私にはずっと想い人がいる。

きゅっと口布を上げて、顔の半分以上隠した彼の素顔は私を含め誰も知らない。いつでも冷静沈着で不思議な魅力を持った彼、『はたけカカシ』をアカデミーの頃から私はずっとずっと想い続けてきた。

彼はつい最近、上忍になったばかり。一方、私はまだ中忍。いつも一歩前を進む彼をいつの間にか『憧れ』から『恋心』へと変わっていった。
そして今日、私と彼はツーマンセルでの任務であった。任務はとても大事。集中しなきゃと思うけども、カカシと一緒に、ましてや二人きりだなんて、と浮ついた気持ちのまま任務をこなすなんて到底無理なことだった。

「この辺りで休憩しよう」

私に背を向けて颯爽と森を抜けていたカカシの足がピタリと止まった。彼に合わせて私も足を止めると、カカシはぐるりと辺りを見渡して近くにあった石の上に座るよう私に指示をした。頷いて、ゆっくりそこに腰を落とすと彼は私が座ったのを確認しただけで隣には座らず、目の前で立ったままだった。

「カカシは座らないの?」
「オレは疲れてないから別にいい」

それに二人もそこに座れないでしょ。私を見下ろすカカシの目は疲れてなどない、いつもの冷めたカカシの目だ。私の足はこんなにもくたくたで重いのに、カカシはすごいなぁ。いつか彼と肩を並べて歩くのが夢だけど、やっぱり私はまだまだだ。
落ち込んで、無意識に視線を足元に向けると辺り一面にシロツメクサが生えているのに気が付いた。緑の葉の絨毯の中にまばらに咲くシロツメクサの花は『私に気付いて』と言っているように健気に咲いている。まるで私みたいだなぁとシロツメクサと自分を重ね合わせていると、小さい頃にこの花をよく摘んで遊んでいたことを思い出した。ふと懐かしくなり、シロツメクサの花を茎から引っ張ってぽきっと軽く折ると、輪っかを作ってみた。

「カカシ、左手出して」
「え、なに」

いいから、とカカシの左手を無理やり引っ張るとすらりと伸びた薬指にシロツメクサの輪っかを通した。カカシは眉をぴくりと動かすと、あからさまに嫌な目をして自身の薬指を見つめた。

「結婚指輪」

はっきり答えるとカカシは盛大に溜息を吐いた。恐らく任務中に何遊んでるんだ。と思っているのだろう。

「大人になったら結婚しようね」

カカシに咎められる前にすかさず未来の約束を取り付ければカカシは呆れた表情と少しばかり苛立った顔を私に向けた。きっとカカシを好いてる女の子が彼のこの顔を見たら泣き出すだろう。でもあいにく私は『普通の女の子』ではない。そんなことに屈せず動じず、むしろにっこり笑って返す。カカシに何回も告白して何回もその顔を向けられた私にとってはもう慣れっこだった。

「…さあね」

ぽつり。カカシの口から出た言葉は肯定も否定もなく曖昧に返されたので思わず聞き返す。

「さあね、ってどういうこと?」
「自分で分からないなんて、まだまだだね」

わざとらしく肩を竦めながら口にするカカシは意地悪だ。

「もういくよ」

しらじらと明るい陽の光にさらされ、彼の白銀の髪がよりいっそう輝きを放った。つい美しくて見惚けていると彼は早く来いと言わんばかりに振り向く。慌てて彼の背中について行った。










「これで最後だから」

ね、お願い。縋るようにオレの首に腕を回し固く抱き締めるナマエは明日から別の男と人生を共に歩むことになる。

「結婚しようね、って約束したのに」
「こんなにも好きなのに」

どうしてカカシと一緒になれないのだろう。彼女の唇から零れ落ちる言葉をオレは頷くしかできない。何もできない。馬鹿みたいに頷くだけだ。ナマエは由緒正しき名のある家柄だった。親に決められた許嫁がいた。最初から叶わない恋だった。もどかしくてやるせなくて気持ちをうまく言葉に出来ず、代わりにナマエの唇に自身の唇を押し付けた。

彼女が結婚する。その話を耳にしてから自分の気持ちにようやく気付き、彼女と会うたびに体を重ね合わせていた。服をこうして脱ぐ癖も今では抵抗なく、いつの間にか定着していた。

明日、彼女は結納の儀を迎える。それなのに彼女は今、こうしてオレの首に腕を回し、まるで離さないとばかりに強く抱き締める。

そっと自身の指先で彼女の薬指に触れる。それだけでは物足りなく思い、ナマエの細い薬指と自身の指を求めるように強く絡ませる。それはまるで叶わない約束を縛るよう。ちゃんと約束したのに。ちゃんと愛していたのに。触れてはいけないこの手を重ねてはいけないその唇の罪をオレは知ってしまった。

「さよなら」

そう口にする彼女はもう迷いなどない。オレに会うたびに髪が変ではないか、はにかんでオレに訊ねていた彼女の顔はそこには、ない。

「さよなら」

唇に力を込めて口付けをする。もう二度とこの熱を感じることも愛を確かめ合うこともない。彼女が玄関まで向かう。名残惜しいその背中に触れたくても触れられない。
ナマエが開けた扉を離すと一瞬だけ空の青が視界に飛び込んだ。自分の気持ちとは真逆の清々しいほどの青空。薄ら汚れた心がこの空に吸われてゆく。彼女が、ナマエが行ってしまった。もうなにもない。恋が、終わってしまった。


歌詞参考 青空/aiko







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