二人の黒子
「おはよーございまーす」
黄瀬は部活のため、体育館の扉を開けて中に入る。
「あ、あぁ、涼太か…。おはよう」
「…おぅ、黄瀬」
「…おはよー黄瀬ちん」
「…相変わらず遅いのだよ、黄瀬」
体育館にはすでに黒子以外のキセキが揃っていたのだが、なぜか皆焦っているようだった。
「…?どうしたんスか?皆なんか変っスよ?…あれ?」
よく見ると、赤司たちに囲まれるようにして、真ん中に誰かが立っていた。
身長は緑間よりも少し高く、髪は黒子の様にも見える。
だが、黒子はキセキの中で一番背が低い。
緑間とは20センチ以上も違うのだから、そんな訳はない。
「そこの人、誰っスか?」
「…僕ですよ、分かりませんか?」
「え?」
赤司たちに囲まれていたその人は、黄瀬の前に来てニコリと微笑んだ。
もちろん黄瀬はその男に見覚えはなく、ただ首を傾げるだけだった。
「…え、と…、どこかで会ったことありましたっけ…?」
「…この頃のキミはこんなに小さくて可愛かったんですね。まぁ、今でも十分可愛いですが」
「…え?え?」
言ってる意味が分からず赤司たちに視線を送るも、困ったように眉を寄せているだけだった。
すると、いきなり顎を持ち上げられ、男と目を合わせられる。
その瞳はまるで愛しい相手でも見るかのように優しく細められていて、魅入ってしまう程に綺麗な顔立ちだった。
…やっぱり、誰かに似てる気がする。
誰に似ているのか頭で考えていると、いきなり男の顔が近づいてきて、口唇を口唇で塞がれた。
「…んぅ!?」
急な出来事に驚いている隙に、男は黄瀬の背中に手を回し、もう片方の手で逃げないようにと頭を押さえた。
「…ん…、や…っ」
深く口付けられドンドンと男の胸を叩いて抵抗するが、口の中を男の舌が掻き回し、気持ち良さに力が抜けていく。
掻き回され、舌を強く吸われ、だらしなく唾液が黄瀬の顎を伝って落ちていく。
「…っ、ふ…ん、ン…」
とうとう足に力が入らなくなり、ずり落ちる体を男に抱きすくめられる。
「は…ん、ンぁ…ふ…」
「すみません、遅れま…し…」
扉から聞こえてきた聞き覚えのある声に赤司たちが目を向けると、黒子が入ってきていた。
しかし、目の前でキスをしている黄瀬と男を見ると、持っていたバックを落とし、目を見開いた。
「…な…!?」
黒子はすぐに黄瀬と男の近くに行き、二人を無理やり引き剥がす。
体に力の入らない黄瀬を抱き締め、男を思い切り睨み付ける。
その顔には薄らと血管が浮き出ていて、黒子が本気で怒っていることが伺えた。
「僕の恋人になにしてんですか…っ!」
「なにって…見た通りキス、ですよ」
少しも悪びれる様子のない男は、黒子に抱きしめられている黄瀬の手を取り、手の甲にキスを落とす。
「っ!黄瀬君に触らないでください!」
「なぜですか?」
「なぜって…っ」
「キミの恋人なら、僕の恋人でもあるんですよ?」
「は…?それより、赤司君たちもなんで止めてくれなかったんですかっ」
キッと赤司たちを睨むと、青峰がゆっくりと口を開く。
「いや、だってよ、そいつもテツみたいだから…」
「…どういう意味ですか?」
「だから、その男はお前なんだよ。十年後の」
「……はい?」
いきなり告げられたあり得ない言葉に、間の抜けた声が出る。
十年後の自分?
そんなこと信じられる訳がない。
「僕たちも最初は信じなかったが、テツヤでなければ知らない事をその男はすんなりと答えたからな」
「念のためバスケしてみたが、お前のミスディレクションもイグナイトもそいつは簡単にやってのけたのだよ」
「もう信じるしかないよねー」
「…そんなまさか」
「信じてもらえました?」
「…っ」
余裕綽々な男の笑みは、今の黒子には馬鹿にされているようにしか映らなかった。
青峰たちの会話を静かに聞いていた黄瀬は、黒子の腕の中から顔を上げる。
「…そ、その人、黒子っち、だったんスね。だから見たことあるって思ったんだ…」
「黄瀬君…!大丈夫ですか?」
「…うん、ちょっと腰抜けちゃっただけだから」
ニコリと黒子に微笑み、まだふらふらしながらもどうにか立ち上がる。
「…あ…っ」
が、足を滑らせ、前のめりに倒れそうになる。
「黄瀬君…!」
しかし、床にぶつかる直前に大人の黒子に抱き止められ、なんとか転ばずに済んだ。
「…っと、大丈夫ですか?」
「あ、えっと、はいっス。ありがとうございます…」
いつも静かで大人っぽいが、それよりもさらに落ち着きのある大人の黒子に間近で顔を覗きこまれ、顔が熱くなる。
先程のキスを思い出してしまったからだ。
それに、黒子と同一人物だと分かったからだろう。
黒子だが黒子ではない人に抱き締められたまま、どうしていいか分からずに俯いていると、後ろ手を引かれ、大人の黒子から離された。
「…いつまで黄瀬君を抱き締めてるんですか。離してください」
「く、黒子っち…」
手を引いたのは黒子で、その顔は怒りに満ちていた。
「…どうやら、ここの僕には嫌われてしまったようですね」
「そうですね。僕だって分かってますけど、貴方は嫌いです。早く自分の時代に帰ってください」
「帰りたいのは山々なんですが、どうやってここに来たのか分からないので帰り方も分からないんです」
「…どうやってここに来たのか分からない?」
「家にいたはずなのですが、気付いたらここにいたんですよ」
「………」
苦笑しながら言う大人の黒子。
そんな彼に、黄瀬は少し近づいて話しかける。
「…それにしても、黒子…さん?身長すごい伸びたっスね。俺よりもずっと大きいっス」
「そうですね、十年後のキミより大きくなりましたからね」
「え!?そっちの俺よりデカくなっちゃったんスか!?…ちょっとショックっス」
衝撃的事実に驚いて項垂れていると、なだめるように付け加えられる。
「でも黄瀬君もちゃんと背伸びましたよ」
「…そうなんスか?あ、そっちの俺、どんな感じの人になったっスか?」
「今のキミとあまり変わりませんよ。ですが、大人の色香、というのでしょうか?その量が半端なく多くて駄だ盛れ状態で、男女問わず襲われそうになってます」
「…ま、マジっスか」
「なのでいつも僕が注意して守っていないと心配でしょうがないです」
大人の黄瀬の事を考えながら話しているのか、口元が優しく緩み、声音もくすぐったいくらいに甘い。
本当に黄瀬を愛して、大切にしてくれてることが分かる。
「…大人の俺、黒子…さんが居なくなったって気付いたら騒ぎそうっスよね」
自分のことだから、大体見当はつく。
急に居なくなったら、慌てて捜し回って、挙げ句の果てには泣き出すかもしれない。
そう思うと自分で自分が可笑しくて、少し笑ってしまう。
「そうですね。でも幸い今大人のキミはモデルの仕事で海外に行ってるので、一日、二日は大丈夫だと思います」
「海外、スか?」
「はい。もう二週間も黄瀬君に会っていなかったので、さっき久しぶりに顔が見れて嬉しくて、キミにキスしてしまったんですよ。すみませんでした」
「そ、そうだったんスか、全然大丈夫っスから!あの、き、気にしないでくださいっス」
せっかく忘れようとしていたのだが、大人の黒子の言葉にまた思い出してしまい、顔が熱くなる。
黒子ともまだ軽く触れるだけのキスしかしてないのに、いきなりのあんな激しいディープキスは刺激が強すぎる。
「…それと、いつも通りに『黒子っち』と呼んで大丈夫ですよ。むしろそのほうがいいです」
「え、でも、そうしたら黒子っちと同じ呼び方になってわけわかんなくなっちゃうし…」
「…でしたら、『テツヤ』って呼んでください」
「えぇっ!?」
名前呼びなんて、照れるどころじゃない。
恥ずかしくて緊張しすぎて、呼べるわけがなかった。
「黄瀬君、そんな人の名前なんか、呼ばなくていいです」
熱くて湯気が出そうな顔を手で覆って考えてると、後ろで黄瀬たちの会話を黙って聞いていた黒子が冷たい声で言う。
「そんな人って、僕は未来のキミですが」
「五月蝿いです喋らないでください」
「く、黒子っち…?」
大人の黒子を見る黒子の目付きは厳しく、まるで別人のようだ。
いつもの物静かで温厚な黒子とはまるで違う。
そんなに未来の自分のことが嫌いなのだろうか。
「そんなに怒んなくても…、ほ、ほら、あのキスは事故ってことで水に流して…」
「流せるわけないじゃないですか。あの人が自分だからこそ、どれだけ黄瀬君のことが好きなのか分かっているから、気がきじゃないんです」
「………」
そう言われてしまえば、返す言葉がない。
すごく、すごく嬉しいけど、なんだかちょっと複雑だ。
「水を差すようで悪いが、少しいいか?」
今まで観察するように黙っていた赤司が、ふいに話し掛ける。
全員の視線が赤司に向いたところで、黄瀬たちに問いかけた。
「大人のテツヤが学校終わるまでに元の時代に帰れなかった場合はどうするんだ?テツヤの家に連れて行くのか?」
「絶対に嫌です。丁重にお断りさせていただきます」
「あ、なら俺の家に泊まっていいっスよ!俺の部屋結構広いし、一晩ぐらい全然大丈夫っス」
「いいんですか?なら、お言葉に甘えさせてもらいます」
「何言ってるんですか黄瀬君!そんなの僕が許しません!何されるか分からないじゃないですか!」
「…でも、さすがに野宿は可哀想っスよ。黒子…さんも何もしないっスよね?」
「はい、約束しますよ」
ニコリと笑いながら言う大人の黒子を睨み付ける。
体格も身長も黄瀬より大きいのだから、何かされたら黄瀬は抵抗出来ないだろう。
今回ばかりは黄瀬の黒子に対する優しさや信頼を恨んだ。
「…なら、その時は僕も黄瀬君の家に泊まります。二人きりにはさせません」
「え、そんなに心配しなくても大丈夫っスよ?」
「ダメです。心配なので僕も泊まります」
無理やり了承させ、再び大人の黒子を睨む。
それに気付くとまた笑顔を返される。
「そんなことより赤司、そろそろ部活を始めるのだよ。時間がなくなる」
「ん、それもそうだね。始めようか」
それから部活が始まっても、黒子の睨むような目付きは変わらなかった。
鈍感な黄瀬を守るとそっと心の内で決め、練習を始めた。
─END─
めちゃくちゃ中途半端なところで終わってすみません。
力 尽 き た