ある秋の日、日曜の午後。
来客を告げる電子音が響いた。
「はい、どちら様でしょうか」
『隣に越してきた鈴原と申します。ご挨拶に伺いました。』
モニターに映し出された人物は、そう告げた。
「はい。少々お待ちください。――郁馬さん。」
「来たか。」
「おきゃくさん?」
「ええ。…遙も、いらっしゃい」
「うん!」
がちゃりと戸を開け、来訪者を迎え入れる。
――全部で4人。大人と子供の男女が一組ずつ。
「お休みのところ、申し訳ありません。隣に越してきた鈴原と申します。」
父親らしき男性が口を開き、会釈をした。それに合わせるように、4人が揃って軽く頭を下げる。
「――どうも。狐塚と申します。」
こちらも軽く頭を下げる。娘の遙は興味深そうに、4人を見つめている。
「工事の騒音、ご迷惑でしたでしょう。まことに申し訳ありません。――つまらないものですが、お受け取りください」
「あ、えぇと、…どうぞ!」
男性の傍らにいる、母親らしき女性がそう告げると、促された少女が勢いよく、箱型のものを差し出した。
「これはご丁寧に。有難うございます。」
宵夢が受け取り、そう答え。箱型のものを差し出した少女に向かって、くすりと微笑んだ。
「――偉いわねぇ。お名前はなんていうのかしら?」
「すずはら、るり、です!」
少女は最初、少し不安そうにしていたが、こちらの雰囲気につられたようににこやかに、かつ元気よく言った。
「そう、ルリちゃんね。何歳?」
「ななさいです!」
「そう。元気ね。」
そうやり取りをしていると、男性が、ふと気が付いたように、自身の影に隠れるようにしてしがみついている少年に小さく声をかけた。
「晶も隠れていないで、ご挨拶してごらん。」
少年は、父親の言葉に、ふるふると首を横に振った。
「…ふむ。じゃあ、代わりにお父さんがしよう。」
そう言うと、改めて父親が口を開いた。
「私は葉介と申します。――そして、妻の花蓮。娘の瑠璃と、息子の晶です。」
「――私は郁馬と申します。妻の宵夢と、娘の遙です。」
手本のようなものかと思い、こちらも名乗る。
「よろしくお願い致します。」
「こちらこそ。」
一通り挨拶をこなしたが、晶はまだ、父親の背後に隠れたままだった。
くす、と笑った宵夢は、晶にも話しかける。
「あら、恥ずかしがり屋さんなのね。あきらくん、何歳? おばさんに教えて?」
――おばさん。…まだそんな歳ではないのにそう言った宵夢に、思わず苦笑が洩れた。
「…、…。」
おそるおそる宵夢を見上げた晶は、おずおずと手を開いて、ぱっとその手を突き出した。
「そう、五つね。よろしくね。」
宵夢が笑いかけると、晶はこくりと頷いた。
「…私にも、遙という娘がいるんです。まだ三つなんですけど、良かったら仲良くしてください。」
てくてくと近づいてきた遙の頭を撫で、宵夢は一同に笑いかける。
「こちらこそ。」
――微笑んだ葉介の顔は、何故だか優しすぎるほどだった。
「晶、おにいさんね。遙ちゃんにもこんにちはする?」
花蓮の言葉に、晶はじっと遙を見つめて言った。
「…こ、こんにちは。」
「ほら遙、晶お兄ちゃんと、瑠璃お姉ちゃんよ。」
きょとんとしていた遙は、宵夢の紹介に、二人をじっと見つめ、やがてにっこりと笑った。
「こんにちは!」
瑠璃も、満面の笑みを浮かべて、遙に声をかける。その言葉には、関西の訛りがあった。
瑠璃がその笑みのまま、遙の頭をぽんぽんと撫でる。
すると、その真似をしたのだろうか、遙はなぜか晶の頭をぽんぽんと撫でた。
――逆だろう。
微笑ましいその様に、誰もが笑みを浮かべた。まるで、晶が一番幼いかのように見えたからだ。
「あらあら。遙ちゃんのほうがお姉さんみたいね?」
くすくすと声を立てるのは――花蓮と紹介された女性。
当の晶は、驚いたような表情を浮かべている。その表情が可笑しくて思わず笑いそうになったが、どうにか堪えた。
「…皆さん、どちらからいらしたんですか?」
「関西の方から参りました。」――尋ねた宵夢に、花蓮がにこやかに答える。
「ああ、だから瑠璃ちゃんは関西の言葉遣いなのね。」
答えた花蓮と同じように、宵夢もくすりと笑った。和やかな雰囲気に、皆一様に笑い合った…。
「…ではそろそろ、お暇します。」
「…はい。また何かあれば、どうぞご遠慮なく。」
「有難うございます。失礼致します。」
「遙、またな!」
「遙、瑠璃お姉ちゃんにばいばい、は?」
「ばいばい!」
初対面の雰囲気は確かに解れ、緊張していた子供達も楽しそうに去っていく。
去っていく彼らを見送って、ガチャン、と戸が閉められる。
さらにカチャリと鍵をかけると、宵夢は嬉しそうに振り返った。
その笑顔に向かって、俺は思いの丈を素直に述べた。
「…賑やかな一家だな。」
「ええ。素敵なご家族だったわね。――さ、お夕飯の支度をしなくちゃ。」
「…。」
宵夢はそう言うと、遙を連れて部屋に向かった。
俺もそれに続こうとしたが、一度だけ振り返り、戸を睨みつける。
――それにしてもあの子、何処かで…。