木ノ葉の里は名前の通り自然豊かな里だ。

秋になる紅葉シーズンにはそれは見事な景色を作り出す。黄色、赤、橙色。幾つもの暖色で染まる木々を見ると今年も秋が来たのだな、と自覚させた。
気候が穏やかになると、どうしても読書をしたくなる。だから私は毎年この時期になると週に2、3回ほど図書館へ足を運んでいた。

図書館の前には大きなイチョウの木が植えてあり、私はその木を見るのが大好きだった。どっしりした幹で佇み、樹々の枝から生えるイチョウの葉の色はただの黄色ではなく、黄金色に見えた。
足元に落ちた葉を拾い上げて手のひらに乗せてみると扇型の葉が太陽に照らされてより一層輝きを放つ。綺麗だな。なんだか捨てるのが勿体なく思い、それをポケットにしまうと図書館へ向かった。


図書館に入ればすぐに古本の独特な匂いが私を包んだ。この匂いも私にとっては秋を連想させるものだった。どことなく落ち着く匂いを嗅ぎながら読みたい本を選び、お気に入りの席へと向かう。
私の定位置はいつも窓際のテーブル席。少しだけ開かれた窓からはカラッとした秋風が入り込み、レースのカーテンがゆらりと揺れる。その拍子にカーテンの隙間からは大好きなあのイチョウの木が見えて、それを目にするたびに幸せな気持ちになっていた。

そしてもう一つ。私には楽しみがあった。それはいつも斜め前に座る男性の襟足を見ること。ハイネックの服にマスクをしているためなかなか肌色が見えないが、男性が本を読む時に首を傾けたり、何か書き物をする時に下を向くと銀色の髪と共に肌色が一瞬だけ覗かせる。
女性のように艶やかな白い襟首に私は目が離せなかった。
今日も私は一通り読書をしたあと頬杖を突きながら男性の後ろ姿を眺めていた。男性は恐らく忍だろう。木ノ葉の額当てをつけて緑色のベストをいつも羽織っている。私は一般人なので詳しくは知らないが、『忍』は命をかけて里を守る人間だと、それだけは認識していた。

今日も男性は熱心に本を読んでいる。きっと忍だから難しい本を読んでるんだろうな。そんなことをぼんやり思って目を閉じた。

秋風がひゅっと吹き、私の髪を揺らす。今日は秋晴れだ。心地いい。

「あのーすみません」

突然声を掛けられ目を開けると、驚いたことに先ほどまで後ろ姿を眺めていた男性の顔がすぐ近くにあった。いつも背中ばかり見ていたものだから、初めて見る顔に思わず怯み、「えっ」と素っ頓狂な声を上げる。私の声を聞いた図書館スタッフがすかさず「館内は静粛に」と注意する。私は慌てて「すみません」と謝り、目の前の男性を見た。
男性の顔は半分以上マスクで隠しているため、表情を読み取るのが難しい。けど、弧を描いたような目を見て、男性は笑っているのだと確信した。

「急に話しかけてごめんね?あのさ、突然で悪いんだけど、何か栞になるもの持ってない?」

これだけ厚い本だと次に読む時にページ探し出すの大変でさ。どこか気抜けして弛緩したように話す男性の手には難しいタイトルの大冊があった。
栞に代わるもの…何かないかと辺りを見渡して探してみるが、あいにく手頃なものが見つからない。
最後の望みをかけて、ポケットに手を入れてみる。すると、何かが指先に触れた。何だろう?怪訝に思いながら取り出して見てみると、思わず「あ」と呟いた。
それは、先程拾い上げたイチョウの葉だった。
流石に葉っぱなんて無理があるよね。諦めてもう一度ポケットに仕舞おうとした時、男性が「いいもの待ってるね」と私の手を止めた。

「え、でも…ただのイチョウの葉だし…」
「風情があっていいじゃない」

男性はイチョウの葉を私の手から受け取ると、読みかけのページにそっと挟んだ。

「ありがとーね」

ふっと笑った男性の目尻には少しだけ皺ができていた。穏やかに笑う男性を見て、きっとこの人は優しい人なのだと、なんとなくそう思った。

「はたけカカシです」

男性はそう名乗ると、私に「名前は?」と訊ねた。私は慌てて「みょうじナマエです」と軽く自己紹介をする。私の名を聞いた彼は「覚えとくね」それだけ言うと、緩く笑った。

風が吹き抜けて揺らしたカーテンの向こう側にはいつものようにイチョウの木がひっそりと佇んでいる。それはまるで、私達のやり取りを眺めているようだった。



本好きの私達が仲良くなるのは早かった。はたけさんは幅広いジャンルの本を読んでいて、私が好きな本のタイトルを挙げれば、驚くことに全て知っていた。私もはたけさんを真似て彼の愛読書を読もうとしたが、どうしても「イチャイチャシリーズ」だけは好きになれなかった。

忍という職業は不規則な生活らしく、彼が図書館に来る日は不定期だった。だからこそはたけさんに会えた日は、胸が弾んで鼓動が走った。
今思えばきっと、この時から私は彼の事が好きだったのかもしれない。

時が経つに連れ、お互いの呼び名も変わった。「はたけさん」と呼んでいたのが「カカシさん」に変わり、いつの間にか「カカシ」と呼ぶようになった。そして気がつくと彼も私のことを「ナマエ」と呼ぶようになっていた。

「ねぇカカシ」

隣で読書をしているカカシの顔を覗き込み、声を掛けると彼は「なに?」と返事をした。本から目を離し、私の目をちゃんと見てくれるカカシはやはり優しい。

「あのね…」

自分から声を掛けたくせに、続く言葉が言えないのがもどかしい。逡巡した私を見てカカシは不思議そうに首を傾げた。急に恥ずかしくなった私は合わさっていたカカシとの視線を逸らし、前を向く。
目の前で絶え間なく降り頻る黄金の葉はまるでひらひらと舞う紋黄蝶のよう。その落葉は私の大好きなイチョウの葉だった。

『せっかく今日は秋晴れなのだから外で読書しよう』

そう言って、連れて来られた場所は私の大好きなイチョウの木の下だった。『オレもこの場所が好きなんだ』微笑みながら話す彼に私もつられて頬が緩んだ。
木の下には二人ほど腰掛けるベンチが置いてあり、私達はそこに座るとそれぞれ好きな本を読み始めた。しばらく耽読していたが、隣にいる彼のことが気になった私は声を掛けた。

「どうしたの?」

いつまで経っても口を開こうとしない私に痺れを切らしたのか彼はパタンと本を閉じると私の顔を覗きこんで、再び視線を合わした。距離が近い彼の顔に驚いて思わず身を引く。
私は手を強く握り締めると、膝の上に拳を置いた。ふいにさぁっと秋風が吹いて、落ち葉を掃いて行った。

「あの、ね?もしも私がカカシを好きだって言ったらどうする?」

私の質問にカカシは一瞬だけ目を丸くさせると「なにそれ。藪から棒に」と困惑した様子で答えた。

「嫌?…それとも嬉しい?」

勇気を振り絞って問い掛けたはいいが、カカシの返答を待つ時間に耐えられず、恐る恐る彼の横顔を盗み見ると彼はぼうっとした目で頭上から静かに落ちてゆくイチョウの葉を見つめていた。
相変わらず表情が読み取れない彼を見ると更に不安が募り、「やっぱりなんでもない」そう言おうと口を開いた。

「…後者かな」

ぽつり。彼の唇から零れ落ちた言葉は予想していなかったもので、頭の中が真っ白になった。

「それって…」
「そういうこと」

ふっと笑うカカシの顔は初めて見た時と同じ優しい笑みで、懐かしく思えた。ああ、私はやっぱりこの人が好きなんだ。彼と同じ景色を見つめると、胸が熱くなった。



それから私達は付き合うようになり、お互いの家を行き来するようになった。会う頻度も多くなり彼の帰りを部屋の前で待つ回数も増えた。
今日も帰り遅いのかな。ぼうっと扉に寄り掛かりながらアパートの屋根と手摺りの間から覗く月を見上げて恋人の帰りを待つ。宵の空は見事な満月が浮かんでいた。強く輝きを放つ月の色はなんとなくイチョウの色と似ていて、告白したあの日の落葉の色を思い出した。はあ、と息を吐くと、鼻を撫でつける息が微かに白い。秋も終わりかぁ。過ぎゆく季節に少しだけ寂しくなりながら鼻を啜った。

「ごめん、ナマエ、遅くなっちゃって!」

慌てた様子で現れたのは待ち焦がれていたカカシだった。カカシは心配した顔で「もしかしてかなり待った?」と訊ねると、私が手にぶら下げている食材の入った袋を持ってくれた。

「今来たところ」
「うそ。だって鼻赤いよ?」

カカシは私の鼻先をちょん、と指で小突くと「そうだ」と何か思い立ったように声を上げた。

「ナマエ。手、貸して」
「うん…」

頷いて、手を差し出すと、カカシは私の手のひらの上に何かを置いた。冷たく硬質な感覚が手に伝わり、なんだろうと首を傾げる。そっと手を広げてみると。思わず「あ」と呟いた。カカシが渡した物、それは部屋の合鍵だった。

「これ、あげる」
「え、いいよ」
「なんで?オレたち恋人でしょ」
「でも」
「いーから。受け取って」

なかなか受け取ろうとしない私にカカシは強引に合鍵を私のポケットに入れると「じゃ、中に入ろう」とドアを開けてさっさと部屋に入ってしまった。私は急いでその背中を呼び止める。

「カカシ」

カカシは合鍵を返されると思ったのか、「ナマエは強情だなぁ」と呆れた口調で言うと溜め息を吐いた。
「違うの」私は否定しながらバッグの内ポケットにある自分の部屋の合鍵を取り出すと、カカシに渡した。

「これ、私の合鍵。カカシも持ってて」

彼は部屋の合鍵と私の顔を交互に見たあと、驚いた顔をして「いいの?」と訊ねた。その顔が余りにもおかしかったものだから「だって私達、恋人でしょ?」と、彼に言われた言葉をそっくり返せば、彼は照れたように微笑んだ。

「ありがとう」

そう言うと、彼は徐に私の手を引き、強く抱き締めた。冷えた体が彼の体温に包まれて、とても温かく感じる。私は彼の胸の中で目を閉じると、この幸せがずっと続きますように。ずっとカカシを好きでいられますように、と小さく願った。


***


それからはカカシにもらった合鍵を使って、彼の部屋で料理をしながら帰宅を待つ時間が多くなった。カカシの好きな食べ物は秋刀魚の塩焼きと茄子のお味噌汁。秋が似合う彼が、秋の旬の食材を使った料理が好きだなんて、とても彼らしいなと思った。
今日も料理を作り終えた私は、頬杖を突きながらカカシの帰りを待つ。目の前に並べられた料理はもちろんカカシの好物達だ。

早く帰ってこないかなぁ。

目を瞑りながら部屋に響き渡る秒針の刻む音を聞く。しばらくすると「ただいま」と低い声と共に玄関の扉が開く音が耳に入った。帰って来たのかな?瞼を開けて弾む気持ちを抑えつつ、椅子から立ち上がると私は急いで玄関に向かった。

「どうしたの!?その格好!」

本当は「おかえり」そう口にしようとしたが、彼の姿を見た私は思わず違う言葉が出た。
彼がいつも着ている緑のベストは血に染められ褐色に変わり、白銀の綺麗な髪には血飛沫がついていた。血を認識させるものはそれだけではなく、彼の体からは血生臭い匂いを強く放っていた。

「もしかして怪我したの?」

咄嗟に近付くと彼は「汚れちゃうから来ないで」と言い、私との距離を取った。

「カカシ、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「だって、血、」

カカシの体に触れようと手を伸ばすと、彼は私の手をパッと払い除けて「ホントに平気だから」と拒んだ。

「でも…」
「大したことないよ」

それに、これオレの血じゃないから。弱々しく悲しそうに笑う彼は何かを隠しているように見えて。私の横を通り過ぎてリビングに向かう彼の背中はいつもと違うような気がした。

「それよりもオレの好きなもの、作ってくれてありがとね」

彼はリビングにあるテーブルに並べられた料理をみると、明るい口調で言い放った。けど声とは逆に、彼の顔は先程と同じ、悲しみを隠し、取り繕う下手な笑顔のままで。かける言葉が見つからなかった私は、せめて美味しいものを食べさせてあげようと、彼の好物の味噌汁を温め直した。


カカシが血に濡れて帰ってくる日はこの日だけではなかった。大怪我を負った日もあったし、しばらく帰って来ない日もあった。その度に私は「どうしたの?」と訊ねたが、彼は「なんでもない」その一点張りで決して答えてはくれなかった。

カカシは、何も教えてくれなかった。何故両目の色が違うのか。彼の家族も、彼の友人も、どんな幼少期を送ってきたのか、それすらも教えてくれなかった。私が知っていることといえば、彼の好きな料理と好きな本。そして、彼が忍だということだけ。

正直に言えば、私は彼に忍を辞めて欲しかった。いつ自分の命を落としてもおかしくない『忍』。しかし裏返せば、彼も同じように誰かの命を奪っているということ。
私を優しく抱き締めるあの温かい手は、私の知らないところで誰かを殺している。そう思うと突き刺さるように胸が痛くなった。
今日も彼は「行ってきます」そう言って、命を奪い合う場所へ向かう。何も言わず、痛みと苦しみを背負いながら彼は、私の知らない世界へ行ってしまう。

「もうやめてよ。行かないでよ」

カカシが玄関のドアを開こうとした時、咄嗟に腕を掴んで引き止めた。「どうしたの?」ゆっくり振り向く彼の顔はいつもと変わらない優しい笑みだ。彼の顔はこんなにも穏やかなのに、人を殺すなんてやはり考えられない。彼の腕を掴んだ手が無意識にぎゅっと力が入る。

「カカシがやらなくたっていいでしょ」

他の人があなたの代わりに殺しに行けばいいでしょ。私の言葉に彼は一瞬だけ影色の瞳を揺らすと、黙り込んでしまった。
私はきっと今、彼を困らせている。なんてわがままな女なんだ。そう思ったかも知れない。けどこれ以上、彼が傷付く姿を見るのは耐えられなかった。私と同じ世界で生きて欲しかった。
彼は静かに目を閉じて、深く息を吐く。そっと瞼を開けた彼の目はいつもの色違いの両目。その瞳には何か強い意志があるように見えた。

「けど、オレが行かないとダメなんだ」

オレは、里を守らなくちゃいけないんだ。諭すように話す彼の顔は輝いて見えて、息が苦しくなった。彼は腕を掴んでいた私の手を静かに解くと、手を握ろうとした。「やめて」咄嗟に彼の手を振り払い、込み上げる感情を抑えることなく声に出した。

「カカシは私の気持ちが分かる?あなたが血に染まって帰ってくるたび、怖くて仕方ないの」
「…ごめん」
「あなたがいなくなりそうで怖いの」

咽び泣くみっともない私に彼はまた一つ「ごめん」と小さく謝る。ごめん。何度も謝る彼に悲しみと苛立ちが混ざり合い、気付けば私は涙を流して彼の頬を叩いていた。
パチン。乾いた音が鳴り響いたと同時に手のひらがジンジンと痺れる。その痛みにはっとし、すぐに彼の顔を見た。頬を叩かれたカカシは何も言わず、ただ黙って下を向いているだけ。あやまらなくちゃ。そう思うのだが、私の唇からは意に反して違う言葉が零れ落ちてしまう。

「カカシ。行かないで」

最後の望みを掛けて、私は叩いた手で彼の胸に手を置いた。

「…ごめん」

顔を上げた彼の表情はあの日と同じ、苦しみを隠した下手な笑顔で。それを作り上げたのが自分だと思うととても胸が痛くなった。

「もう行かなくちゃ」

そう言って、背中を向けたカカシの後ろ姿はとても小さく見えた。去り際に見えた彼の襟足はとても久しぶりに見た気がして、それだけ私は彼のことを見ていなかったのだと、今更ながらに後悔した。

もう、終わりなのかもしれない。

お互い背を向け合うようになったのなら、それは終わりの足音が近づいている証拠。
私は部屋に戻ると、いつの間にか増えていった生活用品、ハブラシ、スリッパ、洋服、化粧品。それら全てをバッグに入れて、部屋を出た。
施錠し終えた、もう二度と使うことのない合鍵をポストの中に入れると、鍵はチャリンと軽快な音を鳴らして底に落ちていった。

それが、終わりの合図だった。

この日を境に、私達は会うことはなかった。私の部屋の合鍵は後日、私が彼の合鍵を返したのと同じように、部屋のポストに入っていた。
それを見て、全て理解した。
あの時の彼と、私の気持ちは同じだったのだ。そう思うと余計に涙が溢れ出た。

幾度もの季節が通り過ぎても私は逆らうように別れた彼のことを想い続けた。遠くにいても離れていても浮かんでくるのは最後に見た彼の下手な笑顔で、時が過ぎても彼への想いが薄れることはなかった。

そして、別れてから5年後。

私は本当の「はたけカカシ」を知ることになる。なんと彼は、木ノ葉隠れの里の長、火影になったのだ。就任式で堂々と立派に振る舞う彼の姿を見て、ああ、私達は別れて正解だったのだと、そう思った。
忍を辞めさせたい私と、忍を誇りに持ち、真っ直ぐに生きる彼。全てが違っていたのだ。
これは、憶測に過ぎないが、もしかしたら彼はわざと忍の世界から私を遠ざけていたのかもしれない。火影になるくらい強い彼だ。彼を恨み、周りの人間の命を狙う者もいるだろう。私を危険に晒したくないから任務内容はもちろん、彼自身のことを教えてくれなかったのだ。
全て自分にとって都合の良い考えだけど、まだ彼を好きなままの私は、そう思うしかなかった。

そして就任式からしばらく経ったある日。彼との思い出の場所から遠ざけていた私は、久しぶりに図書館へ来ていた。
大好きだったイチョウの木は今はもうなく、図書館スタッフに聞けばつい先日、近隣に新しい建物を立てる際に伐採されてしまったらしい。
もっと早く来ていればよかった。
またしても後悔の念に駆られて、悲しみを振り払うために本棚に並んだ本を物色した。ふと目に止まったのは背が濃い青色の厚い本。見覚えのあるその本は彼がよく読んでいたものだった。思わず手に取って本を開くと何かがヒラリと落ちてゆくのが目に入った。
不思議に思い、拾い上げてみると私ははっと息を呑んだ。
それは、いつか彼に渡したイチョウの葉っぱだった。黄色だった葉は枯れて茶色く変色していたが、イチョウの木も彼も、ちゃんと存在していた証のような気がして嬉しさが込み上げた。
私は葉をそっと本の間に挟むと、いつもの窓際の席に座った。相変わらず吹き通しの良いこの場所はとても心地よくて落ち着いた。
びゅっと一段と強い風が吹き、読みかけのページがパラパラと捲れる。咄嗟に押さえつけて前を向くと見慣れた背中が視界に入った。

眩しいくらいの白銀の髪。最後に見た時よりもシャンと伸びた背筋。そして、少しだけ伸びた襟足。
ああこれって、まさか
逸る鼓動を抑えつつ、私は勇気を出して声を掛けた。

「カカシ」

私の声に気付き、振り向いた彼の顔は、あの頃と何も変わらない下手な笑顔。

それは、一度たりとも忘れたことのない、大好きな彼の笑顔だった。

彼は目尻にたっぷり皺を寄せて目を細めると、穏やかな声色で言葉を発した。

「ただいま。ナマエ」

彼と過ごした記憶が一瞬にして鮮明に蘇った私は、5年の間、ずっと言えなかった想いを大切に伝えた。

「おかえりなさい。カカシ」


歌詞参考 えりあし/aiko







×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -