、不意に違和感を覚えました。

「…どしたん」
十六夜は銀翅を見上げ、首を傾げます。

「いや、…今、知った気を感じたような。」
「…まだおるんか、あんたの知り合い。――ちょ、その前にその卵、こっち渡しや」
十六夜は、割ってしまっては大変だと心配そうな様子で言いました。そして、それに応じた銀翅から卵を受け取ると、買い物籠へそっと入れました。

「…あぁ、ありがとう…。………、私に近しい者は今、大方縁者だけれども、それ以外の誰かとなると…、いやな予感しかしないね。」
うーん、と僅かに顔を歪め、空いた手で顎の辺りに触れながら、銀翅は呟きます。


――と、不意に思い出したように、銀翅はポケットに手を入れました。

「…? どないするつもりや?」
十六夜はその手許に目をやりながら、訝しげに問いました。

取り出された手には、携帯電話。
銀翅はそれを慣れた手つきで操作すると、アドレス帳を開きました。

「…。何か、あんたがそうして機械弄ってると、妙な気になるわ。」
「――これくらい、当然だよ。今の世に早く馴染むために、一度…こちらに来たんだからね」

銀翅はそう言いながら、登録されている人物の名を素早く(あらた)めてゆきます。
――両親の名はない。既に他界している。…そういうことになっているらしい。


やがて銀翅は、その中からひとり、目についた名を見て、ぼやくのでした。
「成程、ねぇ…。」

「誰っぽい?」
十六夜も、画面を見せてくれとせがむように伸びをしながら、尋ねます。

銀翅は、ほら、と画面を見せながら、十六夜に言いました。
「兄だ。」

「え。」
それには十六夜も驚いた様子で、ぱちくりと目を瞬くのでした。

「何やらひと波乱、起きそうだね。」
「…いや、普通に仲直りしたらええんちゃう?」
「いやだ。」
「いややって、まだ会うてもおらんうちから。…案外、更生してんちゃう?」

「仮にそうだとしても、…いや、そんな兄がまず想像できない。」
「…一理あるな…」

「ひどくさわやかで物腰柔らかな好壮年にでもなっていたら私はどうしたらいいんだろう」――真剣そのものの表情で、銀翅は悩ましげに唸りました。
「いや、あんたら兄弟似てへんから、それは無いやろ」

「……………。」
真剣な表情で悩む銀翅に、混ぜ返すように言われた十六夜の言葉は届いていなかったのでしょうか。
銀翅は答えずに、黙り込んでしまいました。


「前言撤回だ。」――そして唐突に、銀翅は重々しい声で告げます。
「は?」――唐突すぎるその言葉に、十六夜は拍子抜けした声を上げました。

「よい夢だと思っていたけれど、もしかするとこれは悪夢かもしれない。」
「いやいやいや、まだ早いって。兄貴に会って、話してからでも――」
「……『唐国(からくに)(その)御嶽(みたけ)に鳴く鹿も』――『違へをすれば許されにけり』」
「あ、あかん。これ、聞いてへんわ」――十六夜は銀翅の集中力に舌を巻きました。

「悪夢は草木に着き――」
「ちょちょちょ、あんたそれ、ここでやっても意味ないやつやろ。何処に移す気や。」
十六夜は、銀翅の服の袖をぐいぐいと引っ張り、気を引こうとしました。

「…あぁ、そうだね。なんだか、落ち着かなくて」
銀翅はそれで漸く気付いたように、はっと我に返るのでした。

「まぁ、ちっとは落ち着きや。…気持ちはわかるけど、まずほんまに兄貴やったんか確かめてからの方がええんちゃうの。他人やったらかわいそうやろ」
「あ、ああ…。えぇと、その前に。…買うものは、これで全部だったかな?」
「うん。そこはバッチシや。」――手元のメモと見比べて、十六夜はしっかと頷きました。

「良し。…では、先程の人物を追おうじゃないか」
「あんた、いつの間に目星つけてたん…」
相変わらず素早い奴だと感心しそうになった十六夜の前で、銀翅は携帯を操作しました。

「そういうのじゃなくて、掛けた方が早いと思ったんだが。いや、(かけ)るのではなくてね」
「…文明の利器か…。まぁ何でもええけど」

――まさかこの時代に術かと思うたけど、流石に勘違いやったか。にしても、いきなり話すんか…。
そちらの方が、よほど勇気の要ることなのでは…? と、十六夜は首を傾げます。どこかずれたところがあるのも、昔から変わりないようでした…。

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