04
 ラナキラマウンテンに入りしばらく歩いて左に曲がった先の行き止まり。そこにテントを張り、数日過ごしてみたが特に問題は無さそうだ。そう判断したウィリはアローラでの生活をそこそこ満喫していた。生活するうちに日用品が欲しくなりスーパー・メガやすに向かったものの、廃墟と化していたことにウィリは驚いた。近くに居た島巡り支援者が丁寧に説明してくれた言葉が頭の中でくり返される。

「カプの、怒りを買った、ねぇ……」

 無表情であるウィリからは感情が読み取りにくいが、あまり好ましく受け取っていない様子だけは辛うじてわかる。ウィリの様子がおかしい事に気が付かない支援者は気にもせずに現在のメガやすの場所を教えてくれた。どうやらアーカラ島のロイヤルアベニューという場所に移転したらしいのでライドポケモンに乗ってさっさと赴いた。

「デリッ、デリリー!」
「ごめんね。アローラじゃあ申請を受けていないポケモンに乗って空を飛んじゃいけないの」
「デリバー!」
「過保護すぎるって?そうだね、他の地方はこんな重装備で空飛ばないから」

 先程から怒るのはデリバードだ。どうやら自分で空を飛べなかった事が不満だったらしく機嫌を損なっている。久しぶりの大型ポケモンに乗っての空中遊泳は中々楽しめたものだったがライドポケモンに乗る度に機嫌を損なわれても、顔にすら出していないがウィリは困っていた。特性はりきりに、せっかち。デリバードとは長い付き合いになるが相変わらず性格は変わらない様である。仕方がないのでアマサダを買ってやり、更に試食で貰ったきのみを食わせてやって、デリバードはようやく機嫌を直した。

 昔は島巡りの為に様々な人が訪れていたラノキラマウンテンも今はすっかり寂れ果て、人が立ち入らない僻地と成っていた。こおりZのクリスタルの台座は誰に守られることも無く、ただただ凍てつく空間に晒されている。惨めだな、とウィリはぼうっと眺めながらそう感じた。しばらく台座に向き合っていたが、それも飽きたのかくるりと踵を返す。故郷の地にはしゃぐポケモンに声を掛けてウィリは山の外に出て行った。アローラの日の入りは遅い。なので散歩に出かけようと思い立ったのだ。
 タマゴから孵りしばらく経っていたムチュールをボールの外に出しながらウィリはのんびり15番水道に向かって行く。子どもの頃は裏ウラウラ海岸や15番水道から見える夕日が堪らなく好きだったことを思い出し、ふとムチュールにも故郷の海を見せたい気持ちでいっぱいになったのだ。だがまだまだ幼いムチュールはきっと波打ち際で遊ぶ方が楽しいんんだろうなぁ、そう思いながら楽し気に前を行くムチュールを眺めて思いを馳せる。

「はしゃがないの」
「ムチュー!」
「聞いてる?あまり遠くに行かないでね」

 予想していた通り、ムチュールはすっかり波に夢中だ。初めて身近で見る海に興奮しているのだろう、波のリズムに合わせて行ったり来たりを繰り返すだけでも楽しそうな様子を見せてくれる。少し離れた場所でウィリは砂浜にしゃがみこみ、眺めていた。

「あの建物、新しかったな」

 独り言が指すのは15番水道へ続く道にあった真っ白い建物。綺麗な門、だが無機物感を漂わせる。門に飾られていたロゴマークや看板からは幼い頃から見た事のある財団名が記されてあったが、はたして自分の知る財団なのだろうか。おぼろげな記憶ではもう思い出せない。
 ムチュールのはしゃぐ声をBGMにどれくらい時間が経っただろう。ふと、ウィリは何者かがこちらに近付いてくるのを感じ取った。さく、さく。砂を踏みしめる音がこちらへやって来て影がウィリの隣で止まった。気だるげに目をそちらに向ければ、ビニル袋を手にした男が立っている。サンダルに、アローラの人間にしては白い肌。

「……何してるんだい」
「ムチュールが遊んでるのを見てるんです」

 落ち着いた声だなぁ、というのが第一印象だ。問いかけに答えて再びムチュールに視線を戻す。どうやら波を追いかけるのは飽きたらしく、今度は綺麗な貝殻を砂浜に並べて遊んでいるらしい。

「この辺で遊ばせるのは構わないけれどさ、危ないよ」
「ハギギシリならあの子でも追い返せるから大丈夫」
「そうじゃなくて。スカル団がその辺うろついてるからさ。因縁つけられる前に帰りな」

 聞きなれない言葉が聞こえてはて、と首をかしげる。スカル団、聞いた事の無い名前だ。不思議そうな様子のウィリを見て男は観光客か、と呟いた。

「観光と言えば観光……だけれどちょっと違うかもしれない。里帰り的な」
「ねえちゃんアローラの人間だったのか」
「ずっと昔に他の地方に出たから観光客と変わらないよ。スカル団なんて知らないもの」
「スカル団はそのなんだ、素行不良のガキの集まりだと。色々ヤンチャしてる年頃の奴が集まって悪さしてるんだわ。そいつ等ポータウンに集っててね」
「あぁ、それで」

 やっとウィリは危ないと言われた意味が理解できた。15番水道はポータウンに続く16番道路に続いているためこの辺りに現れると言いたかったのだろう。手持ちのポケモンは強いと自信をもって言えるが、確かに集団で襲われたらひとたまりもない。今は美しい夕日が海を照らしているが、夜になれば静けさが訪れて月明かりのみが手掛かりとなる。そうなる前に安全な場所、例えばポケモンセンターに帰りなさいと言いたかったのだと飲み込んだ。

「昔はポータウン、そんな荒れてなかったのに。やっぱり色々変わるんだね」
「どの位離れてたんだ」
「10年以上。1度も帰らなかったから、先代のしまキングが死んだことは知ってたけれど」
「島巡り経験者か」
「そうだよ」

―――でも、カプには拒まれた。
 喉まで出かけた言葉を寸でで留めさせる。別に今し方会ったばかりの、世間話をしている通りすがりの男にそこまで言わなくてもいいのだ。言ったらきっとこの人も同情と侮蔑を入り混ぜた、独特の目で見てくるだろうから。

「……さて。じゃあそろそろ日も落ちるだろうから帰ろうかな。ムチュール、もう気は済んだ?」
「ムー」

 少しくたびれた様子だが満足そうな顔をしているのでもういいだろう。ボールに戻して立ち上がる。隣に立っていた男はどうやら思っていたよりも背が高く、年が上だったらしい。夕日に照らされきらきら輝く銀の髪に暗く燃える焔の瞳。ぱちりと目線があった気がしたのは気のせいだろうか。

「注意してくれてありがとう、現地の人」
「……クチナシっつーもんだ」
「ウィリ。しばらくこの辺りに滞在してる。ここは好きな場所だから。この時間ならまだ歩いて帰れるかな」
「最寄りのポケモンセンターまで送って行くか」
「ううん、大丈夫。ポケモンセンターあまり好きじゃないの」
「実家に帰省のクチか」
「違う、跡地ならあるけれど。野宿してる」

 その言葉にクチナシと名乗った男は眉をわずかに寄せる。腕に自信があるとはいっても若い女がひとり野宿をしている事に対して何か思う所があるのだろう。ウィリは心配ないと言った。

「大丈夫。あまり人が来ない所にテント張ってるんだ。来たらむしろ凄いよ」
「本当に大丈夫かそれ。どの辺りだか知らないけれど」
「ラナキラマウンテンの中」
「……ビバークか何かだろう、冗談じゃない」

 安心させるために言った筈なのに。ますます眉間の皺を増やすクチナシを見てウィリは間違った行動を選択をしてしまった事に気が付いた。





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