あんたなんか消えてしまえ

まるで味のなくなった、なんの面白みもないガムを吐き捨てたかのように呟いた。隣にいる男に視線を向ければ、男はこちらに目もくれず、黙ったまま愛読書に視線を落としていた。

「なんか言ったらどうなのよ」

男の額当てと口布が邪魔をして、肝心の表情が窺えない。しばらくすると「お前が消えなよ」と、淡白な返事が聞こえた。なによそれ。腹が立つ。コイツなんか私の視界からいなくなればいいのに。

「カカシ。あんたは一体誰を愛しているの?」
「うるさいなぁ。少しは黙ったら?」

私の怒りが頂点に立てば立つほどカカシも苛立ちを隠しきれないらしく、鋭く射抜くような右目で私を睨み付けた。ゾッとする程の鬼気を持つ彼に悔しくも当惑してしまうのだから情けない。

「ねぇ、」

名を呼ばれ、自身の体に圧が掛かったと同時に嗅ぎ慣れた男の匂いが鼻を掠めた。数秒経ったあと現状をようやく理解して悟る。ああ、私はこの男に抱き締められているんだ、と。さっきまで感じていた嫌悪感は何処に消えてしまったのだろうか。冷静でいたいのにいられない。嬉しく思ってしまう自分は、やはり軽薄な女だ。

「オレは、お前だけを愛してる」

なんて、なんの端緒もない事を耳元で囁くものだから、一握りだけ甘い言葉を信じてしまう自分が稚拙で憎くて。いま私を抱き締めているこの男は、どんな顔をしているのだろう。何を思い、背中に腕を回しているのだろう。その顔を見ない限り、この愛の程は分からない。


貴方の愛は軽々しいのよ

その甘い言葉も惑わす香りも私のような愚かな女達に与えているのでしょう?でも、やっぱりそんなの認めたくないから「あんたなんか消えてしまえ」と、愛を吐いた。


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