水先案内人 | ナノ


 俺の立ち位置はホグワーツの中でもかなり特殊だと思う。職に就いてしばらく経つが、いまだに慣れない部分だってある。

「……今日から新学期、か」

 あの頃の俺はどんな様子だったっけ。あぁ、母上や家のしがらみからどうにか抜け出そうとしていたんだった。それじゃ今はこんなんだ、昔なら考えもしなかった。あの日から20年、今年で31歳。アガスティア・ミアプラキドゥス・ブラック――俺はもそりとベッドから起き上がった。

「フリットウィック先生、マクゴナガル先生」
「おぉアガスティア!早速始めてしまいましょう!」
「私は玄関ホールから入り口にかけての道を、フリットウィック先生とアガスティアは大広間をお願い致します」
「はいよー」

 ある意味問題児であった俺を良く知るこのお二方。職員の中では優しく接していると自分でも思う。優しくないってのはスネイプが他の奴に対する態度の様な事を言うと思うのよ、調子っぱずれな鼻歌を小さく歌いながら杖を一振り、二振り。金や銀の煌びやかな輝きがホールを埋め尽くし、空には美しいキャンドル達が浮かび上がる。壁は細かな装飾で彩られ、各寮のテーブル上には上質な糸で織られた垂れ幕が掛かった。

「相変わらずアガスティアは優秀ですねぇ!」
「本職も得意な呪文も闇の魔術なんですがね……」
「それでも君は素晴らしい生徒だよ」
「これを機に闇の魔術から転職しませんか?」
「勘弁してくれよ、俺だって腐ってもブラック家なんだから」

 先生方の勧めを断ると残念そうな顔をされた。元々が宜しくない上に自分でも教職向いてないと思うんだからこれ以上突っつかないで頂きたいね。

「あとは微調整しますか」
「そうですね。……アガスティア、今年から非常に忙しい時代がやって来ます。あなたは大丈夫ですか?」
「何が?」
「ポッターですよ」
「あぁ……ポッターか。それはスネイプに言ってやってくれよ。あいつの方が酷い荒れ様になりそうだ」
「そうは思えませんがねぇ」

 おっとりと、しかし諭す様な声色に思わず背中が冷たくなる。いつの間にか周りに居た先生方は違う所へ移動しており、俺の隣には微笑むフリットウィック先生しか居なかった。

「…流石の俺もビビりますよ」
「嘘おっしゃい。まぁ、何か悩みがあったらいつでもいらっしゃい。君なら大歓迎だよ」
「お世話にならないよう気を引締めまーす」

 やはりこの人達には本当に敵いやしない。手をひらひらと振れば、満足気な笑い声がホールに響き渡った。

「今年も重たいメニューだな、あとでそこのサーモンくれよ」
「この日は仕方無いだろう。大人しくしていればな」

 飾りつけも終わり、教員は生徒が全員来ているかを確認し席へと座った。マクゴナガル先生はきっと今年も新入生の引率をしているだろう。俺の右隣にはスネイプがおり、悲しい事に左隣はクィレルの席がある。彼はターバンがずれただのなんだのと言って現在お色直し中だ。何が悲しいかって、そりゃああの奇抜なニオイのするターバンが顔の隣にある事だ。消臭呪文を掛けなければならない。

「あのさスネイプ」
「なんだ」
「正直ポッターに対して厳しく当たりそう」
「……目だけはリリーに似ているぞ」
「性格は?」
「トライフルを山ほど食べたいか」
「オーケー!俺は何も言っていない。いいね?」

 今年はまた面子が面倒臭そうなのである。ウィーズリー家はもちろんのこと入学してくるし、愚兄と仲が宜しそうなポッターの息子、それにマルフォイ家のご子息様もいらっしゃる。助教授として教鞭を振った暁には何かしらが起きそうで、面倒だ。

「胃薬のストックは」
「もう痛むのか?」
「いいや。…野郎のお守りはツラいなぁって」

 組み分けの『く』すら始まっていないのに。今年の教授はどんな理由で辞めていくのかなぁ、とそこだけを楽しみにしながら、俺はぼうっと今晩飲む酒の種類に思いを馳せるのであった。

舞台前のひととき
大人っぽく振舞うのも大変だよね、本当に。



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