体がザワリ、粟立つ。この感触は体に染みついていた。ターゲットをブッ殺す、もしくは憎しみに駆られるあの感触である。1・2・3で振り返れば、あの忌々しい星のきらめきが、そこにあった。
「あれ、クレスタさーん!」
「チャオ。昨日ぶりですわね、どうされまして?」
「人と会う用事がありまして……クレスタさんは?」
「散歩中ですの。港なんてありましたのね」
杜王町に滞在して2日目。特に用事もないので、町を歩いていたら港に辿りついた。なので、ぼうっと波を眺めつつ波止場で考え事をしていたのだ。
「それにしては黄昏てた感じッスけど」
「……私、家出中の身でして」
「家出!?面白そうな事してるなァ」
「面白そう、で済ませちゃダメな気がするよ……けれどクレスタさん、そーいう事はしなさそうに思えるけれど……」
康一達の言葉に苦笑いを返すしか無かった。確かに、今回の家では勢いで強行してしまったため、計画も何も無いのだ。
「何も言わず出てきてしまったから……どうやって謝ろうか悩んでますのよ」
「へぇ〜……ちなみに家出の理由は」
「同僚が原因ですわ。そりゃあちまちました事なら見逃しますけれど、仕事でヘトヘトになって帰ってきて自分だけご飯はない、酒も勝手に飲まれた、部屋は汚され……始末は私って流石にカッチーンときません?」
「積りに積もっちゃったんだ……塵も積もれば山となるってヤツですね」
「それそれ。日本の言い回しは面白いものですわ」
ハァ、と溜息を付けば同情の視線が集まる。OLだか何だか思われていようが、同僚が野郎ばかりということや、はたまた仕事は暗殺であることなんてこれっぽっちもいう必要は無いので黙っている。まぁ、気持ちの踏ん切りがつくまではのんびりし、イタリアに帰ってから適当に誤っておくか―――あちらからの謝罪があれば。そう結論付けた。
「それで、コーイチ達は船でも待っているの?」
「そうなんです。夏休みという事で、仗助くんの親戚達が杜王町に来るので出迎えを」
「へェ……ジョースケはハーフ?」
「そんなんスよ〜クレスタさんはどこの国の?」
「イタリアですわ。でも育ちは転々としてたから日本語だって喋れますわよ」
不本意ながら。そこは言う必要が無いのでにこやかに笑みを浮かべておく。英語はカイロの館に居た時に教え込まれたものだ。今も当時の教えは非常に役に立っている。
「イタリアで思い出したけれどよォー、トニオさん所また行きてーよなぁ!」
「夏休みだしジジイ誘って行けば奢ってもらえるんじゃね?」
「その前にサイフ、スった事謝らないと!」
「可愛い息子へのお小遣いだろ?」
「全く!……ん?あの船そうじゃないかな?」
船、の一声でその場にいた者全員が海を見る。よく見れば、こちらへと船が近付いてくるのが分かった。豆粒のような船は段々とその形をはっきりとさせていく。
「ちなみになんで船なんですの?飛行機ではなくて」
「仗助くんのお父さんなんですけれど、なんか飛行機に乗ると必ず不時着するみたいで……嫌われてるみたいです」
「同じ空間に居たくないですわね」
はた迷惑な客だな、とクレスタは思う。1人の男が脳裏にチラつくが、アレと似たような体質持ちの人間が居るせいで、何機の飛行機がお釈迦になったのだろうと考えた。
ボーッ、船の汽笛が辺りに響く。やがて船は港に着き、船体を波止場へと寄せた。クレスタはただ、安直な考えでそこに留まっていただけに過ぎない。何となく、船が見たかったからその場を立ち去らなかったのだ。
「じゃあ私はここで」
「エッ、クレスタさん行っちゃうんですか?」
「親戚との逢瀬に水を差すわけにはいきませんわ」
それはクレスタの純粋な好意であった。親戚やら両親やらとロクな思い出のない彼女なりの気遣いでもあった。だから、反応が遅れた。背を向け数歩歩き出したところで、ザワリと肌が粟立ったのだ。
そうして、クレスタは動いた。
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