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コンコン。

「黒子です。黄瀬君、入りますね」

返事は返ってこないと分かっているので、聞くだけで返事を待たずに扉を開ける。
静かに扉を閉め、真っ白なベッドの上で寝ている黄瀬君の隣に立つ。
すぅ、すぅ、と規則正しい寝息を立てている姿にホッと息をつき、持ってきた花を花瓶に生け、果物を机の上に置く。
一通り終わって、椅子に腰掛けて黄瀬君の寝顔に目を向けた。

黄瀬君の病室は個室のため、聞こえてくるのは健やかな寝息と、点滴の音、そしてよく分からないテレビでしか見たことのない機械が発するピッピッピッ、という一定の機械音だけだった。

掛け布団の上に出ていた黄瀬君の右手を、自分の手でそっと包む。

「…すみません黄瀬君…、謝って済むことではないですが…本当に、すみません」

少し震えている自分の声に、動揺を隠しきれていないことに気づく。
フルフルと首を振り、気を落ち着かせる。

黄瀬君が大変な時に、こんなマイナスな気持ちじゃダメだ。

握っている手に力を入れ、黄瀬君を見つめる。



黄瀬君がこんなことになってしまったのは、先週に行った他校との練習試合が原因だ。
練習試合とは言っても、調整を行うために引き受けたものだったために、相手チームはそこそこ強いチームだった。
でも力と比例するようにガラも悪く、試合中のラフプレーが目立つ。
そんなプレーの中でも、やはり帝光の力は強く、点差は開いていくばかりだった。
ゴールの近くにいた僕に赤司君からパスが来て、そのパスを同じくゴールの近くにいた黄瀬君へとパスする。
ボールを受け取ると大きくジャンプをし、ダンクを決めようと高く飛び上がる。
しかし、相手チームの選手がわざと思い切り黄瀬君に体当たりして、空中にいた黄瀬君は横に跳ね飛ばされた。
飛ばされた先にはちょうど僕がいて、目を一瞬見開いた黄瀬君は身体を捻ってどうにか僕を避けた。
でもその所為でバランスを崩し、頭から床に叩きつけられるように落ちてしまう。
急いで黄瀬君の元に駆けつけたが、何度揺すっても声を掛けても、目を覚ますことはなかった。
少しして来た救急車に黄瀬君と一緒に乗り、病院で診察を受ける。
幸いなことに軽い脳震盪だと言われ、すごく安心した。

次の日、黄瀬君の病室に心配していた他の皆も連れて向かった。
黄瀬君は目を覚ましていて、笑顔で僕たちを迎えてくれた。
その日あった事などを話して笑い合っていた最中、いきなり黄瀬君が頭痛を訴え、頭を抱えて蹲る。
どうしたのか分からなくて背中をさすってあげたが、嘔吐までしだした彼を見て赤司君がナースコールをした。
駆けつけた医師とナースに部屋から出ていくように言われ、渋々部屋から出る。
心配で医師たちが出てくるまで待っていたのだが、とうとうその日は黄瀬君にもう会えなくて、重い足取りで各自家に帰った。

また次の日病院に行って、医師から告げられた言葉に耳を疑った。

「最初の受診時には異常はありませんでしたが、脳出血を起こしていました」

それ以外にも何か言っていたと思う。
でも頭に入ってこなかった。
今日手術をするそうで、また黄瀬君に会えないまま家に帰った。

休日だった次の日は、皆と待ち合わせして朝から病院に行った。
病院のホールには黄瀬君の両親とお姉さんたちが座っていた。
挨拶をしようと声をかけると、目の周りが真っ赤で、見るからに泣きはらした様子だった。
黄瀬君の友達です、と一言言うと、無理に笑顔を作って返事をしてくれた。

「こんにちは、わざわざ涼太のために来てくれてありがとう」
「あの…、どうかなさったんですか?」
「……涼太ね、助からないんですって。出血の傷と量が大きくて、長くても…、あと一週間の命だって……、っうぅ…」

我慢できなくなってしまったのか、ハンカチで口を抑えて泣き出してしまう。
目を見開く僕らに、お母さんの肩を抱いていたお父さんが言う。

「せっかく来てくれたんだから、良かったら涼太に会っていってくれないか。もう目を覚ましてるはずだから」

その言葉に押されるように、僕たちは黄瀬君の病室に行って扉を開けた。

「黄瀬君、黒子です。入りますね」
「…黒子っち、皆」

黄瀬君の声はいつものような明るさはなくて、眉も下がっていた。
頭にも痛々しく包帯が巻かれている。

「来てくれてありがとうっス」
「…あの、ホールで黄瀬君のご家族に会いました」
「…そっか、じゃあもう聞いたんスね」
「…はい」

それから暫く沈黙が続き、全員顔を曇らせながら俯く。
その沈黙を破ったのは、明るさが戻っている黄瀬君の声だった。

「皆そんな顔しないでほしいっス!俺全然大丈夫っスから!ほら、今だって大人しく寝てれば気分だって普通だし、それにまだ一週間もあるんスよ!」
「もう一週間しかない、だろ…」
「…青峰っち」
「こんな時に笑ってなんかいられる訳がないのだよ」
「笑顔なんて作れないよ黄瀬ちん」

そう口々に言う皆に、笑顔を作っていた黄瀬君の顔が辛そうに歪む。

「…お願いだから笑ってよ…。あと一週間しかないから、…だから皆に最後まで笑顔でいてほしいんスよ。皆のそんな顔、俺見たくないっス…」
「…黄瀬君」
「俺だって死ぬの嫌だし、怖いっス…。でも泣いてる時間があるんだったら少しでも長く皆といつも通りバカみたいな話をしていたいんス。少しでも多く皆と笑い合っていたいんスよ…。お願いだから…」

切実な黄瀬君の言葉に、僕たちは顔を見合せ、そして頷き合う。

「…そうですね。残り少ない時間は…、有効に使わないとですよね」
「あぁ。こんな調子では、後々後悔してしまうしな」
「…分かったよ。でも何話すんだ?特に面白い話なんかねーぞ?」
「…面白いかは分からないが、僕一つ話あるけど。聞くか?」
「赤司っちの話?めっちゃ興味あるんスけど…」

いつも聞く側の赤司君の切り出しに、皆思わずゴクリと喉を鳴らして続きを待つ。
何を言う気なのだろうか…。

「この前、真太郎の髪が伸びているのが気になって、僕が切ってあげただろう?」
「ん、そうだな。それがどうしたのだよ」
「あの時ね、少しよそ見したら間違って後ろの髪をちょっと根元から切ってしまったんだよ」
「はぁ!?何の冗談なのだよ赤司!?」
「冗談なんかじゃないぞ。ほら鏡。隠れるところにあるから分からないだろうが、ここに、ほら」
「う、うあああああああっ!?何てことをしたのだよお前は!!何故今まで黙っていたのだよ!!」
「だって上の髪被せればハゲてるなんて分からないし、いいかなって」
「いいかな、じゃない!!」
「ぶっ!!はははは!!ハゲてやんのー!!」
「ちょっwwwww見事な十円ハゲっスね緑間っちwwwww」
「笑うなお前ら!!」

緑間君が真っ赤な顔で怒鳴った途端、病室の扉が開きナースさんが顔を出す。
その顔は笑顔だが血管が浮き出ていて、「ここは病院ですよ?他の病室の患者さんの迷惑になるので騒ぐのは止めてください」と淡々とした口調で言い、パタンっと出ていく。
一瞬静かになったものの、暫くするとまたどこからか笑い声が聞こえてくる。

「ナースさんに怒られたっスwwwwwww」
「ぶふっ…くくくっ、ま、…待った、ちょっとタンマ…っ、腹いてえwwwww」
「…お、お前ら…」
「大丈夫です緑間君。ハゲがあっても緑間君は緑間君です」
「そうだよー、いつも通りの美人なミドちんだよー」
「そうだぞ真太郎。そんな十円ハゲ如きでお前は崩されない。お前はお前だ」
「元はと言えばお前の所為なのだよ赤司!!」
「ひーーーーっwwwwwwwwww」
「ファーーーーっwwwwwwwwww」
「黄瀬!青峰!!黙れ!!!」

そんな感じに終始笑い声が絶えなく、その日は面会時間ギリギリまで話し込んだ。

帰っている最中、忘れ物したことに気づいた僕は皆に先に帰ってもらい、一人黄瀬君の病室へと戻った。
扉に手を掛けたところで、中から小さな泣き声が聞こえているのに気づき動きを止めた。

「…ふ…っ、長くてもあと一週間て…短すぎるだろ…、ぅう…」

聞いたことないくらい弱々しいその声は確かに黄瀬君のもので、ただただ驚いた。

僕はバカだ。
黄瀬君は辛いことは絶対僕らの前では表に出さないし、言わない。
何でも自分の中に抱え込んでしまう。
心配させまいと一人で我慢してしまう。
そんなこと分かっていたはずなのに、今日の笑顔の黄瀬君を見ていてすっかり忘れていた。
黄瀬君は強い人だ、なんてそんなこと思ってしまった。
そんなことないのに。
確かに人一倍強い人間かもしれないが、皆と同じで弱い部分もある。
弱いところを強さで纏って分かりにくくしているだけで、僕らと同じなのだ。

「……恋人なのに、…一番分かってあげなければいけないのに」

深く息を吸い、朝よりも重く感じる扉を開ける。

「…黄瀬君」
「…っ、黒子っち…っ。ど、どうしたんスか?何か忘れ物でもした?」

慌てて袖で涙を拭うと、パッと笑顔を作って僕を見る。

「黄瀬君、僕の前では我慢しないでください。言いたいことはちゃんと言って、思ってることを僕に吐き出してください。…一人で溜め込まないでください」
「………」
「僕はキミの恋人なんです。辛いことや悲しいことは二人で共有して、少しでも分かり合いたいんです。こんな時だからこそ…」
「…ぅー、く…こっちぃ……」

隣に立つと、黄瀬君が僕の胸に顔を押し付けるようにして抱きついてくる。
その腕や肩は小さく震えていて、いつもの強さは欠片も見当たらない。
そんな彼の背中にゆっくり腕を回し、ポンポンと優しく背中を叩く。

「…お、俺…っ、死にたくないっス…っ、皆と、黒子っちともっといっぱいバスケしたかったし…、遊びたかった、ス…。そんで大人になっても、年取っておじいちゃんになっても…、黒子っちの隣で笑っていたかったっス…っ」
「…はい」
「嫌っス…っ、皆と離れたくないっス…っ。嫌だよ、黒子っち…。離れたくない…、一人は嫌だ…。まだ黒子っちとやりたいこと、全然してないのに…っ」
「…僕も黄瀬君と離れたく、ないです…」

黄瀬君の痛切さが伝わってくる本音は僕の胸も締め付けて、涙が出そうになった。
でも唇を噛み締めて我慢し、黄瀬君の背中に回している自分の手に力を入れる。

次の日からは皆で入れ替わりで足を運んだ。
さすがにレギュラーで、しかもスタメンの全員が毎日部活を休むことは出来ない。
一日目は僕、二日目は赤司君、三日目は緑間君、四日目は紫原君、五日目は青峰君。
そして今日の六日目はまた僕。
明日は最後の日なので、皆で来ることを決めていた。

一日目、黄瀬君に特に変わったところはなく、ただ時折頭が痛いと言っていた。
二日目からはお見舞いに行った人に詳しく話を聞いた。
黄瀬君の容態は二日目から酷くなっていくばかりで、聞いているだけなんて出来なかった。
何度も練習を抜けて黄瀬君の元に行こうとしたけれど、その度に監督や赤司君たちに止められた。
大丈夫だから、と。

話を聞く限りでは、頭痛と嘔吐を繰り返しているらしかった。
その他にも、痙攣や意識障害、小脳性運動失調を起こしているようだった。
もう、寝たきりで動けないらしい。


黄瀬君の手を離し、金色の今だ輝きを失っていないサラサラな髪に指を滑らせる。
明日で黄瀬君がいなくなるなんて、考えただけでも泣いてしまいそうだった。
せめてまだちゃんとここに居る内は泣いてはいけない。
最後まで笑顔でいて、見送ってあげなくてはいけない。

分かってるけど、でも…。

「……ん、…黒子っち…?」
「あ、おはようございます、黄瀬君。起こしてしまいましたか?」

薄らと目を開けこちらを見ている黄瀬君は、まだ眠いようで呂律がよく回っていなかった。
目の焦点も合ってない。

「…ううん、大丈夫っスよ…。でも、何か、すごく…眠いんス…。いっぱい、寝たはずなのに…」
「…それは、意識障害の所為ですよ」
「…違くて、…意識障害とかのじゃ、ないんス…。何て言うんだろう…?ずっと続いてた、あの頭痛とか…、気持ち悪さとか、そういうのが今全然なくて…」
「……どういうことですか?」
「…ただ、眠いんス…。今までの痛みや辛さが嘘だったみたいに、今すっごく気分いいんス…」
「…え」

今、僕は最悪な事を思ってしまった。
まさか、今日が寿命だと言うのか…?
まだあと一日残ってると思っていたのに。
明日皆で見送るはずだったのに。

「…ちょっとだけ、寝ていい?せっかく来てくれたのに悪いんスけど…」
「っだ、ダメです!寝ないでください!!」

このまま寝てしまったら、もう起きてくれない気がしてならない。
そんなの、嫌だ。
まだ全然心の準備ができていないのに。

「どうしたの…?」
「…こんなこと、言いたくないのですが、多分黄瀬君がそのまま眠ってしまったら、もう…、起きてこないん…じゃないかって…」
「…あー…、そっか…。そういうことだったんだ…」

僕を眠そうに見つめていた瞳は、天井へと向けられる。
そして、優しく、そっと微笑む。

「…黄瀬君?」
「黒子っちが今考えてること、当たってるかも…。明日まで、持たなかったんスね、俺…」
「黄瀬君!?」
「…、あのさ、最後に、お願いがあるんスけど…」

いい?そう口を動かし、再度僕を見る。

「最後だなんて、言わないでください…っ」
「…キス、してほしいんス。本当は俺からしたかったけど、体、動きそうにないから…」
「キスはいいですけど、まだ逝かないでください…!まだ…、まだここに…」

泣かないと決めたのに、僕の目からボロボロと涙が流れ出てくる。
その涙が、黄瀬君の枕元に落ちて染みを作っていく。

「…泣かないで黒子っち。泣き顔ももちろん可愛いけど…、やっぱり笑顔がいいな。…今まで数えるくらいしか黒子っちの笑顔見れてないけど、すごく好き。幸せになれるんだ」
「黄…瀬、君…」
「笑って…?じゃないと、『テツヤを泣かせたな?』って、赤司っちが鋏投げてくるっス」
「…赤司君が、ですか?」
「そうっス。俺まで緑間っちみたいに十円ハゲ作られちゃうっス。…だから、ね?」
「…ふふ…っ、…そ、ですね…。黄瀬君はモデルですからハゲは致命的ですよね…」
「はは、やっと笑ってくれたっス。…やっぱり、黒子っちは笑顔が一番可愛いっス」
「…可愛いって言わないでくださいってば」

こんな時まで僕のことを想ってくれているなんて。
本当に、本当に黄瀬君は…。

「…バカですね」
「…あ、ヒドいっス黒子っち」

微笑みながら言う黄瀬君に、愛しさが込み上げてたまらない。

「…ごめ、ん…、も、起きて、ら…ないス」

少しずつ閉じていく目。
僕は、閉じる寸前のところで口唇を重ねた。

「……好きです。ずっと、これからも変わらずに」
「…あ…がとう……黒、ち…、…れも…」

“ありがとう黒子っち、俺も”

確かにそう言葉を紡いでから、ふわりと笑った。
けれどすぐに目は閉じられ、笑顔のまま、眠りについた。

「………っ」

ピーーーー。
部屋の中に止まらない機械の音が響く。

「……瀬君……黄瀬君…っ」

ただ眠っているように見える黄瀬君の顔を両手で包み、おでことおでこをくっつける。

「…嫌です、…黄瀬君っ」

温かさの残っている黄瀬君は、僕の問いかけに答えることはなく。
満足そうな笑顔を残して。
旅立っていってしまった。

「……ぅぁあぁぁ……」



後日、行われた黄瀬君のお葬式には沢山の人で溢れかえった。
バスケ部の一軍メンバーや監督、担任の先生、学校の女子生徒にファンの人たち。
式場内は泣いている人や俯いている人、暗い顔をしている人でいっぱいだった。

そんな中で僕は笑顔を崩さなかった。
黄瀬君が好きと言ってくれた表情。
世界で一番大切な人が一番好きと言ってくれた表情。

キミの分まで、僕は目一杯生きます。
寿命が来るその時まで、色んなものを見て、体験して、キミに面白いお話をいっぱいしてあげられるよう。
その分待たせてしまうかもしれませんが、きっと黄瀬君ならいつもの笑顔で許してくれる。
“遅くなってすみません”と言う僕を、“待ちわびたっスよ、黒子っち!”と言って。
抱きしめてくれますよね。
ね、黄瀬君。



‐END‐

リクエストありがとうございました!
病院の仕組みや病気の事など、一応調べて書きましたが、もしかしたら間違っているところがあるかもしれないので、そこは温かい目でスルーしてくださると嬉しいです)^o^(←
リクエストは黄黒でしたが、見方によっては黒黄に見えてしまうかもしれません|゚Д゚)))
でも本人は黄黒のつもりで書きました←←←
黄瀬君受けしか書いたことないので、多分その所為です\(^o^)/
少しでも気に入ってくだされば幸いです。

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