ぼくの大好きな人はとっても優しいんです。
「あれ先輩、何でここにいるんですか。俺今から帰るんでどっか行ってください」
放課後、いつものように掃除をサボタージュして校門の前に立つ。先にこの人が帰ってしまわないように。
その代わりといってはなんだけど、ぼくは毎朝始業一時間前には学校に到着して教室の雑巾がけをしている。教室の床はいつもピカピカだ。
そして一時間前に学校に着くのもこの人のスケジュールに合わせているだけだから不自由は全くない。
「また今日もついて来るんですか? いい加減勘弁してくださいよ。そして出来れば早く地球外へ出ていって下さい」
歩きだす愛しの人の隣に着いていく。
足一歩踏み出すにしても狂いない美しいフォーム。ああ…最高。
「ところで先輩、それはなんですか」
うっとりみとれているぼくに彼が冷たい視線で応戦した先には、ぼくの手にある小さな箱。
「あ、これはねえ、今日の昼休みを利用して作ったの」
箱は、説明が終わる前に手から持っていかれた。
ピンク色のリボンを解くその手つきさえ優雅だ。
開き終わったゴミはちゃんとぼくの手に戻ってくる。中身だけが彼の手の上。
包み紙を剥がれて顔を表した本日のメニュー。
「へえ、今日はティラミスですか。一昔前に流行りましたよね」
「最近また流行しているんだ」
「聞いてませんよ」
言った途端にティラミスは彼の口の中に入っていく。
手で掴んでいるのに、離れてもパウダーは全く付いていなく綺麗な指のまま。
豪快さと美しさが融合した食べ方は何度見ても惚れ惚れする。
咀嚼して、彼の喉がごくりと上下した。このときの動きは生命神秘の麗しさを感じさせるんだ。
「うん……25点ですね」
「!」
彼の言葉にパアッと開けるぼくの視界。
なんて好評価なんだろう! こんな日は珍しい。
今日のティラミスはこの前の全国料理選手権デザート部門で最優秀を頂いたものだから多少の自信があったとはいえ、ぼくにとって料理は全てこの人のお口に召すかどうかにかかっている。少しは報われたということかな?
少し目を離した隙にティラミスは綺麗さっぱりなくなっていた。
こんなぼくの料理を毎日残さず完食してくれる優しい人。ぼくは今物凄く幸せなんだ。
「早く100点を持ってきて下さいよ。せっかく俺のお腹を先輩のお菓子で満たしてあげているんですから」
「そうだね。もっともっと腕を磨いて頑張るね」
どんな賞状もトロフィーもこの人の前じゃ無意味。
せめて一人前の料理を出して、この人の「おいしい」をもらえるようにしなくちゃ!
でもね…。
「くそまずいもん食べさせないで下さいよ」
その言葉もまたぼくが望んでいる言葉。
彼は整体師になれるとぼくは本気で思っている。彼のツボの得方は並半端じゃない。いつでもぼくが欲している言葉をくれる。
「ほら、家につきましたよ」
彼の家の玄関が見えたところであらかじめポケットに忍び込ませておいた鍵を取り出し、素早く扉を開ける。開けた空間から僕の横をすり抜けた彼が家の中に入って行った。
「今日も上がっていくんですか。全く飽きませんね、馬鹿の一つ覚えみたいに。ああ馬鹿と比べるのも失礼でしたね」
中からする彼の声に引き寄せられるようにぼくも玄関で靴を脱ぐ。彼の脱いだばかりの靴があり、それにピッタリ密着するように並べた。
シックな色の家具で統一された彼の部屋はそこにいるだけで落ち着く。……いや、ぼくの場合は少し違うかもしれない。彼の家に足を踏み入れた瞬間から、この家の空気を吸った瞬間から、ぼくの胸は高鳴り興奮が止まない。
「紅茶でも飲みますか?」
ぼくが何をしたいか手に取るように分かっているのに、一見気を遣った言葉を投げ掛ける彼は素敵だ。素敵過ぎて鼻血が出ちゃいそうだけど…我慢。
「紅茶は…いいから」
「ん、そうですか?」
何も知らないようなフリをして灰色のソファーに腰を埋める彼。
右足を上に組まれた足。
足の裏が、こちらを向いている。
そのときぼくの身体は確かに疼いたんだ。
ああ、彼は本当にぼくのツボを分かっている。
早く……。
「……ねえ……」
「なんですか、そんな物欲しげな顔しちゃって。今の顔酷いですよ。ほら、何かしたいならちゃんと許可取ってくださいよ」
「……靴下、脱がしていい?」
「それだけですか?」
試すような細い目で、気付けばひざまずいていた僕を見下ろす。そのエロティックな視線が……堪らない。この人は本当にぼくを狂わせてばかりだ。
「それだけじゃ…ない」
「靴下脱がせて、それから?」
「…そ、れから…」
「おねだりも上手に出来ないんですか。…ねえ、やり方はたっぷりと教えてあげたでしょう?」
耳元に口を寄せて、囁くように息を吹き掛けられれる。
この人以上に妖艶な人は、この世に存在しない。
「な……なめさせて…ください」
「どのくらい?」
「い、いっぱい…。僕の唾液で、一杯になるまで。お願いします…」
懇願すると、彼の目がさらに細められた。
「……いいですよ。舐めなさい」
その言葉が終わる前にはもう小指に舌を這わしていた。
形のいい小さな小指の向こうに、綺麗に整えられた爪が顔を覗かせている。
「んっ……」
焦らすなんて考えられない。いつも徐々に徐々に…と思うのだけど、身体は抑え切れずに一気に口に含んで舌を動かした。親指に比べれば半分の大きさにも満たない小指の形を存分に味わう。爪の甘皮と皮膚の間を執拗に行ったり来たりしていると、口に入れてない彼の親指がピクリと動いた。
「…美味しいですか」
「はっ……ん、はい」
「頭狂ってますね、こん、なのが美味だ、なんて…」
僅かに息を詰まらせている彼の声、そして罵倒と指の感触とが交じって、元々高ぶっていた身体が更に熱くなる。ぼくは中指、人差し指へと口を動かして、それから足の裏へ移動した。
「中途半端な舐め方はよして下さいよ、ッ……ん、く、」
ここだ。ここで彼はいつも過敏に反応する。この30cmにも至らない足、自慢じゃないけれど、何度も何度も舐めていくうちに彼が一番好きなところ、弱いところ全て把握出来るようになった。
「はっん…」
「……ん…ぁ」
いい感じに窪んでいるつちふまずを蹂躙する。もっと速く速くと舌を動かすのも好きだけど、ゆっくりねっとり這わせるのも好き。だからぼくはその両方を繰り返す。そうすれば彼の甘い声が漏れてきて、そうすればぼくの熱も高ぶって。
「あ………ふ、」
いつも表情を崩さない彼が、こういうときだけ時たま眉間にシワを寄せる。その表情が一番ぼくを煽る。
「はふっ、…いい、です、か?」
「ええ、いいです、よ。こんなものですか?ふふ…もっと」
そう、もっともっと、ぼくを卑しんで。その頬を蒸気させながらも見下ろしてくる視線をぼくに下さい…もっと…。
それからずっと、ぼくは彼のこの世に二つとない最高級の足を舐め尽くした。これでもかってくらいに。でもまだ足りなくてもっと舐める。嬲る。こっちも嬲られる。彼との時間が、ぼくの人生で一番至福の時だ。
「ん、ぁ、…くっ、そろそろっ、出しますよッ…受け止めなさい」
「はっあっ、ふ…」
そして、賎しいぼくの顔へかけてくれる。
「みすぼらしい…こんなに汚れて…酷い顔がもっと酷くなっちゃったじゃないですか、先輩」
ぼくの大好きな人はとっても優しいんです。
END.
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