05
 事故だったらしい。緊急だと連絡をくれたククイには感謝半分、鬱陶しさ半分だった。あれは確かイッシュの旅を終えてジョウトに行くかシンオウに行くかで迷っていた時だった筈。両親の訃報を聞いてもなおウィリの心は厚い氷が覆っていた。葬儀にもいかず、全てを放棄してシンオウへ旅立ったのだ。あの時の咎めるククイのまなざしは今でもウィリを射っているが、それよりも自分の気持ちを優先させた結果。後悔はしていない。

 どうやらククイからのメールによれば浜辺に倒れていた少女――リーリエというらしい――は何やら訳ありらしいため事情をしっかりと聞いたうえで研究所に住まわせているそうだ。妻の了承を得ているのか、と聞けばもちろんと返事が帰って来たのでとんだお人好し夫婦だなと思わざるを得なかった。様子が落ち着き次第ウィリに会いに行くと言っていたが、正直な所あまり会いたくないなと思ってしまう自分が憎らしい。あいまいな返事を返してからそれっきり連絡は取っておらず、こうして今日も今日とてウィリはラナキラマウンテンに居を構えている。
 だからこの状況は彼女にとってかなり不本意であり、いつもの様に無表情を貫いているかと思えば僅かに眉間に皺が寄っている。

「怒らないでよ」
「天文台に来る予定は無かったの。ムチュールの体を慣らそうと思ってたのに、予定が狂う」
「マーくんが怯えてるじゃないか、こおりタイプの使い手だからって雰囲気まで冷たくする必要はないんじゃないかなあ」
「私はこれが普通。ポケモンも私を受け入れてる。あんたにも、ククイにも言われる筋合いはない。そんな話をする為だけに私を呼び出したの?」

 ホクラニ天文台のとある一室。そこでウィリは予想外の再開をしてしまったが為にここまで機嫌が悪くなっていた。彼女の性格をよく知っているデリバードはピリピリとした彼女達を気にも留めず、うろうろ部屋を歩き回っている。
 ポケモントレーナー・プリム。ウィリが尊敬してやまないこおりタイプのエキスパートは『温暖な気候だからこそ、こおりポケモンは強くなる』と考えていた。ウィリはその考えに感銘し、アローラを出てからもこおりタイプ一筋で生きてきた。昔からのパートナーであるデリバードやケケンカニ、旅の途中で仲間になったバイバニラとは違い、シンオウ生まれシンオウ育ちであるムチュールにアローラの温暖な気候はまだまだ脅威を誇る。そのためホクラニ岳で苦手なタイプとバトルをこなしながら体を慣れさせていこうと思っていたのだ。

「違うよ。たまたま外で君を見かけたから従兄弟に紹介したいなって思っただけさ」
「へえ、そう。でも私、アローラに定住する訳じゃあないから紹介しても意味無いと思う」
「折角帰って来たのに?」
「ラナキラマウンテンの様子が変わるから、この子達にもう一度故郷を踏ませてあげたかっただけ。全部見届けたら違う地方にまた帰るの」
「こおりクリスタルはどうするんだい」
「継承者が居ないんだからあのままじゃないの。別に、必ずいなきゃいけない理由は無いでしょ。大昔にヒトが勝手に決めた事なんだし、神様ヅラしたポケモンが勝手になんかするんだから。私には関係ない」
「ウィリ」

 優しい、けれどもしっかりと咎める意思がある声が部屋に木霊する。デリバードは機械の物陰に隠れる少年――キャプテンのマーマネ――の隣でその様子をただただ静かに見守っていた。

「マーレイン。あんたは選ばれたからそう言えるんだ。私達はあの瞬間からこの島に弾かれたんだよ。居場所を求めて、何が悪いの」
「残されたポケモンはどうするんだい?親の葬式にも帰って来ないで。ククイもぼくもどれだけ心配したのか分かってる?やっと連絡が取れて、こっちに帰って来たっていうのに何も連絡寄越さないし……」
「今みたいにくどくど説教されるのが嫌だから会いに来なかったんだよ。ポケモンだって私のじゃない、父のポケモンだ。引き取り手だって居ただろうに。そういう時だけ私を求められても何をすればいいっていうの。これ以上押し付けないで。そっちは何もしてくれない癖に」
「ウィリ」
「私、どんな思いで島を出て行ったか知らないでしょう。知らない癖にそういう事言われたくないの。デリバード!行くよ」

 鋭く名前を呼べば素直にデリバードがウィリの傍へやってきた。いつも通りの冷徹な瞳をして、ウィリはマーレインを見据える。

「これ以上踏み込まないで。昔のよしみでも、もう過去の事なの。ククイもマーレインも揃いに揃って分からず屋。次何かしたらそこらじゅう氷漬けにしてやる」

 既にウィリの頭にはムチュールの育成計画なんてこれっぽっちも残っていなかった。脅しをかけて、踵を返し天文台を後にする。麓へのバスが間もなく発車するという事だったのでさっさと乗り込み帰路を急いだ。まさかマーレインが天文台で働いてるだなんて知らなかったのだ。知っていたら絶対に来ることは無かった。きっと今日の出来事はククイにも伝わってしまうだろう。きっと彼がウィリをアローラに呼び戻した理由に関係するからだ。ずしり、様々な思いがウィリの心に重くのしかかってくる。一体いつになったら、どうしたらこのもやもやとした感覚から逃れられるのだろう。暗鬱な思いのままホクラニ岳を去る事になった彼女の心は、再び厚い氷で覆われるしかなかった。

 しんと静まり返った天文台のとある一室。所長であるマーレインは頭を掻き、まいったなぁと素直な気持ちを吐露する。偶然だったのだ。従兄弟であるマーマネと研究室に閉じこもってばかりいたのでたまには外の空気を吸うかと思い立ち、ポケモンセンターに足を運んだら彼女が居たのだ。
 何も言わずアローラから去って行った少女。同年代だった彼女の氷の様に美しくきらめく才能に惹かれた。友人であるククイも彼女がまさかカプに拒まれるだなんて思っていなかった。10年以上も会っていなかった彼女は、氷の恐ろしさや鋭さを凝縮したかのような、冷たい雰囲気を身に纏っていて。

「マーさん、さっきの人は……?弾かれたって言っていたけれど」
「ウィリといってね、うーん。昔はもうちょっと柔らかい雰囲気だったんだけれど……スカル団に入らなかっただけまだマシって考えた方が良いのかなぁ。彼女は先代のしまキングの娘さんだよ」
「先代のしまキングって、あの?」
「そう、あの。恐らく彼女自身にはそんなに問題無いとは思うんだけれど、こればかりは根強い問題だからねぇ……。滞在している間に何とかできればいいなぁ」

 ウラウラ島は他の島に比べて問題事が多いのだ。どうにか混乱を収めて、今の平穏が訪れているのは現しまキングの人柄もあるのだろう。アローラ地方自体が、そもそも大きく仄暗い問題を抱えているのだが、それは我々大人がどうにかしなければいけない事。マーマネの様な、若き者にそのような負の遺産を残してはならない。かの友人もそのために走り回り頭を下げ、やっとその夢が叶おうとしている。ならばその手伝いをするまでだ、とマーレインは考える。

 そして、取り残されている多くの『こどもたち』を救うためにも。新しい時代は必要とされているのだ。全てを溶かしきるには多くの時間を必要とするだろう、しかしきっと必要としている者がいる。そう信じて。

「彼女はこおりタイプのエキスパートなんだ。今度バトルしてみるといい」
「アローラでこおりタイプか、珍しいね。でも他の地方に行くって言ってたけれど」
「説得できるかなぁ。ククイにも連絡しなきゃね、いやーやってしまった、つい熱くなっちゃって……」

 彼女の意思は下手な鋼より固いんだよなぁ、と先程の拒絶っぷりを思い出してみればなんだかマーレインは楽しくなってきた。彼女の本質は変わっていなかったのだと。果たして彼女を見付けてくれる人が居てくれたらな、そんな希望を持って作業を開始するのであった。



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