この時点で『あぁ、聖マンゴの患者なのね』と思った奴は残念だ、今すぐ俺との会話を切り上げて現実の世界へ戻ってくれ。『あぁ、いつものパターンだな』と察しの良い方はその通りだ。己の直感を信じていこう。
元々、俺はこんなカタカナの名前を持つ英国人では無かった。自分でも信じられないが、いわゆる前世の記憶を持ち、転生してしまったようである。前の人生も普通とは言い難く、どうやら自分は殺人鬼であったらしい。そんなマトモではない職に就いていたからか、二十年と少しでその生涯に幕を下ろしたが。そして前世の行いが悪かったからだろうか、俺は今魔法使いとして第二の人生を歩み始めたのだ。……夢では無いのが非常に残念である。
「アガスティア」
「……俺の事は放っておいてください」
「しかし」
「俺の事は、放っておけって、言ってるんですよ」
今思えば本当に恵まれていた家族を持った。染色体の遺伝とはいえ、色覚の障害を持つ自分を育ててくれた両親。殺人鬼である自分を迎えてくれた仲間達。そして、全てを受け入れ共に歩んでいこうと誓った愛しい彼女。いかにそれが普通の事であり、幸せな事であったか。
2回目の人生はまさしく『ベリーハードモード』と言っても許されるだろう。魔法使いの血が流れている、貴族の中でもタカ派な考えを持つブラック家。自らを純潔であると奢り、魔法を使えない人間を見下す彼等の中に生まれた俺達は、それはもう思想の弾圧を受けてきた。幼き頃からそういった思想を吹き込まれるのはたまったもんじゃあない。まぁ、それだけだったら良かったんだろうけれど、『アガスティア・ブラック』は輪を掛けて複雑な家庭環境の中に身を置くハメになった。それがこの集大成――俺である。
「いつものアガスティアらしくないな、シリウスの事は残念だが――」
「いつものって?」
「え?」
「いつもの僕、いや、俺って何なんでしょうかね」
言い訳をさせてもらうと、疲れちゃったのだ。11歳の子どもだけれど、精神はクッタクタにくたびれてしまった。
ただでさえ子どもを育てるってのは大変な事だ。健康な体に健康な精神を手に入れ大人になるって事は、当たり前の様に思えて物凄く大変な事である。普通の家庭でも、途中でグレてしまったり過ちを犯してしまったり、まぁ人生を諦めてしまう事だって少ない事では無い。
ひとりを育て上げるのだって大変な事なのに俺達は双子。俺達の生まれた家は貴族。家督はもちろん、兄であるシリウスに継がれるものであって。
「シリウスの代わりはもう疲れました。俺を見てくれない母上も、父上も、あなた方にも。俺は疲れたんですよ」
11年だ。11年。決して短い時では無い。生まれたその瞬間からアガスティア・ブラックという可哀想な男の子の運命は決定されてしまったのだ。まさか殺人鬼の魂が生まれ変わるだなんて想定外だろうけれど。
「もういいじゃないですか。自由にさせて下さいよ。11年も母上の望み通り生きてきて、俺はスリザリンに入った。それだけでもう十分でしょ。俺だって人間だ、好き勝手生きる権利があると思いません?ルシウス・マルフォイ先輩」
全寮制なんだし俺達は一人前の魔法使いへ成る為にここに来た。そろそろ自分の意思で生きても良い頃なんじゃあないかな?
「縛るものなんてないでしょう、このホグワーツなんかに」
愛しの彼女はこういう時に笑っていたよね。灰色の目を澱ませながら、俺はシニカルな笑みを浮かばせる。キャンペーンは終了だ。11年間も続いたんだから、許してくれよ。
死とは新たな生である
嫁姑戦争じゃあないんだしさ
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