もういつの事だったかなんて忘れてしまったけど。

『大丈夫だ、って、痛くないでしょ?ね、涼太君』

『…や、だ、ぁ…っ、たすけ…っ!』

あの出来事を境に、俺の世界観はガラリと180度変わってしまった。
酷く歪んだ、汚い世界へと。
サラサラと砂が手から溢れ落ちていくように、全ての色が俺の世界からなくなっていった。
綺麗な青空の青も、豊かな森の緑も、幻想的な夕焼けの赤も。
大好きだった黄色も、全部。




「ぁ、…あぁっ、…ふ、ん…っ」

下から突かれ、口にも半ば強引に出し入れされ、気持ちよさに意識が飛びそうになるのを何とか堪える。
二人を同時に相手するのは初めてで、休む暇もないほどに激しくておかしくなりそうだった。

「はぁっ、…もっと、もっ…ん、あああっ!」

既に掠れてきているはずなのに、まだこんなに高い声が出るんだ。
まるで他人事のようにそう考える。
意識と身体が別にあるように。
意識の方ではもう止めたいのに、身体はまだ、もっとと求めている。

おかしくなってきたのかな、俺。
…いや、あの時から、元からおかしかったっけ。

皮肉。侮辱。卑下。
そんな笑みを浮かべ、自分から腰を動かして意識を戻した。



******



「じゃあこれ、今日の分ね」

「また誘ってくださいっス」

男から5枚の万札を受け取り、媚びるような営業スマイルを向ける。
それに男たちはデレデレとニヤけ、手を振りながら去っていく。
あの二人はもう完全に落ちたも同然だ。

「……つまんねー」

ぐしゃっと札を握り、乱暴にポケットに突っ込む。
随分前からやっている、世間で言うところの援交。
別にお金に困ってる訳でも、お金がほしい訳でもない。
止めたくても止められない。
これはもう、一種の病気なのではないのだろうか。
何故だか分からないが、性行為をしている時だけ、世界の色が元に戻る。
鮮やかに色付く。
終わるのと同時に、またモノクロに戻ってしまう。

だからなのか、終わった時の喪失感がものすごく大きい。
そしてまた色を求めて同じことを繰り返してしまう。

「こんな事しても意味ないって、分かってるんだけどな…」



******



学校内にも相手は腐る程いる。
だからしたくなってもすぐに携帯で呼び出せるから、全然困らない。
というか、俺が誘う前に毎日向こうから誘ってくるから、そんな必要はないんだけど。

昼休み、約束していた相手と屋上で待ち合わせして、いつも通りに事を行う。
今日は久しぶりだった先輩とで、溜まっていたのか顔を合わせた瞬間に押し倒された。
少し頭を打ったけど、それには構わず手を絡めて誘うような笑みを向ける。
キスして、触りあって、その後はもちろん。

「…っや、ん…、…っふ、ぁ…っ」

座ってる先輩の上に跨り、首に抱きつく。
自分が上な為に奥まで入って、いいところばかりに当たってたまらなく気持ちいい。
ゆさゆさと激しく揺さぶられ頭が真っ白になる。

その時、不意に屋上の扉の開く音が聞こえてきた。
それにすぐ気づいた俺は、先輩に少し止まってもらおうと視線を送ったのだが、夢中ならしい先輩は視線には全く気づいてくれない。
だから抑えようとしても甘い声は口から漏れてしまう。
俺の声が聞こえてしまったのか、足音が近づいてくる。
それにすら気づかない先輩は、荒い息を近づけてくる。

まあ別に見られてもいいか、と開き直った時だった。
見覚えのある仏頂面がゆっくりと壁の後ろから現れたのだ。
視線が合うと、一瞬目を見開いたあと、顔を顰めて口を開いた。

「…お前…、ここで何をやっているのだよ…っ」

「…緑間っち…」

予想外の人物が出てきて焦る。
黒子や青峰など、同じスタメンである彼らにはこの事は隠していた。
純粋で、羨ましいほどに真っ白でキラキラ輝いてて、そんな彼らにはこんな汚れたことを言いたくなかった。
知られたくなかった。

唯一心を許していた彼らには。

「……あーぁ、緑間っちに見られちゃった…」

「聞いてるのか黄瀬っ」

「…こういうことに疎い緑間っちでも、さすがに直で見れば何してるのかぐらい分かるでしょ?」

目を細めて、ため息混じりに言う。

空気読んでよ?

少し刺を含ませて、微笑みながら告げる。
そして出て行けと言う意味で先輩にキスしてやれば、居た堪れなくなったのか小さく舌打ちをして早足で出て行った。

…これでいいんだ。
これ以上、緑間っちに汚いものを見せたくないし…。

だけど、これで他の皆にもバレちゃうかな。
そう思ったけど、それならそれで、別にいいかなって思う。
俺が勝手に皆のこと好きなだけで、向こうは違うだろうし。
何も変わらない。
ただまた一人になる。
それだけのこと。


…そうだ、それだけのことだし。



******



確認の為に放課後の部活に顔を出したのだが、皆特に代わりはなく、いつも通りだった。
腕を組み、難しい顔をしながら部員に指示を出している赤司。
黒子と何かを話しながらダンクを決めている青峰。
それを見て青峰の近くに行く黒子。
ボールを持ったままダルそうに欠伸をしている紫原。
一人ゴールと向き合い、ひたすらシュート練習をしている緑間。

何も変わらない。
いつも通りのガヤガヤとした雰囲気のまま。

緑間っちは皆に言わなかったのだろうか。
聞きに行きたかったけど、あんなの見られた後だし何となく話しかけづらくてやめておいた。
笑顔を作って、黒子と青峰のもとへ行く。
遅れたっス!と言えば、どうせまた女とでもいたんだろ?と青峰にボールをパスされる。
やっぱり、変わらない。


そんな俺の様子を緑間っちが見ていたことには、もちろん気づきはしなかった。



******



「…おい、黄瀬」

部活が終わり、制服に着替えてる時。
いつの間にか後ろにいた緑間が眉を寄せながら話しかけてきた。

「…なーに?俺になにか用っスか?」

気づけば、もう部室には俺たち以外誰もいなかった。
いつの間に帰っていったのだろうか。

「…お前、いつもあんなことしてるのか?」

「あんなことって?」

「とぼけるな」

じっと俺の目を見て、少しも逸らそうとしない緑間。
その迫力に一瞬ギクリとした。

これは、ちゃんと答えないと帰してくれなさそうだ。
なんでそんなに真剣な顔で聞いてくるのかは疑問だが、緑間から一歩距離を取り、笑みを向けて答える。

「してたらどうだっていうんスか?」

「…あれと付き合ってるのか」

あれ、とは多分先輩のことだろう。
セックスしたら付き合ってるって考えるなんて、さすが緑間っち。
こういう話第も苦手だろうに、なんでわざわざ話してくるんだろうか。

「付き合ってる訳ないじゃないスか。俺、恋人は作らない主義なんスよ。あの人はセフレみたいなもん?」

「セ…!?」

「それに、あの人だけじゃないし。もっと相手いっぱいいるから」

思った通りの反応で絶句している。

「…もう帰っていい?」

そう言って鞄を取ろうとしたら、強い力で肩を掴まれた。
振り向いた先には見るからに怒っている顔の緑間がいて、ダンッと後ろのロッカーに背中をぶつけられた。

「…った、ちょ、いきなりなんなんスか…っ」

「そんなことはやめるのだよ…!」

緑間らしくない大声で、辛そうに顔を歪めて言う。
何で緑間がそんな顔をするのか、意味が分からない。
背中をぶつけて痛いのは俺なのに。

「…なんでそんなこと緑間っちに言われなきゃいけないの?そんな筋合いないんスけど」

「いいから、とにかくもうやめろ…!そんなことして何になるのだよ!」

「…五月蝿いな。緑間っちに関係ないじゃん」

「…そんな、辛そうな顔して、やる意味なんかあるのか」

辛そうな顔してるのは緑間っちじゃん。
俺がいつそんな顔したんスか。

「…何言って…」

「いつもヘラヘラ笑って、心の内で一人で泣いて、意味なんかあるのか」

思わず、言葉が喉に詰まった。

「……泣いてなんか…ないっスよ」

「嘘つけ。すぐに分かるのだよ」

確信を突かれて何を言えばいいのか分からなくて、緑間から視線を逸らしてしまう。
けれどそんな俺の顔を掴んで、また視線を混じらわせる。
ゆっくり開いた口が、ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと言葉を発した。

「…俺は…、好きな奴のそんな顔は、見たくないのだよ」

「…っ、…え……」

周りの時間が止まったような気がした。
それどころか、自分の心臓まで止まった気がした。
驚きすぎてなにも言えない俺の耳には、二人分の息遣いと、五月蝿いほどドクドクと鳴っている緑間の心臓の音だけが聞こえてくる。
静まり返った部室中に聞こえる程の。

目の前にある緑間の顔が少しずつ赤く染まっていくのと同時に、俺の中の何かが動き始めた。
ずっと長年止まっていた何かが。



世界の色と共に俺の中に戻り始めた――。




─END─

続くかもしれません。

戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -