02
「単刀直入に言うよ、アローラに帰ってきて欲しい」
「嫌よ。じゃあね」

 画面越しに慌てる声が響き、何度目かの溜息を吐いた。相手は相変わらず肘までまくった白衣を素肌の上に着こなすという訳の分からない恰好をしているが、温暖な気候であるあちらでは動きやすく理に適っているのだろう。対してウィリはしっかりと長袖のセーターを着こんでおり、幼い頃は健康的に見えた小麦色の肌もすっかり雪のような白い肌になってしまっていた。シンオウ地方のキッサキシティ。北端に位置する極寒の町は一年中雪が降り積もっており、自転車が使えない所か普通に歩いていても足を取られる始末だ。

「君、アローラを出てから一度も帰ってこないじゃないか!」
「だって私が居る必要が無いんだもの。だったら他の地方で過ごしてた方がお互い良いでしょ」
「両親の葬式にも帰らないのはどうかと思うよ……」
「そんな事はどうでもいい、説教するためだけにわざわざ電話かけてきたのならいい加減切るよ。ジムに戻りたいの」

 またそれか、とうんざりした表情を隠しもしないウィリ。アローラを出て行った彼女は様々な地方で旅を続け、最近ようやく腰を落ち着けたのがキッサキシティだった。現在はキッサキジムのジムトレーナーを務め上げている。

「君の実力を見込んでのお願いなんだ」
「ククイなら別の人見付けてる」
「埒が明かないから話していくよ!ポニ島のしまキングがお亡くなりになったのは知ってるかい?マーレインもキャプテンの座を降りてね、当時のキャプテンやしまキング、クイーンはほぼ代替わりしている」
「ふーん。それで?」
「どく、こおり、エスパー、むし。既に4タイプもの後継者が見つかっていない」
「島巡り廃止すれば?」
「ただ廃止しても何も起きないよ。新たなる時代を作っていかないと。僕達は未来に進まなきゃいけない義務がある」

 真剣なまなざしで語る電話の相手――アローラ地方にてポケモンのわざを研究している男――ククイの意見にはおおむね賛成だ。俗習に振り回されるのもいい加減に疲れてきているだろうし、自分のように振り切ってしまえればいいがそうもいかない若者だって溢れているのだ。しかし自分には関係ないだろう、と思ってしまうのも本音である。現にウィリはシンオウで過ごしているのだから。

「年齢的にキャプテンになれないにしろ、Zクリスタルの管理は絶対不可欠だ。ひこうとドラゴンはまぁどうにかなるとして、問題はそのほかの4タイプだよ。まぁむしも一応は大丈夫だけれど……」
「煮え切らないね。新しいキャプテン探し頑張って」
「こおりタイプ使いがアローラに多くないのウィリだって分かるだろ?だからZクリスタルの管理だけでもやって欲しいんだよ!それにラナキラマウンテンの昔のままを見納めるのも今のうちだぜ?」
「どういうこと?」
「認可が下りたんだ。見てくれこの書類!」
「……ポケモン協会のじゃん。何、リーグ作るの?」

 島巡りに挑む前には毎日の様に入り浸っていたラナキラマウンテンを話題に出されて思わず反応してみれば、嬉しそうなククイと手にしている書類の文字が嫌でも目に入った。ポケモンリーグ建設許可証、という仰々しい字体で書かれているそれ。何を意味するのか、キッサキジムでリーグを挑むために日々成長するトレーナーを待ち受ける身ならば分かる筈。
 ククイ曰く長年の夢を叶える為にここまできたと。アローラいち天に一番近いと言われているラナキラマウンテンに構え、新たなアローラのシンボルマークとして新たな時代を切り開いていくとの事だった。そしてふとウィリの存在を思い出したから電話を掛けてきたらしい。

「もう10年以上帰ってきていないじゃないか。僕もマーレインも心配しているんだよ」
「それはありがたく受け取っておくよ。……あまり気のりはしないんだけど」
「即決しろって訳じゃないんだ、でも一度は帰って来た方が良いと思うんだよ。家も確認しないで売り払ってるしさ。色々変わった所も変わってない所もたくさんある。全部一通り見て、それでも魅力を感じないなら仕方ないけれど」

 その言葉に少し、頑なに嫌がっていた心が雪解けていく。確かにアローラに今更戻ることはあまり気乗りしないのも事実だが、ずっと親しみを持っていたラナキラマウンテンの今の姿を見納めするのもいいかもしれない。手持ちの何体かはそこが住処だった訳だし。たっぷりと時間を置いて、絞り出すようにウィリは答えた。

「……ジムに話をして、それで踏ん切りがついたらまた連絡する。いつ工事が始まるの」
「3ヶ月くらい後からかな。今年の島巡りがその位に始まるからね、その準備が終わり次第取り掛かる」
「もうそんな時期なの。まぁいいや、電話するから」
「ありがとうウィリ!」


 結局ククイの説得に折れたのが決定打となりキッサキジムを辞めたのが先週のこと。いきなりの申し出にジムリーダーであるスズネは嫌な顔せず、それどころか餞別まで持たせてジムの皆と見送ってくれた。自分を必要としてくれる人の元を旅立つのはとても心苦しかったけれど、何かあったら戻ってきていいと言ってくれたことがウィリの里帰りの背中を押してくれた気がする。
 さんさんと降り注ぐ日差しがウィリの肌をちりちり焦がしていく。10年以上前は別に何とも思わなかったこの天候も、長らくシンオウや他の地方で過ごしてきたせいか暑いと感じる様になった。手持ちのポケモンはアローラの環境に適応できるのかな、と思わず心配になるほどである。イッシュの様に四季がある地方とは違いアローラは常夏だ。こおりタイプのポケモンが生息するのはウラウラ島のラナキラマウンテンとその周辺であり、当然その周辺に住むのが一般的だ。しかしウィリは自発的に起こしていないとはいえ、カプに拒まれアローラを去った人間。実家があった付近ではウィリの顔を覚えている大人は多いだろう。なんとなく嫌だな、という気持ちが沸き起こりどこに宿を取るべきか迷っているのが現状だ。

「どうしようかな」

 数日はマリエシティのポケモンセンターに宿泊する事が可能だろう。しかし本当にZクリスタルの管理を行うとなれば話は別だ、定住するには不向きである。カプの村にあった実家はすでに取り壊されているしあそこのポケモンセンターに顔見知りが居たらそれはそれで面倒臭い。

「……別に決まった訳でも無いから焦らなくてもいいかな」

 声に出せばすとんと焦りが抜けていく。そう、ウィリはラナキラマウンテンを見納めに来たという目的でアローラに帰ってきているわけで別にZクリスタルの事はその次なのだ。今焦って住む場所を見付けなくても良いし、キッサキに戻るという選択肢もある。まずはゆっくりと思い出の場所を見て、それから決めればいい話だ。そこまで考えてようやく周りの景色を眺める余裕ができたと気が付く。無意識に握り締めた拳をそっと開き、空へと掲げた。




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