絵空事のような日々の向こう側。
「お帰りなさい、郁馬さん」
「ただいま。――遙は?」
「よく眠ってるわ」
「そうか。…宵夢は起きて、待っててくれたのか?」
「うん。」
「眠っていても良かったのに。――最近は、ずいぶんマシになったんだろう?」
「いいの。せっかく、お電話くれたんだもの。」
「…まぁ確かに、久しぶりに早く帰ったからな…。何か、話したいことでもあるのか?」
「…あのね。今日、お隣に新しく出来たお家の方が、荷物の搬入があるからとご挨拶にいらしたんだけど」
「ああ。」
「『改めてご挨拶に伺います』と仰ったから、明日なら主人も居ると思います、ってお伝えしたの。」
「そうか、分かった。――どんな人だった?」
「女性の方が、ひとりでおいでになったわ。――鈴原さんと仰るそうよ。」
「ふむ。奥さんかな。」
「だと思うわ。…ひとりで住むのにお家をわざわざ建てるなんて珍しいと思うから、きっとご家族がいらっしゃると思うの」
「同感だな。…どんな人たちなんだろうな」
「楽しみね。」
「まぁな。」
郁馬はすこし苦笑したように言いました。新しい隣人が来ることに、楽しみという感情よりも、不安をより強く覚えたのかもしれません。
しかし、実に楽しげに微笑む妻の顔を見て、その苦笑も幾分和らぐのでした。
「…話はそれだけか?」
「うん。」
「そうか。…もう遅いんだから、寝ていいぞ」
「分かった。――ごはん、机に置いてるから。温めて食べて。」
「ああ。有難う。」
「じゃあ、先に寝るね。おやすみなさい。」
「おやすみ。」
郁馬がそう言うと、宵夢はすぐに寝室へ向かいました。
「…。明日か…。」
静まり返った室内に、溜息の音が響きます。
――一体どんな隣人が来るのだろうと、郁馬はまたも思案するのでした。