天然って怖ぇ
「お前たち、これがなんだか分かるか?」
そう言いながら、赤司は小さい小瓶に入ったピンクの液体を見せる。
「いきなりなんだよ」
「蛍光色のピンク…ですね」
「絵の具でも溶かしたのか?」
「分かんなーい。それなに?」
「これはな、僕の父の会社が極秘に開発した媚薬だ」
「び、媚薬!?」
「というか、なんて物を開発してるんですか」
「お前の父親はなんなのだよ」
「それどうするの?」
「まだ実験をやっていないんだ。だから、お前たちの誰かに実験台になってもらいたい」
「いや、媚薬って言われてやる奴なんかいねーだろ」
「だな。断固拒否なのだよ」
「僕も嫌です」
「俺もー」
「そうか。なら涼太が来たら涼太に飲ませるか」
「不憫な」
「そういえば黄瀬君いませんね」
「日直だから遅れるって言ってたよー」
「てかよ、その媚薬ってどんな効力があるんだ?」
「よく聞いてくれた。これを飲むと、身体が熱くなりアルコールを含んだ時のように言動が甘くなる。それに普段より素直になって、気分が高まる。まぁ、簡単に言えばエロくなる」
「…うわぁ」
「ないわ…」
「黄瀬君に少しだけ同情します」
「だな…」
「なんだお前ら素直じゃないな。涼太のこと好きなんだろ?エロい涼太が見れるぞ?」
「赤司君がエロいとか言うと違和感ありまくりで気持ち悪いですね」
「赤司お前面白がっているな?」
「さぁ、なんのことかな?」
「遅れてすいませんっス!」
勢いよく扉が開き、黄瀬が入ってくる。
そんな黄瀬に優しい笑みで近づき、赤司はそっと小瓶を渡した。
「いや、まだ始まってないから平気さ。それより涼太、これを飲んでくれないか」
「なんスかこれ。めっちゃ色が毒々しいんスけど…」
「ただの栄養ドリンクだよ。仕事に学校と、疲れているだろ?」
「心配してくれてたんスか?すごく嬉しいっス!これ、ありがたく飲むっス!」
「………(よくもまーあんな笑顔で淡々と嘘がつけるな)」
「………(あの笑顔にはたまに恐怖すら覚えるのだよ)」
「………(本当に赤司君は色々と怖いですね)」
「………(お菓子食べたい)」
それぞれが心配そうな目で見守る中、黄瀬は小瓶の蓋を取り、一気に飲み干す。
「ぷは…、なんか、すごい甘いっスね」
「苦いのよりはいいだろ?」
「まぁそうっスけど…、あれ?…なんか…目眩がするっス…」
フラフラと体を揺らした後、いきなり黄瀬はその場に倒れこんだ。
「黄瀬君!?」
「黄瀬!」
倒れた黄瀬の周りに全員集まり、青峰が抱き起こす。
「おい、黄瀬大丈夫なのか!?」
「動かないよ?」
「心配はいらない。すぐに目を覚ます」
「…ん、…あれ…?」
赤司が言った通り、黄瀬はすぐに目を覚ました。
だが、その目はトロンとしていて、顔も少し赤い。
「よかった…!黄瀬君、大丈夫ですか?」
「…黒子っち?そんな心配そうな顔してどうしたの?」
「どうしたって…倒れたの覚えてないんですか?」
「倒れた?誰が?」
「………」
「少し前の記憶がなくなるみたいだな。直すリストに書いておくか」
赤司はどこからか取り出した紙にペンでさらさらと何かを書き加える。
座っていた黄瀬は、急に手で顔を扇ぎ始めた。
「…それより、なんか熱くないっスか?ねぇ青峰っち、俺の服、脱がして…?」
「………は?」
「!?」
「!?」
「俺の服、脱がしてほしいんス。…お願い」
「はぁ!?」
「黄瀬ちんがおかしくなったー」
黄瀬は隣に座っていた青峰に迫り、青峰の手を掴んで自分の胸に当てた。
そして上目遣いで顔を近づける。
「…ダメ…?」
「──っ!」
「何言ってるんですか黄瀬君!」
「駄目に決まってるのだよ!」
「大輝は落ちたな」
「えー、なんでっスかー。じゃあ自分で脱ぐっス」
そう言っておもむろに服を脱ぎだした黄瀬を、黒子と緑間が素早く腕を掴んで止める。
「なんで止めるんスか二人共ー。手離してくださいっス」
「脱ぐのは止めるのだよ!」
「離しません!」
「はははは!」
「赤司君も笑ってないで止めてください!」
「全く、しょうがないな。…涼太」
「なんスか?」
「お前の裸は黒子たちにはまだ刺激が強いそうだ。欲情してしまうから止めてやれ」
「おい赤司!」
「そんなこと言ってないですよ!」
「欲情って…、もう黒子っちも緑間っちもエッチなんスから」
「はい!?」
「え、エッチ!?」
「でも二人だったら、俺、いいっスよ…?…だけど初めてだから優しくしてほしいな。激しくしちゃやっスよ…?」
「──っ!」
「──っ!」
「…大輝に続いて、テツヤと真太郎も落ちたか。さすが魔性の涼太」
真っ赤な顔のまま動かなくなった青峰と黒子、そして緑間を見ながら、冷静な赤司が言う。
いつも通りの紫原は、何故か眉を寄せながら赤司に話しかける。
「ねー赤ちん。あの黄瀬ちんなんかやだ。元に戻してよ」
「なにが嫌なんだ?」
「黄瀬ちんあんなこと言わないし、違う人みたいで気持ち悪い」
「やっぱり敦にはまだ良さが分からないか。よし、十分楽しんだし、元に戻すとしよう」
ポケットから水色の液体が入った小瓶を取り出すと、赤司は黄瀬にそれを渡した。
飲むように言うと、黄瀬は素直に飲みだす。
「………、ん?俺、何してたんだっけ…?」
「あ、いつもの黄瀬ちんだー!お帰りー!」
ぱっと笑顔になった紫原は、勢いよく黄瀬に抱きついた。
「え、お帰り?」
「おはよう涼太。楽しませてもらったよ」
「は?え?…て、黒子っちどうしたんスか!?顔真っ赤っスよ!?それに動かないし!うわっ、青峰っちに緑間っちまで!」
「それ涼太がやったんだぞ。見事に全員イチコロだ」
「い、イチコロっ?まさか俺知らぬ間に黒子っちたち殴ったりしちゃったんスか!?」
「やっぱりいつもの黄瀬ちんが一番だねー」
「ど、どうしよう!黒子っちごめん!殴るつもりはなかったんスよ!ホントっス!だから起きてー!」
「………」
黄瀬が勘違いしていることを、面白いから言わないでおこうと考えた赤司は、黙ってその光景を見ることにした。
その日は体育館に黄瀬の嘆きがずっと響いていたという。
─END─