「カカシ、飴玉あげる」

彼女は無理矢理に飴を握り締めさせると、満足したように小さく笑った。
じゃあね、そう言って走り去る彼女の背中を見たオレは溜め息をひとつ吐く。「まったく、オレが甘い物苦手なの知ってる癖に」いまさら悪態を吐いても、当の本人がいなくては意味がない。握り締めた手のひらを開くと自分とは不釣り合いな甘ったるい色で包装された飴があり、苦笑した。

「なんて、本当は嬉しいけどね」

オレは器が小さい男だ。彼女が好きな癖に優しくできなかったり。気持ちを伝える勇気がなかったり。
そして、飴を食べられない理由は甘い物が苦手なだけではなかった。一番の理由は彼女がくれた物が大切過ぎて勿体ないから。こうしてポケットに忍ばせた飴はいくつ溜まっているのだろう。
布越しで触れた飴達は悲しそうにぶつかり合い、カチリと鳴った。

いつか、この飴を口に出来る日がくるのだろうか。

ぼんやりと叶うわけもない思想を頭に並べて見慣れた景色を歩く。無意識にポケットに手を突っ込むとあの感触が指に伝わる。包装された小さな丸い物体をひとつ、ポケットから取り出してみると、やはり甘ったるい色。その色から連想させるのは彼女だった。

「カカシ、はいこれ」

振り向けば、いつもの満面の笑みで笑っている彼女。そしてその小さな手にはいつもの飴玉。オレはいらないと言いながら受け取るという矛盾を今日も繰り返す。
ねえ、ここで好きだと告白したらお前はどう思う?なんて、出来もしない事を考えていつものように飴玉をポケットに仕舞い込んだ。

「今日はね、カカシに報告があります」
「どうしたの?急に」
「私ね、」

好きな人が出来たの。
頬を赤らめて少しはにかんだ表情を見せる彼女は幸せそうだった。彼女の止まらない言葉に「うん」だとか「そうなんだ」とか相槌を打つだけで精一杯なオレは、やはり器が小さい。
ふと彼女の顔を見れば、やはり好きな気持ちは変わらなくて、無性にやるせない気持ちでいっぱいになった。

「オレね、お前の事が好き」

彼女の瞳が大きく揺れ動く。オレの顔を見るや否や彼女の目は赤くなり始めていて、今にも泣き出しそうだった。

「ごめんね」

彼女の答えは当然だった。本当は分かってたよ。お前が違う人を見てたくらい。オレも同じ気持ちでお前を見てたから。
彼女は泣いているように笑っていたけど、最後まで涙は見せなかった。だから、オレも無理矢理に口角を上げて笑って見せた。

「お前が謝ることじゃないよ。このオレを振ったんだから、好きな奴と上手くいきなさいよ」

なんて、口からでまかせばかり言う自分を心の中で嘲笑う。苦し紛れに「これから任務だから、じゃあね」と彼女から逃げるように走り去ると、彼女は小さくオレの名を呼んだ気がした。きっと今から続く言葉はオレが期待している言葉ではないだろう。だから、振り向けなかった。

「失恋だなあ」

川沿いまで走り、足を止めて一人で苦笑する。ひゅるり、温かい風が頬をきる。風と一緒にこの気持ちを吹き飛ばしてくれたらいい。そんなことを思いながら初夏の匂いを肺いっぱいに吸い込んで吐き出した。

「今なら食べられるかな」

膨らんだポケットに手を突っ込んで、ずっと食べられなかった飴玉を取り出す。包み紙を剥がした飴玉もやはり甘ったるい色は変わりない。口に放り込んだキャンデーの味は今の自分に似つかわしい、あの味だった。


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