「ねぇノッテ、今日の映画面白かったね!」
「面白かったですよねー、ちょっと年柄にも無くワクワクしてしまいました」
「敬語戻ってますよ。ノッテは何処が面白いと感じましたか?」
「あーごめんなさい…やっぱり慣れませんねぇ。私的にはやっぱりこう、憧れがあるんですよねーパラレルワールドっていうかSFみたいな展開に。現実じゃあありえなさそうな事が起きるだなんて考えると映画って素晴らしいですよね」
「本当にあったらビックリするもんね!でも体験してみたいかも!」
「そうしたらわたくし達、ただでさえ双子で見分けが付きにくいというのに更に周りが混乱しそうですね」
「2人が倍増…それは恐ろしい、胃が破けそうだ…」
「えーノッテそのギャグつまんなーい」
「そんな訳無いでしょうが。悪い冗談はやめて下さいまし」
「私からしてみりゃあ今のあんたらの反応が冗談よして欲しいですよ…しっかし今回初主演?の子、演技上手かったですねーメイちゃんでしたっけ?トウコちゃんとトウヤくんにお礼言わなくちゃ…」
―――とある映画館での会話から、抜粋。
勝者、ノッテ!とスピーカーから響く音声が聞こえる。私は汗をぬぐい、ずれた帽子を被ってポケモンをモンスターボールへと戻す。目の前に居るのは初めて見た顔なのできっと頑張ってここまで辿り着いた子なんだろう。涙を浮かべながらも笑っているのはさぞ悔しい事だろう。でも仕方が無い。勝ちは勝ち、負けは負けなのだから。この仕事に、ポケモントレーナーとしての誇りがある以上手加減をする事は相手にとって最大の侮辱に値するのだから。
「今回は偶然私が相手をさせて頂きました…が、今度相手を出来るかどうかは分かりません。ですが私はあなたが再びこのスーパーダブルトレインに挑戦し、戦えるその日を楽しみに待つでしょう。私はダイリ、サブウェイマスター代理人ですが一トレーナーとして心待ちにいつまでも待っております」
「………はい!」
「ご乗車ありがとうございました。またの乗車を一同お待ちしております…」
空気がプシュウと音を出し、電車のドアは閉まっていく。動き出した瞬間に今私に負けてしまった挑戦者は泣き出してしまったがそれを見なかった振りをするのはもう数えきれない程だ。息を一つ吐いてからインカムのスイッチを入れて報告を。
「…こちらノッテです。スーパーダブル49戦目無事に終わりました」
[見とったでー。さっすがやなぁ]
「クラウドさんもお疲れ様ですー、あの白い上司捕まりましたか?」
[さっき捕獲されて戻って来たらしくってなぁ、今黒ボスの方がキレてんで。はよ戻って来てー]
「早くったって自動だからどう頑張っても無理でしょ…他の車両に落し物が無いか確認してきますね」
[りょーかいー]
どうやら脱走していたあの上司は捕まったらしい、ざまあみろ。私は元々トレインに乗車する鉄道員じゃあなかったというのにこのポジション――サブウェイマスター代理人に就いてからもう数年経つ。なんでしがない鉄道員が今やこんな肩書きを持っているかだって?原因は明確だ。現在サブウェイマスター、バトルサブウェイを束ねる司令塔は2人である。黒いコートに身を包んだ無表情(の様に見えるが意外と激情家)のノボリさんと白いコートを着ている笑顔(たまに悪どい顔になっているのは秘密だ)のクダリさん。お二方は一卵性の双子である、が性格は素晴らしい程に真反対だ。真面目で仕事をきっちりこなすノボリさんとは逆にデスクワークが大の苦手であるクダリさんはちょくちょく仕事を抜け出しどっかしらに脱走している。彼が脱走している間に抜け穴を埋める人材が必要になってしまったので私に白羽の矢が当たった訳だ。"ノッテ"が"ダイリ"になるまでには色々と問題もあったのだけれどそこはもう割愛。そんな訳で今日も私は楽しくとは程遠いサブマス代理人をしているのであった。
この電車は終電、というか修理が必要なのでこのまま車庫に戻る。その時に落し物があると中々お客様の手元に返せなくなってしまうのでこうして最後に戦った人が社内点検をして落し物があるかどうかを確認するのだ。今日の落し物はー…なし。丁度点検し終わったのと同時のタイミングで列車は終点、カナワタウンの車庫に到着した。
「こりゃあまた偉い事に…」
「すいません本当」
「いやーいいっすよ!だってコレが俺達の仕事ですし!ノッテさんはこれから昼休みっすよね、さっきボスが泣きながら連れてかれてましたんで」
「全くクダリさんもいい加減学習して欲しいものです。ありがとうございますね、後頼みます」
「はいっ!」
整備士さんには本当に足を向けて寝られない。お礼をしてから私はテレポート用のポケモンへと近付いた。こうしてポケモンの力を借りる事によりギアステーション内部の仕組みは成り立っている。
「ギアステーション内部、社員ロッカー入口にテレポーション」
「リグレー!」
ぐるんと視界が一回転すればそこはもうカナワタウンの車庫ではなく、いつものロッカールームの入り口だった。暗証番号を入力し中へ入り、代理人の格好から鉄道員の格好へと戻る。午後からは普通に、普通に鉄道員として仕事を送る予定なのでという意味を込めて着替えをしてから報告しに行くのがもう日課となっているのがなんとも悲しい。
「何回口を酸っぱくして注意すれば分かってくれるのでしょうか、クダリ」
「ごめんなさい!ぼくもう分かっt」
「いいえちっとも分かっていません。冬が過ぎヒウンアイスの販売が再開されたからと貴方今月で脱走するのは何度目ですか!その度にわたくしや特にノッテは抜け穴を必死に埋めているのですよ!?そろそろ大型連休も来るこの忙しい時に!貴方は!アイスが食べたいという理由で職務放棄していいとは言い難いものがあります!!!」
「…失礼しても良いでしょうか?」
「ノッテですか、本当に申し訳ございません。クダリ」
「…ごっ、ごめんなさい………」
扉を閉めていても聞こえる声にゲッソリしつつ部屋の中に入れば涙目のクダリさんと無表情でキレているノボリさんの姿が。あーこれは地雷踏んだな。しかし助ける義理は全くないのでスルーしてノボリさんに報告していく。
「無事に連勝は食い止めました、が彼結構良い線行ってましたね。最初の頃のトウヤくんみたいな初々しさがありましたよ」
「そうですか…シングルにも来てほしいものです」
「名前は確かキョウヘイくん、彼は絶対にまた来ますよ。良い目をしてましたからねぇ。あ、落し物はゼロです」
「かしこまりました。ノッテがそう言うならば間違いないでしょう。…そうだ、今日のミーティングで落し物をどうにかしましょうかね」
「溜まって来てましたもんね、了解しました」
ここギアステーションは廃人のお客様も多い事ながら通常の移動に使用するお客様も非常に多い。だからか毎日色々な落し物がある訳であって、それらをずっと保管するなんて出来やしない。だからある程度までは取っておき、期限が過ぎたら処理するかいらない物は捨ててしまう。今日も期限切れになる物がたくさんあり、お人形や傘などありきたりな忘れ物からふしぎなアメやキトサン、げんきのかたまりなど結構使える物までと掘り出し物が眠っている事も多くない。こういうものはミーティングでさながらオークションの様に鉄道員たちの手に渡っていくのだ。
「じゃあ今日のミーティングは絶対に出なきゃですねー」
「準備の方を宜しくお願いします」
「ぼく用意してくるね!」
「「お待ちなさい!」」
「ヒッ!」
「反省が足りないようですね…」
「た、助けてノッテ…」
「今週だけで何遍ダイリやったと思ってるんです?助ける義理があると思いで?」
「ヤダーーー!」
いつも通りの光景に苦笑いを浮かべながら書類を持ってくる同僚達に「笑ってんだったら手伝えよゴラ」という恨みがましい視線を向ける事は忘れない。こうして今日も毎日と変わらず終了を迎える、筈だった。
そう。「筈」、だった。
タソガレ・エクスプレス
(摩訶不思議な夢物語の、始まり始まり)