別れの言葉




「青峰っち、俺と別れて」

「…は?」

黄瀬に頼まれ、1on1の相手をしている最中に突然そう告げられた。
思わず自分の耳を疑う。

「いきなり何の冗談だよ…?」

「冗談なんかじゃないっすよ。俺本気っすから」

いつもの屈託のない笑顔からは想像も出来ない程に、黄瀬は無表情だった。
その目には何の色も伺えない。

「……っ」

…黄瀬のこんな顔、初めて見た。

「理由を言えよっ、何かあるんだろ!」

「…理由も何も………き…いっすか」

呟くように小さく言った言葉は所々聞こえなくて、内容が分からなかった。

「何だって?」

「…俺、もう嫌なんすよ。疲れたんす…」

光のない黄瀬の目に、涙が滲む。

「…あ、黒子っち」

「テツ…?」

「すみません、邪魔してしまいましたか?」

黄瀬の目線を追うと、ドアの横に身を隠す様にこちらを窺っていた。

「黄瀬君に一緒に帰ろうと誘われていたので探しにきたのですが…。話長引きそうでしたら先に帰ってます」

「いや、大丈夫っすよ黒子っち。もう話終わったから」

「は?おいっ」

黄瀬はバスケで乱れた制服を着直して鞄を持つと、テツの隣に走っていった。

「…いいんですか?」

「うん。早く帰ろう!」

「…えっと、じゃあ失礼します。青峰君」

遠慮がちにテツが言い、踵を返す。

「ばいばい青峰っち」

横顔が見える程度に振り向き、泣きそうな笑顔でそう言ってテツの後を追った。

「…なん…でだよ…」

力を失った手に持っていたバスケットボールが、音をたてて床に落ちていく。
俺だけしかいなくなった体育館に、虚しくその音が響いていた。



次の日。
納得出来ないでいた俺は理由を聞くために黄瀬を探したが、ことごとくかわされ、逃げられてしまう。
やっと見つけても、俺を見た途端全速力で走っていって話をする余裕を微塵も与えてくれなかった。

「…いい度胸じゃねぇか」

こうなったら絶対に捕まえて聞き出してやる。
放課後は必ず部活をしに体育館に来るはずだ。
途中で待ち伏せすれば、簡単に捕まえられる。

案の定、早めに行って待ち伏せていると黄瀬がやって来た。

「…よぉ」

「…あ…おみねっち…。…みんなは?」

「まだ来てねぇよ。それよりこっち来い」

少しずつ後退っていく黄瀬の手を掴み、強引に引っ張る。

「ちょっ!痛いっす青峰っち!手離して…!」

「やだね」

そのまま倉庫に連れ込み、壁に押しつけた。
逃げられないよう黄瀬を挟むようにして壁に手をつく。

「何すか…。退いてよ」

「ちゃんと理由を言え」

「………」

「俺が納得するような理由を言え。くだらない理由だったらまじで怒るぞ」

今までにないほど怒りをこめて言うと、黄瀬の肩がビクリと震えた。

「……………か」

「何?」

「だって青峰っち俺のこと好きじゃないんでしょ?」

「…誰がそんなこと言ったんだよ」

「俺が告白した時、OKはしてくれたけど好きだとは言ってくれなかったし、それから今までだって一度も言ってくれなかった!」

「…そんなの」

言葉にしなくても分かるだろ、と言おうとしたが、黄瀬の荒ぶった声に封じられた。

「俺だけが好きみたいで…押しつけてるみたいでもう嫌なんすよ!待ってるのは疲れたんす!」

我慢できないと訴えるように涙を流し、顔を背ける。
そんな黄瀬を強く抱きしめて、耳元で囁いた。

「好きだ」

「…っ」

「お前が好きなんだ。別れるなんて、俺から離れるなんて絶対に許さねぇっ!」

「……嘘だ…」

「嘘じゃねぇ。こんな嘘ついてどーすんだよ」

俺の服にじわりと黄瀬の涙が染みをつくる。
泣き声は聞こえないが泣いているのが分かる。

「…好き…。本当は別れたくないっす…」

「別れなくていいんだよ」

「…青峰っちー…」

ぐずっと鼻を啜る音と一緒に、黄瀬の両手が俺の背中を強く掴む。

「大好きっす…。青峰っち…」

「俺も好きだ…」

それからしばらく、お互いを確かめるように抱き合った。



‐END‐


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