悪いのは
「ねぇ聞いてってば青峰っち!」
「言い訳なんか聞きたくねー」
「言い訳なんかじゃないっスよ!」
「うるせー。練習の邪魔だあっちいけ」
「なんなのだよあれは」
揉めている様子の青峰と黄瀬を横目に、緑間が問う。
「喧嘩ですよ。黄瀬君が女の子とキスしていたらしいです」
「余所でやってほしいのだよまったく。気が散る」
「それには同意ですが、少し心配ですね」
呆れ顔で二人から離れていく緑間。
黒子は治まりそうにない二人の喧嘩を見つめながら、緑間の後を追うようにその場を離れた。
事は三十分前。
部活のため体育館に向かっていた青峰は、どこからか聞こえてきた声に足を止めた。
「…この声、黄瀬か?」
声を辿って歩いていくと、女の声も聞こえてくる。
こんな人気のない場所に女といるということは、また告白でもされているのだろうか。
「…ん?声聞こえなくなったな」
先程まで声の聞こえていた場所に着き、周りを見渡す。
すると、木の下に黄瀬と声の主であろう女子を見つけた。
「…は…?」
だが、有り得ないことに、黄瀬と女子はキスをしていた。
しかもどう見ても黄瀬からしている。
女子を挟むように木に両手をつき、顔の位置まで屈んで、目を瞑りながら。
本当に驚いた時、人間は動くことも、声を発することも出来ないらしい。
地面に縫い付けられたように立ち尽くし、口は言葉を吐き出さずにただ開かれていた。
暫くして黄瀬は女子から離れ、ニコリと笑いかける。
女子は顔を赤らめながら黄瀬に何かを言い、走って校舎へと向かっていった。
その後ろ姿が見えなくなると黄瀬も足を進めたが、途中で立ち尽くしている青峰に気付き、目を見開く。
「あ、青峰っち!?なんでここに…っ」
「…お前…今何してた?」
「…っ、…その…」
「……もういい」
「っ!青峰っち!」
口籠もる黄瀬に痺れを切らし、青峰は黄瀬に背中を向けて体育館へと足を進める。
そんな青峰を黄瀬は急いで追いかけ、腕を引っ張り止めようとする。
「待ってよ青峰っち!話すから!」
「離せよ」
だがその手を叩かれ、黄瀬に見向きもせずに行ってしまう。
「青峰っち…!」
無視を続ける青峰に負けずに何度も話し掛けるが、部活が終わった今でも耳を傾けようとはしてくれない。
さすがの黄瀬もイラつき始めてくる。
「…なんだよそんな無視ばっかして。俺だって悪いと思ってるから謝ろうと話し掛けてるのに」
「………」
「…もういい。なら俺今日あの子と帰るから」
乱暴にバッグを持つと、黄瀬は青峰を置いて部室を出ていってしまう。
外方を向いていた青峰は、隣にいる黒子に顔を向ける。
「…テツ、帰ろうぜ」
「嫌です」
誘いを即答で断ると、黒子は顔色一つ変えずに青峰の脇腹をど突いた。
「いって!何すんだよ!」
「キミの拗ね方は分かり難いし、無視なんて嫌われますよ。というか面倒なので早く仲直りしてください」
「…ふん、やだね。あいつが悪いんだろ。当分口聞いてやるもんか」
「…はぁ」
わざとらしいため息をつくと、今度は頭をチョップされる。
「いってーな!なんだってんだよ!」
「そんな気持ちわ…いえ、怖い顔して何言ってんですか」
「お前今気持ち悪いって言おうとしただろ?」
「そんなことないです。とにかく、早く黄瀬君追いかけないと、その女の子に捕られちゃいますよ?」
「………」
「それと、黄瀬君と仲直りするまで僕も青峰君とは帰らないので。一人寂しくぼっちでしょぼくれながら帰ってください」
「分かったよ!黄瀬追いかければいいんだろ!」
「はい。あと黄瀬君の話もちゃんと聞いてあげてくださいね」
「…お前なんか今日黄瀬に優しくね?いつも冷たくあしらうくせに」
「黄瀬君が青峰君のこと大好きなのは、見て分かるじゃないですか。そんな黄瀬君が理由もなしに裏切る訳ないですよ」
「…そうか、デレ期か!…っぐは!」
青峰の台詞に、黒子はいつの間にか持っていたボールでイグナイトを食らわす。
それが見事青峰の腹にクリーンヒットした。
「…もう一発、どうですか?」
「す、すんませんした…」
******
黒子に促され、青峰は黄瀬を探しながら家路を走っていた。
「…ん、あれは…」
少し先に見慣れた金髪を見つけ、足を止める。
女子と帰ると言っていたはずだが、どうみても周りに人はいない。
「おい、黄瀬」
「…、青峰っち…?」
「は…?なんでお前泣いてんだよ…っ?」
振り向いた黄瀬の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
目の周りも薄らと赤み掛かっている。
「…青峰っちには関係ないっスよ。俺とはもう喋んないんでしょ?」
ごし、と手の甲で涙を拭うと、顔を背けてしまう。
これは相当怒ってるな、そう心の中でため息をつき、青峰は黄瀬の前に立つ。
「…悪かったよ。話聞かないで怒ったりして。…でもお前も悪いんだからな」
「………」
「…理由、今度はちゃんと聞くから」
優しく、強く言うと、外方に向けていた視線を俺に向ける。
そしてゆっくり口を開いた。
「…あの女の子ね、元気そうに見えただろうけど、あれでも寿命があと1ヶ月なんだって。身体のどこかが悪いみたいで。それで、死ぬ前にいい思い出がほしい、ってキスをお願いされたんス」
「………」
「まだ俺たちと同じ中学生なのに、すごく可哀想だって思ったからしてあげたんス。キスの一つくらいならいいよって」
「…可哀想って思うのは分かっけど、なんでキスすんだよ」
「え?だから、…」
「お前の恋人は俺だろうが!なんでキスすんだよ!」
「……青峰っち」
声を荒げる青峰を、黄瀬は静かな目で見つめる。
「…それって、ヤキモチっスか?」
「…だったらなんだよ。悪いか」
「ううん、全然。…嬉しいっス」
少し微笑み、黄瀬は青峰に抱きつく。
ぎゅぅっ、と青峰の胸に顔を付け、肩を小さく震わせていた。
「…俺、もう青峰っちに許してもらえないかと、思ったっス…」
抱きつかれている所為で顔は見えないが、多分泣いているのだろう。
黄瀬の涙が服に当たり、じわりと染みを作る。
「…ねぇ青峰っち。キス、してほしいっス」
そっと黄瀬の背中に腕を回して抱き締め返すと、唐突に言われる。
「…別にいいけど、ここでか?今?」
一応青峰たちがいる場所は通学路なのだ。
いつ誰が通ってもおかしくない。
「うん」
「…分かった」
青峰から離れた黄瀬の頬に手を添え、優しく顔を上げさせる。
薄らと朱を帯びた頬に潤んだ瞳。
それに柔らかそうな口唇は少し開けていて、青峰をその気にさせるには十分すぎるほどだった。
「…、ん…」
最初は触れるだけの軽いものだったが、確度を変え重ねるごとに深くなっていく。
「…は、…んン…」
「…そろそろ、」
「…や、もっと…」
帰ろう、そう言おうとしたが、青峰の首に腕を回し強請る黄瀬の姿はいつもに増して積極的で、クラクラする。
あと少しだけ、と自分に言い聞かせ、口唇を近付ける。
その時。
「…通学路で一体何してるんですか」
「…っ!?」
いきなり隣から聞こえてきた声に驚いて、バッと体を離す。
「て、テツ!?」
「仲直りしろとは言いましたが、キスしろなんて言ってませんよ。しかも道のど真ん中で」
「黒子っちいつからいたんスか?」
「ついさっきからです」
そこまで驚いていない様子の黄瀬の質問に、ため息と一緒に答える。
「ていうか、黒子っちが青峰っちを説得してくれたんスね!」
「えぇ、まぁ。色々とウザかったので」
「ありがとうっス!黒子っちのお陰で仲直り出来たっス!」
「それは良かったです」
先ほどまでの黄瀬はどこへやら、歩き始めた黒子の後をいつもの笑顔で犬のように追いかける。
「黒子っち一緒に帰ろうっス!」
「はぁ」
「おい、黄瀬!?」
「青峰っちも突っ立ってると置いてくっすよー」
「おいって!」
どんどん遠ざかっていく黄瀬たちに渋々ついて行く。
黒子を真ん中に挟んで歩いているため、青峰は気づかなかった。
黄瀬の顔が耳まで真っ赤なことに。
─END─