チャイムを鳴らし、時計を見る。指定時刻ぴったりだ。はぁい、とやや緊張した声がドアの奥から聞こえ、恐る恐るといった風に扉から顔が出される。唯一親に感謝したポイントであるハンサムフェイスを武器に、俺はゆったりと微笑んだ。
「クレア・ペッパーさんのお母様ですか?わたくし、ホグワーツ魔法学校教員のアガスティア・ブラックと申します」
「あなたが!お待ちしておりました」
「本日はお手紙に記載されていたと思いますが、入学についての説明を行いに参りました。ご家族は揃っておいででしょうか?」
「えぇ。どうぞお上がりください」
「お言葉に甘え失礼します」
子供の頃のパーティーに参加するより断然ラクな仕事だ。清潔感のあるゴテゴテしていないシャツとパンツ、そこそこいい靴で問題ないだなんて!どこぞの間抜けはザ・魔法使いなんて格好で訪問したと聞いたがそれで喜ぶのは子供とファンタジーに憧れる大人だけだろう。基本的に不審者扱いなのが分からないらしい。ん?決して校長を指している訳じゃあないぞ。
リビングに通されれば、緊張した顔つきの父親にその娘さん、そして紅茶を持ってきてくれた母親。俺は手早く鞄の中から非常に分かりやすい内容のプリントを取り出した。
「エー、ブラックさんはそのー、……魔法使いであると?」
疑わしい視線を父親から向けられる。これも慣れっこだ。仕方がないね。
「えぇ。そしてクレアさん、君も魔法使いの素質を持っている。魔法使いは基本ひっそりとあなた方の生活に溶け込んでいるか、魔法使いのみの世界に生きている。しかしながら、時たまクレアさんのように魔法が使えるお子さんが生まれてくるのです。えーと、まずは魔法が世界にあるという事を証明した方が早いですね。壊れて直したい物とかあります?花瓶だとか、皿とか」
「それならコップが…。今朝割ってしまって」
「それがいい。基本的に魔法使いは杖を使って呪文を掛けます。スタンダードなやり方でね」
レバロ、そう唱えれば粉々に壊れていたコップは元通りの姿に戻った。このままではまだ信じてもらえないかもしれないので、杖をもう一振り。コップだったものは見る見るうちに美しい花へと変化し、かわいらしいテディベアに変化する。最後にフィニートを掛けてやれば、するすると元のコップへと戻っていった。
「まぁ、こんな感じで。杖触って見ます?あぁクレアさんは触らないように。暴発しかねませんのでね」
「タネとか、仕掛けはないんですか?」
「ないんですねコレが。必要とならばもうちょっと魔法使ってみましょうか?」
「いやいや、必要ないです。本当に、魔法があるとは……」
汗をぬぐう父親と、驚きの表情でコップを調べる母親に、上気した顔を見せる娘さん。これで掴みはバッチリだろう。さて、と佇まいを直し本題を述べていく。
「確かに魔法は素晴らしい、が科学に劣る所もあります。今時発音がラテン語だとか、ふくろうが連絡手段だとか…。そして、確実にコントロールをできるような訓練が必要だとかね。ペッパーさん。クレアさんの機嫌が悪い時や危険が迫った時に、なにか不思議なことは起こりませんでしたか?」
「男の子にちょっかいをかけられた時、いきなり本棚の本が全部飛び出してきたわ!」
「そういえば昔かんしゃくを起こした時、不思議なことがたくさん起きた覚えがあります」
「えぇ、えぇ。それらの多くは魔力のコントロールが感情の高ぶりで不安定になり、いわゆる暴発を起こした状態です。クレアさんの将来を考えて、周りに危害を加えない為にも、またクレアさんが奇異な目で見られない為にも魔法学校への編入を強く勧めます」
昔魔女狩りだの魔女裁判だのが起きた地だ。何が起こるか分からない事を告げれば、興奮していた彼女の様子は一気にしおらしくなる。そりゃそうだよな、御伽噺でそういうの知ってる年だもんね。
「卒業してからの進路は様々ですが、一般教養をつける為の補習やサポート、また魔法使いを受け入れてくれる大学もあります。最近できた制度なので改良の点はありますが」
そう。これらは昔から疑問に感じていたことでもあるし、非魔法使いの生徒たちが不安を訴えてきたからこそ設立することができたサポートプランである。そもそも魔法使いが閉鎖的な世界に生きているせいで、何になればいいのか分からない者が多すぎたのだ。昔なんかはそれこそ夢を諦め、泣く泣く魔法使い学校に入学した子供も多くいる。日本の陰陽師システムを見習うべきだと思うんだがね。
「クレアさん、あなたはどうしたいですか?」
入学にあたって必要になる物品を買いに行く方法や、硬貨の説明、ホグワーツについての簡単な説明を記しているプリントを渡して無事に説明を終える事ができた。
「この期間のこの時間ならば、ホグワーツの教員が誰かしら立っているとは思うので何かあったらお気軽に相談してください」
「見分け方とかってあります?」
「アー、多分不安そうに辺りを見回しておけば誰かしらが声をかけてくれるとは思います」
みんなローブ着てるから誰がなんだか分からないかもしれないけれど。手厚くお礼を述べられ、俺はペッパー家に見守られている。あとコレを何件繰り返せばいいんだ?
「マグル学に任せたいのは山々なんだけれどねぇ」
こればかりはどうしようもない。むしろブラック家である俺がこうも出しゃばっている事の方がおかしいのだ。次なる場所はどこだっけな、メモを取り出し場所を確認して、ヒラヒラと手を振る。
「では、ホグワーツでお会いしましょう」
3.2.1――バシンッ!
姿くらましをすれば、そこにアガスティア・ブラック助教授の姿は一瞬にして消え失せただろう。まぁこのくらいはリップサービスだよね。きっと残されたペッパー家は顔を見合わせ呆然としているに違いない。
裏方の仕事
アフターケアまで万全です
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