06
 ネジやまやテンガンざんの様に牙を剥かれるほど寒くはない、がやはりラナキラマウンテンも雪が降る山ではある。手持ちのポケモンが元気よくはしゃぎ回る様子を、ただただウィリはぼうっと眺めていた。

 バトルは楽しい。ポケモンと一緒にいるのも楽しい。でも、ヒトと何かをする事だけがやっぱり沸き立つ感情を、楽しみを得られない――。マーレインとの会話やククイの態度、それらすべてがささくれ立った心に痛みを与え続けている。だからこうして自分のポケモンたちの可愛らしい姿を見て癒されようと思っていたがうまくいかない、そう判断したウィリはダウンジャケットを脱いだ。素肌にひんやり冷気が纏う。答えが見つからない時はひとり考えるのも良いが、今日はきっと外に出た方が気分転換になるだろう。そう考えたからだ。オアシスで仲良くなったバッドボーイやバッドガール達とバトルをするか、それとも――。なんとなく、今回は後者を選んでいた。

「で、またこんな時間にここに居るワケ」
「ここの景色は好きなの。ムチュールも気に入っているし」
「自己責任で頼むよ本当に」

 呆れた視線がウィリの横顔に突き刺さる、がそういった視線にも残念ながら長いトレーナー生活で慣れきっていたらしい。こないだと同じく少し日が暮れた時間に訪れたものだからキラキラ輝く海の色はオレンジとピンクと青が入り混じる海岸沿いで。隣でたたずむ男――相も変わらず気だるげな様子のクチナシ――はスーパーメガやすのビニル袋を手にしており、ウィリはムチュールが入っているボールを手持ち無沙汰に触っている。

「大丈夫、悪の組織ならまだしもチンピラ紛いのトレーナーなら凍らせちゃうから」
「だがお前さん女だろう。いくら強くたってヤロウ数人がかりで襲われたらひとたまりもない」
「心配してくれてありがとう。でも、これは私が勝手に動いているだけだから。クチナシさんが心配するのはありがたいけれど、私の責任だからそんなに気にしなくていいんだよ」
「腐ってもお巡りさんなんでね……地元住民ならまだしも観光客が襲われたなんて事あったら島的にも大問題なんだよ」
「島的にも、ね。」

 そりゃそうか、とウィリはひとり納得する。観光客でかなりの収入を得ているアローラ諸島において若い女性が地元のチンピラグループに集団で襲われた、だなんてニュースが出たら治安的にも大問題だし利益に大きな打撃を与えてしまうだろう。それにきっとこの島を管轄しているしまキングは首が飛ぶし第二の悲劇になりかねない。
――我々家族が離散したように。

「悪いことをしたね、次から明るい時間にここを訪れるよう気を付ける」
「別のところに行くって発想はないのか」
「裏ウラウラとかオアシスくらいなら行こうかなと思うけれど」
「メレメレ海とかカーラエ湾とかじゃあダメなのかい」
「嫌。絶対行かなきゃいけない用事がない限りメレメレなんかに行きたくない」

 脳裏に現れた能天気野郎を即座に冷凍パンチで打ち消しておく事を忘れない。あの島のキングはお節介だろうから絶対何かしら関わってくるだろうし、そもそもメレメレ海なんてククイの家の真裏ではないか?なんて想像は尽きることを知らず彼女の頭を回っていく。
 そういえばククイからの連絡を受け取る気がないため着信拒否にしてしまったが、あのメレメレ海の砂浜で保護した少女は大丈夫だろうか?とウィリは唐突に思い出した。行き倒れか、島めぐりの脱落者か、それとも――何か事情があって家出してきたのだろうか。すべて憶測でしかないし関係のない、ましてや子供の事情に首を突っ込むだなんてろくなことが起きるはずもない。お節介焼きなククイ夫妻に任せて自分は関わらなければいいのだ。自分がそうされたように。自分が助けてもらえなかったから。思考がだんだん暗がりに落ちていくのを感じてウィリはそれ以上考えるのをやめた。かわりにクチナシへと話題を振る。

「クチナシさん、袋からポケじゃらし飛び出てるよ」
「入りきらないんだよな」
「凄い数だけど」
「あいつら勝手に人の部屋に入り込んだり増えてるから気が付くと全部替え時になってるんだわ」
「のらニャース?」
「あぁ」
「……優しい人なんだね」
「優しくなんかねえよ、誰かが世話しなきゃ迷惑がかかるってだけの話しだ」

 ぶっきらぼうに吐き捨てられた言葉が胸を容赦なく辛い抜いていった。あぁ、その通りだとも。野良のポケモンならまだしも、誰かがゲットして、誰かに育てられたポケモンが自然の中に還ることはひどく難しいことは誰しもが知っている問題だ。どんな事情があっても許されることはない。
逃げ出したい気持ちをグッとこらえ、ちょっとだけ心を開いてお願いすることにしてみようと何故か思えたのだ。

「クチナシさん、あのさ」
「なんだ」
「ちょっと相談というか話しというか、悩みを聞いて欲しいんだ。自分だけじゃ何が正しいのか分からなくなってしまって。誰かに話しを聞いて欲しい。それこそクチナシさんの様なちゃんと物事をはかれる人に」
「なんでまた俺が……って、あぁ分かったよ。分かったからそのひどい顔どうにかしな。若い女の子がそんな迷子みたいな顔をするんじゃない、話しくらいなら今度聞いてやるからさ」
「……本当に優しいね、おまわりさんみたい」

 どうしようもなくうだうだしている自分が嫌いだ。そして結局人に頼らざるを得ない所までひた隠しにしている自分も嫌いだ。氷の様に心を閉ざしても私はいつも冷徹になりきれない――そんな弱い思考にすっかり浸ってしまったウィリを見てクチナシは苦笑する。

「そりゃおまわりさんだからなぁ」





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