第七話 薄紅の華

-eclipsar-

「あぁ、そんで、このガキがあんたのじゃないって思った理由は、何なんや?」
ちらりと蓮華を見、涙を拭っている様子から、そっと尋ねてみる。

「…はい。実は――」
躊躇(ためら)いがちにその口を開くと、想像していた通りの話が始まった。

曰く、子を産んだには産んだが、死産だと伝えられたらしい。
蓮華自身は、それが元で倒れ、今日まで臥せっていたとのこと。

「ふぅん。…あんたの兄夫婦、子供が産まれたっちゅう話は、今まであらへんかったんやろ?」
「…はい。」

「そんなら、…跡取りが産まれん長男夫婦に、あんたのガキを預けろってことになったんやろな。…あいつらのやりそうな事や。」
「…。…………」
蓮華は、何も云わずに俯いてしまった。

「銀翅も、よっぽどそれに腹が立ってたんやろうな。えらい嬉しそうに、…大事そうにこのガキ抱えてたわ。――自分の嫌なんは我慢出来るけど、誰かが苦しむんは絶対嫌やて、いっつも言うてたさかい…。」
――己の痛みにさえ耐えかねて、最期には…。

流石にそこまでを蓮華に言うには(はばか)られる。妙な沈黙が生まれたのを苦笑いで誤魔化して、更に続けた。
「――あんたには、ガキは死んだっていうことになってたんやんな?」
「ええ。」

「…それが、あいつの考えなんか、そう言っとけって命令されてそうしただけなんかは、知らんけど…。…そうか、――せやし、あいつは時々家に帰ってたんやな。」
「え…?」

「手持ちの道具が必要やからとか何とか言うてたけど、ほんまはあいつにはそんなもん必要なかったんや。――そんくらい、強くてな。…村人にも安心してもらう為、とも言うてたけど、式神がおるくらいやから他にもやり方あるやろ。」
「…。」

「紙っぺらを貰いに行く為だけに、戻りたくもない家に戻るわけがない。――あんたとそのガキを、そんだけ気にかけてたってことや。…本人がそれに気付いてたかは、知らんけどな。」
「…………。…翅葉様。」

「…それが、あいつの名か。」
「…あ…っ、」
しまった、という表情を、彼女は浮かべる。

「…今更知った所で、何も出来んから安心し。――それに、あいつの魂なら、うちが持っとるさかい。」
僅かに苦笑しつつ、その背をぽんと撫でてやる。

「…一体、何があったのですか…?」
涙の滲む目をこちらに向けて、蓮華は問いかけるような仕草をする。

「あいつは、壊れてしもうた。…せやし、うちが楽にしてやったんや。」
村に目をやり、そう答えた。

「あんたも会うたと思うけど、あれは、もうあかんかった。――疲れたし、楽になろうと思って全部壊してみたんやろうけど、…余計しんどそうやった。やろ?」
「…。…はい…」

あかつき色の魂を燃やし、その輝きを(じゃ)に魅入られ。
それでも罪を祓おうとして――自ら罪を負った男。

――(つつが)無く在れれば、ここまで苦しむ事も無かったのだろうに。

「あいつはほんまに、自分のことを見ん奴や。やからこそ、あそこまで村人の為に動けたんやろうけど…。挙句、壊すんすら、自分ひとりでやってしもうた。」
苦く笑い、尚も続ける。
「…わざわざ自分でせんでも、怒らすと祟る存在が此処に居んのに、なぁ?」

ちらと視線を蓮華に送り、出来るだけ何気なく尋ねた。
「あんたかて、あいつとそれなりに上手くやってたんやろ?」
「…それは、どうでしょう…。」

「…多分、そうやろうな。少なくとも、あの家の誰よりも、あんたはあいつを見てる。」
「…。」

「あいつは多分、周りに頼ることを知らんで育った。…やから、比べるもんがなくて、最後まで自分が持ってるもんの大事さに気付かんかった。――で、飲まれてしもうた。」

――うちももっと、手伝うたら良かったな。
そう思いはしたが、口には出さなかった。

「…今のあんたに出来ることは、この子を大事に育てることや。…あんたらの面倒は、うちが見たる。――あいつの代わりにな。」
「有難う御座います。」

「礼は要らん。――うちが、勝手に見てるだけやし。」
くす、と少しだけ、お互いに笑い合った。

「泣きたくなったら、遠慮せんと頼りや。そん時くらい、うちが代わるから。」
私がそう言うと蓮華は、複雑そうな表情に、少し嬉しさが混ざったように笑った。

「そのガキの為に、あいつはここまでやったんや。――あいつの願いは、あんたと、このガキに、生きてしあわせになってもらうことや。そうやなかったら、せっかく面と向かって会うたのに、わざわざ式神になんか任せへんやろ。…と、うちは思うよ。」
「あのひとは…本当に、手の内を見せないお方ですからね。」

「そうやなぁ。…ほんまに、ガキみたいな奴や。」
ほんの少しだけ懐かしさを交ぜて、屋敷に向かって言った。

くすくす、と、誰かが笑う。
それが誰であっても、気にはならなかった。

***

この山を、あんたに貸すわ。
あいつの持ってきた縁や。好きに使い。

さっきも言ったけど、なんかあったら遠慮なく頼りや。
きっとその方が、あいつも喜ぶやろ。

そのガキに今夜の事を話すかは、あんたに任せる。
村のもんらは、うちが抑えるさかい、心配は無用や。

家なら、あいつが住んでた家に住むとええ。
うちは…まぁ、てきとーに祀っといて。

ちゃんと見てるし、安心しいや。

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