潮のにおいがしない、もしくは薄いこの町に慣れたかと言われれば、否だ。折角の休みだからと酒を購入しようと表通りを歩く。ホウエンの都会といえばミナモシティだったが、あそこは潮のにおいでいっぱいだった。百貨店の屋上でたまに開かれる大安売りを思い出すと少ししょっぱくなりそうな気持ちだったので別の事を考える。次の仕事は割と大きな仕事であった。普段は冷凍コンテナにて肉体労働をしている訳だが、ライモンシティの隣に位置するブラックシティにも顔を出す時がある。残念ながら正義の道を簡単に歩んでいける程俺は出来た人間では無かった。今回の"お仕事"は確かに大きいものであるがイマイチ目的が分からない、まぁ報酬が弾むから良いのだが。景気付けに豪勢な料理を作ろうと買い物をし、途中休憩で小洒落たカフェで昼食を取ろうとしたのだった。
「アラ、奇遇ね」
ニコリと微笑まれて嬉しい気がしないのは何故だ。目の前で優雅に頬を付く彼女はまさしく隣人の1人、アテナだった。隣人の中ではラムダと同じ位には話しやすい人に入るが時折こちらを舐める様な目付きで見ている点は油断できない。どうも一般人や堅気という言葉からは遠い存在の人だと思うのは気のせいであってほしい。
「今日はひとりっすか」
「アポロと待ち合わせしてたのに来ないのよ」
「イケメンだから絡まれてるんじゃないですかねー」
見付かったからには仕方が無い、隣の席に座るとウェイターが颯爽とメニューを持ってきた。コーヒーとクラブサンドを頼み持って来てくれたのは悪いがそのまま持ち帰ってもらうとしよう。
「ねぇ。敬語苦手でしょう」
「バレます?お隣さんバリバリ敬語使うのが2人いりゃ当然か」
「堅物くんが居るからかしら」
「頭の回転は速そうですけど」
「無駄にね。ホーントそういう所だけ計算高いの」
俺はそんな2人を手玉に取ったり飄々と躱せるあんた等の方がよっぽど計算高くて厄介かもしれないと思うが口には出さない。隣人は全員が全員クセがあって、やりにくい。まぁ相手も俺の事を探っている節があるからお互い様だろう。
結局俺が店を出るまで彼女の待ち人は現れる事は無かった。あぁやりにくいったら。
母の匂いは永遠の呪い
「彼と話してたんですか」
「ラムダより飄々としちゃって。若いのに中々手ごわいわよ」
「堅気って雰囲気じゃあないんですよね…良く隠している」
「ふとした際に目付きが鋭いの。私達の事も時間の問題じゃない?」
「肝が冷えますね、隣人同士という所がまた」