ぼうっと湯気立つマグカップからは、むせ返るほどの甘ったるい香りがした。

「それじゃカカシくん。ゆっくりしていってね」

母はテーブルにコトン、とココアの入った2つのマグカップを置くと私の隣に座るカカシに笑い掛けた。
湯気が立ち上るマグカップからは甘いココアの匂いとファンヒーターの石油臭い匂いが交わり合い、あぁ冬の匂いだなとマグカップを見つめながら思った。

「ナマエ、ちゃんとカカシくんから勉強教わるのよ」
「分かってるよ」

母は最後まで口うるさく私に言うと「じゃあ、行ってくるね」とさっさと仕事に行ってしまった。隣にいるカカシは気怠げに溜息を吐きながら、通学鞄から数学の教科書とノートを取り出している。…そんなあからさまに嫌な態度取らなくてもいいのに。嫌味な視線を送るも彼は動じず、「ナマエも教科書開きなよ」と咎めた。

幼なじみのカカシは頭が良くて優秀だった。それに比べ、私の成績は可もなく不可もなく平々凡々の女子高生。そんな私を見兼ねた母はいつもカカシと私を比べては「カカシくんみたいになりなさい」と口を酸っぱくして言っていた。本当にそれはもう、耳にたこができるぐらい。
今日だってそうだ。母が私に勉強を教えてくれとカカシに頼んだから、渋々カカシは引き受けたのだ。本当はカカシと勉強なんてしたくないのに。
はぁ、私も彼に真似て溜息を吐き、通学鞄からカカシと同じ教科書とノートを取り出した。カカシはやる気のない私をちらりと一瞥すると、すぐにマグカップに目を向けた。

「これ、飲んじゃっていいよ」

匂いだけでも無理。そう言葉を付け足したカカシは眉を潜めて明らかに嫌な顔をしていた。そうだった。カカシは甘いのが苦手なんだっけ。いまさら思い出して、「そうだったね」とカカシに頷くと彼の前に置かれたマグカップを自分側に引き寄せた。

「…お母さんには言ってないの?」

ぽつり。小さく問い掛ける彼は変わらず眉を潜めたままだった。母はカカシが甘いのが苦手なことを知らない。そんなにココアを出されたことが嫌だったのかな。

「ごめんね。カカシが甘いの苦手なこと、お母さん知らないの。後で言っておくね」

そう口にすればカカシはマスクと前髪から覗く、眠たげな目をパチクリさせて「違うよ」と否定した。

「オレ達が付き合ってること」

はっきりと口にするカカシの言葉に一瞬で頬が熱くなるのが分かった。

「まだ言ってないの」

俯きながら答えると、彼は小さく「ふぅん」と不機嫌そのものといった声色で返事をした。
私とカカシが付き合い始めたのはつい最近のことだった。幼なじみから恋人同士になっただけ。ただそれだけのこと。
だけど、『男の子と付き合っている』そんなことを母が知ったら厳しい母の事だ、絶対に反対するに決まっている。ましてや優秀なカカシと平々凡々な私。不釣り合いな私達が付き合っているなんて母が知ったらカカシに悪いだのなんだのと言って、別れさせるだろう。

カカシはじっと私の横顔を見ている。何を考えているのだろう?彼は大きなマスクをしているので表情が読み取れない。とりあえず落ち着かせるように目の前のマグカップに口をつけた。じわりと口内に広がるのは香りと同じぐらい甘ったるい味で。余計に喉が渇きそうだった。

「ナマエ、ここ間違ってるよ」
「え、どこ?」

彼に指摘されて慌ててノートを見てみるとカカシはとん、と間違っている箇所をペン先で差した。屈んだことで必然的にカカシの肩が触れてしまう。こんなに至近距離にいる彼を見るのは初めてなことで、恥ずかしくなってしまった。
…さっきから心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい鼓動が早い。けど彼は涼しい顔でノートに目を落としている。カカシは私のこと何も思わないのかなぁ。

「だから、ここ」

彼がより一層、私に近付いてきたので今度はテーブル下の彼の太腿と私の太腿が触れ合った。ビクリ、思わず体が反応してしまう。カカシを見れば、いつの間に私を見ていたのだろう、カチリと目が合った。見透かすような真っ黒な彼の瞳はまるで私が思っている事が全て伝わってしまいそうで、見ないでと思わず逸らした。

カカシは本当に私を好きなんだろうか?こんな風にカカシに触れただけでも私はドキドキしてしまうのに。
カカシへの溢れ出る心の底の「好き」を私は正直にいくつ言えるだろう。そして、彼は同じように私を思ってくれているのだろうか。

「ねぇナマエ」

ふいに私の名が呼ばれ、振り向くとカカシとの距離はなくなっていた。いつのまにマスクを下げていたのだろうか、露わになった彼の唇が私の唇に触れるように重なった。
どちらともなくゆっくり顔を離すとカカシはしかめっ面をしながら「ナマエの口、甘い」と呟いた。
生まれて初めてのキスだったのに。余韻に浸る間を与えてくれなかった彼に少しだけ苛立ち、私は「さっきココアを飲んだからね」とからかうように笑みを向けた。
カカシは馬鹿にされたと思ったのか、ムッとした表情を浮かべるとすぐに、にやりと笑った。


「…でも、悪くないね」


言うと、カカシは噛み付くように唇を押し付けた。苦しくて思わずテーブルに置いた手がシャーペンに触れて転がり、落ちる音がした。カカシは私の後頭部を手で押さえ付けて離さない。さっきの触れるだけのキスとは比べ物にならない、苦しいキスだった。
カカシの熱い舌が口内に遠慮なく入り込み、私の舌を執拗に絡められた。交じり合ったその感覚が生々しくて熱くて。息が出来ず、苦しい私は右手で彼の胸を強く押した。
しかし、私の右手は後頭部を掴む反対側の彼の手により指さえも絡めとられ、抵抗する力を奪っていった。

ようやく離された唇はどちらの唾液かも分からないほどぐちゃぐちゃに濡れていて、思わず繋がれていない反対の手で拭った。

「どうだった?」

カカシは意地悪な笑みを浮かべて私にそう問うた。こんな時、言葉というものはとても邪魔だ。『どうもなにもひどいよ』そう言いたくても、息が上がり、頭がぼうっとする私は彼の笑みを見つめるだけで精一杯だった。

「お母さん何時に帰ってくるの?」
「…夜まで帰って来ない」

そう。一言だけカカシは口にすると、力の抜けた私の体を床に押し倒し、簡単に組み伏せた。カカシの顔が段々と近付いてくる。私はぎゅっと目を瞑り、再び押し寄せる感覚を待った。――もう、後戻りは出来ない。お母さんには絶対に内緒。一生秘密にしなくちゃ。

カカシは私を見下ろして、緩く微笑む。
「うまくやってゆこう」そう言って、プリーツスカートの中に手を忍び入れた。

ぼうっと湯気立つマグカップからは変わらずむせ返るほどの甘ったるい香りがして、重なり合う私達を一瞬にして包み込んだ。



歌詞参考 ココア/aiko







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