まさかこんな事態になるとは。リゾットは普段より、それはそれは狼狽えていた。素晴らしい暗殺者であっても、ひとりの男。仕事中の冷徹な姿は形無しであった。他のメンバーはそれを咎める事は無く、むしろ各々の反省があったので何も言えなかったのだ。
確かに、彼女の爆発力を舐めていた節があったかもしれない。少し時間が経てば…と甘く思っていたのもあった。が、それは本当に甘ったれた考えだったのだ。朝、昼と時間が経ち、夜になって皆不審に思い始める。
「なぁリーダー、いくらなんでもクレスタ強情すぎねェ?」
「……誰か呼んでこい」
「へーへー」
プロシュートが椅子から立ち上がり彼女の私室へ。きっとクレスタふくれっ面だぜ、とケラケラ笑うメローネをたしなめる。忘れてないだろうが、昨日彼女のスイッチをダメ押しとばかりに押したのは、お前だ!―――全員心の底では思うが、自分に返ってくるので何も言えない。
昨日あれから、部屋を片付けてからリゾットはお詫びも兼ねて遅い夕飯に誘ったのだが。『ひとりにして下さらない!?』、怒りを煽るハメになってしまったのは記憶に新しい。珍しく全員オフであり、また久々にクレスタとリゾットが同時に休みであったため、甘い休暇を楽しもうと思っていたのだ。思って、いたのだ。
クレスタが出て着たら、昨日の事を詫びた後にリストランテにでも行こう。そう思っていたのだが、どうしたのか。待てども待てどもプロシュートは帰ってこない。不審に思ったのと、木が割れる音がしたのは同時だった。何が起きたと椅子から即座に立ち上がる。
「おいリゾット!」
「何が起きた」
「クレスタが居ねェ!つか見ろよコレ!」
走ってきたプロシュートがリゾットの顔に何かの紙切れを叩き付けてる。他のメンバーはクレスタの部屋へと入っていく。……クレスタめ、スタンドを使ってドアと壁の隙間を埋めていったな。破壊音は、ドアを無理に蹴破ったものだと理解した。
「何?『家出する』?部屋はどうなってる」
「親父さんの形見っぽいの、全部無くなってるぞ」
「あとトランクにー、気に入ってる服と下着も」
「なんでテメーが下着を知ってるんだよッ!つか、家出ェー?昨日のアレ原因で?」
「それしか考えられないだろ……スッゲー怒ってたじゃん、脛のアザ消えないし」
「「「………」」」
各自思い当たる節々を思い返しては顔色を悪くさせる。俺もまたその内の一人に入るだろう。リゾットは思案する。俺は悪くない、と言っていた彼女の顔は…謝ろう、絶対に。
立ち尽くしていた暗殺者達に、ソルベとジェラートは呆れた調子で言った。
「だからクレスタ怒らせるなって言ったのに」
「アイツ、何しでかすか予想がつかねーんだから」
そんなクレスタの居場所は数日後、意外な人物から伝えられる事になる。
「クレスタが"家出"したそうですね」
目の前に座る少年――ジョルノ・ジョバーナの言葉に一瞬詰まる。呼び出されてからの一言目がそれだったので、ペッシなんかはモロに顔に出してしまい、プロシュートから容赦無く鉄拳制裁が下された。
「たまたま彼女と空港で会いましてね。家出すると息巻いてたので、そのまま任務を与えてきました」
「何だってェ!?オイ!アイツどこ行った!?」
「今頃ジャポーネに居ますよ」
「ジャポーネ!?」
「またエラい所に行ったモンだ……」
キリキリ痛む胃を押さえ、思わずため息を吐く。行動力は見習うべきものであるが、まさかボスにまで知れ渡っているとは思わなかった。クレスタはパッショーネの若きボスをとてつもなく可愛がっている。ハルノ、と名前を呼ぶ声ひとつでさえ、慈しみの心を忘れない。ジョルノはそんな彼女を憐れむことなく、粛々とその気持ちを受け止めている。そんな仲である2人は、時たま考えもしなかった任務を承ることもあり、今回も暗殺チームは警戒していた。また何か、問題ごとを持ってこなかったか?と。
「ですが、新たな問題が発生しましてね」
「アーやっぱり……」
「僕のプライベートな話になるんですが。一応血の繋がった親戚が、クレスタの向かった場所に居るんですよ。しかし、彼女はどうもあちらを毛嫌いしている様でして……この手紙を渡す前に、彼女が暴れて、万一殺してしまったら酷く面倒な事態になるんです」
「……ちょっと待て。その親族ってのはよォー」
ホルマジオの呟きに、その通りです。と小さなボスは、溜息交じりに言った。
「彼女の養父であり、僕の"父親"を殺したジョースター家の者ですよ」
ジョースター。聞き覚えのある単語に、顔を顰めてしまったのは仕方の無いことである。
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