誕生日には長袖のシャツを送ろう。そう思い立ったきっかけは至ってシンプルで、彼と私には夏の思い出しかないからだ。
私が思い浮かべる彼の姿はいつもそう、半袖姿。中学時代の出会いと大人になってからの再会。どの思い出にも彼は半袖姿だった。

「これがいいかな?」

はたけくんの長袖姿も見てみたいなと、私が興味本位で選んだのは草色の長袖シャツ。麻と綿で作られた生地は風通しもいい上に、なんといっても色合いがはたけくんにぴったりだと思った。はたけくん、気に入ってくれるだろうか。水色の袋に紺色のリボンでラッピングされたプレゼントを見て、つい口元が緩んだ。

誕生日当日、9月15日。暦の上では秋だというのにまだ残暑が続いて暑い。私は夜空の下、生温い風を感じながら彼を待っていた。
バッグの中に入れたスマホがブルルと小さく震える。取り出して、画面を確認すると愛しい人からの電話だった。通話ボタンをタップし、スマホを耳にあてる。高鳴る心臓を抑えながら静かに声を発した。

「もしもし」
「柳井さん?ごめん、もう着いたよね。今向かってるところだから、もう少し待ってて」
「慌てなくて大丈夫だよ。今着いたところだし」
「ありがとう」

今日の待ち合わせ場所はいつもの居酒屋ではなく、彼のアパート前。電話が切れた後、直ぐにはたけくんがやって来た。走って来たのか、長い前髪の間に窺えた額からは汗が滲んでいた。
私はそっとバッグからハンカチを取り出し、彼の汗を拭う。彼は一瞬だけ驚いた顔をすると「ありがとう」と柔らかく笑み、私の手をギュッと握った。

「じゃ、行こうか」

自然な流れで手を繋ぐ。いつの間にかそれが当たり前になった私達は手を繋ぎながらゆったりとした足取りでアパートの階段を上った。
はたけくんの部屋へはまだ一度しか行ったことがない。だから、少しだけ緊張する。そんな私の気持ちに気付いたのか、はたけくんは「そんなに緊張しなくていいよ」と優しく笑った。
部屋の前へ着く。はたけくんは開錠し、ドアを開けると、「どうぞ」と先へ入るよう促した。

「…お邪魔します」

パチンと電気のスイッチが聞こえたあと、玄関が明るくなる。なかなか靴を脱ごうとしないはたけくんが気になり、私は後ろにいる彼を見上げた。重なり合う視線。無言の二人。暫しの沈黙の後、はたけくんは身を屈んだ。彼の綺麗な顔が近付き、ドキリと胸が鳴る。キスをされるんだと、思い切って目を瞑ると直ぐに柔らかな唇が触れた。

「ごめんね。柳井さんががあまりにも可愛くて」

顔が離れたはたけくんは普段通りの表情。一方、私の顔は多分真っ赤。軽いキスなのにそれだけでも動揺してしまう私はまだまだ子供で、なんだか悔しかった。
はたけくんは、ずるいな。私と同い年のはずなのに余裕があって、大人だ。

「お茶でいい?それともビールにしとく?」

リビングに通され、ソファに腰を落とした私にはたけくんは優しく問いかけた。

「お茶がいいな」
「了解」

しばらくすると、はたけくんはコップに注いだお茶をテーブルに置いてくれた。私は「ありがとう」と礼を言い、隠し持っていたプレゼントをバッグから取り出すと、はたけくんに差し出した。

「はたけくん。お誕生日おめでとう」
「覚えていてくれたんだ。オレの誕生日」

一瞬だけ、はたけくんは目を見開くと照れ臭そうに笑い「ありがとう」とプレゼントを受け取った。

「開けていい?」
「どうぞ」

はたけくんは丁寧にリボンを解き、袋を開いた。一方、私はどんどん自信が無くなっていく。気に入ってもらえなかったらどうしよう。喜んでもらえなかったらどうしよう。プレゼントを見て、いらない様子だったら持ち帰ろう。

「あ、長袖シャツだ」

はたけくんの声がワントーン上がった。恐る恐る彼の表情を見る。はたけくんは、シャツを広げながら嬉しそうに微笑んでいた。
私はホッと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。

「まだ暑いけど、これからの季節にちょうど良いかなと思って」
「長袖シャツ今年はまだ買ってないから嬉しいよ。さっそく着てみようかな」

はたけくんは長袖シャツに袖を通すと、振り返り、子供のように笑う。

「うん、良い色だね。気に入った」

彼の喜ぶ顔を見て、「よく似合ってるよ」と私も笑い返す。深みのある草色は彼の綺麗な白銀の髪色と相性がとても良い。
喜んでもらえて安心したなぁ。内心ホッとしながら、時間が経って水滴がついてしまったグラスに口をつけた。少しだけぬるくなったお茶が胃に流れてゆく。

「…私ね、はたけくんのイメージは半袖なんだ」
「え、それって小学生みたいじゃない」

はたけくんの冗談に思わずフッと笑ってしまう。

「ほら、私達って初めての出会いの時も、再会した時も真夏だったじゃない?」

はたけくんはゆっくり頷いて、目を閉じた。きっとあの夏のことを思い出しているのだろう。「どの夏もとても暑かったよね」と、懐かしみながら笑うはたけくんに「そうだね」と返す。

「だから、これからは夏だけではなく春夏秋冬、はたけくんと色んな季節を過ごしていきたいなと思って」

言い切ったあと、突然はたけくんは私を抱き締めた。
「どうしたの?」はたけくんに問うたが、はたけくんからの返答はない。
彼の背中に腕を回して優しく抱き締め返すと、はたけくんは静かに言葉を発した。

「…オレも同じ気持ちだよ。一緒に色んな季節を過ごして年を重ねたい。ずっと一緒にいたい。好きだよ、ナツミ」
「あ、私の名前」

突然、彼の口から私の名が出てきたので驚く。見上げると、はたけくんは満面の笑みを浮かべていた。目尻にはたくさん皺を刻んで、こんなにも笑顔のはたけくんを私は初めて見た。

「ねぇ、これからはオレのことも下の名で呼んでよ」

彼の言葉を聞いて、一気に顔に熱が帯びる。逡巡してる間もはたけくんの顔がどんどん近付いて来る。私は咄嗟に二人の間を手で遮った。

「…待って待って!!」
「なに?」
「やっぱり私もビール飲もうかな!」
「え?」

唐突な私の言葉に疑問符を浮かべる表情のはたけくん。私は精一杯の勇気を振り絞り、口を開いた。

「今日は泊まってもいい…?カカシくん」

返事を聞く前にもう一度、ギュッと抱き締められた。新しいシャツの上からは微かに彼の匂いがする。優しくて、安心する匂いだ。

「もちろんだよ」

カカシくんは覆い被さるようにして、私をソファへと押し倒した。胸の鼓動がうるさくて彼に聞こえてしまわないか心配だ。カカシくんと視線が絡む。彼はにっこり微笑むと、私にキスを落とした。

「カカシくん、」
「ん?なに?」
「お誕生日おめでとう。生まれて来てくれてありがとう」

これからの季節、彼とどうやって過ごそうか。未来を想像するだけで楽しくて幸せだ。彼も、カカシくんも同じことを思ってくれたらいいのにな。

「ありがとう。ナツミ」

カカシくんはまた朗らかに笑う。今日はよく笑うなぁ。頬に手を添えられ、彼のぬくもりを感じながらそんなことを思った。暑い秋の夜はまだまだ長い。

祝福の秋


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