どうか、どうか、お気をつけて行って下さいまし。私は此の場を決して離れることなく貴方様のお帰りをお待ちしております。だから如何か、どうか、振り返らずに行ってらっしゃい。

女が手をひらひらと振れば、男は「行ってくる」と小さく言葉を漏らし、一切振り向きもせずに去って行った。男の小さくなってゆく背中を眺めながら女は小さく呟く。「いってらっしゃい」

半年後、男から文が届いた。震える手を抑えながら封を切る。其処につらつらと書かれてあるのは懐かしく癖のある文字。それはあの人を意とする何よりの証拠。


拝啓
時が立つのは早いものだね。あれから半年という月日が過ぎようとしているよ。ただ殺伐とした日々を送るなか、頭に浮かぶのはお前の笑った顔だ。そっちは変わりはないか?俺は変わりなく元気でやっているよ。早くお前に会いたいが、今は未だ帰れそうにない。だからといってはなんだが、代わりに此れを送る。俺の代わりだと思ってくれたら有り難い。
敬具


コロン、封の奥の方から転がり落ちるのは煌めく指輪。あぁ何故かしら。涙が頬を伝い落ちゆく。ポロリポロポロ。いいえ、違うの。違いますの。私が欲しいのは星のダイヤでも海に眠る真珠でもないのよ。だって貴方様の口付けほど綺麗な代物はないもの。私は、その日が来るまで待っています。それまで、如何か、どうか、お身体に気を付けて下さいませ。私は此処を離れず貴方様が無事に帰れるまで願い続けていますから。

拝啓
何の連絡も出来なくてすまない。日に日にお前の顔が薄れてゆく気がする。どのような表情で笑っていたのか、どのような声色をしていたのか、まるで霧がかったように思い出せないんだ。だが、最近ではそれでもいいと思ってしまう自分がいる。如何やら俺は、変わってしまったらしい。こんな身勝手な男を許してくれだなんて絶対に云わない。俺を恨みたければ好きにすればいい。だが、早く俺を忘れてくれたら有り難い。
敬具


ああ、なんていうことでしょう?私にはさっぱり分かりませぬ。貴方様を恨めと?貴方様を忘れろと?そんな残酷なこと、私には出来っこない事くらい御存知でしょうに。貴方様はやはり昔と変わらず意地悪ね。ポロリポロポロ。あの日と同じ涙が私の乾いた頬を伝ゐます。ねぇ、貴方様に最後の贈り物をねだるわ。こんな小さな手では涙は拭いきれないので、涙拭く木綿のハンカチーフをくださいまし。

歌詞参考 木綿のハンカチーフ


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