意地
「…またっスか、もー」
黄瀬は今日何度目か分からないため息をついて呟く。
「さっきからうるせーぞ」
「だってー…聞いてくださいよ笠松せんぱーい…」
「なんだ」
「もう緑間っちに1ヶ月も会ってないんスよー?なのに緑間っちにメールで『会いたい』って送っても『無理だ』とか『しつこい』とか返事が返ってこなかったり…。今なんか『死ね』って返ってきたんスよ!?」
「ノロケんなら森山にしろ」
「これのどこがノロケなんスかっ!」
「会いたいなら自分から行けばいいだろ?丁度もう今日は部活終わりだしな」
「え?まだ全然終わりの時間じゃないっスけど…?」
「今日はテスト期間だろーが」
「あ、そういえば!」
今日から二日間、テスト期間で部活がない。
しかし、大会の近いバスケ部は少しの時間だけ練習を許された。
すっかり忘れてた…。
「今からいけばまだ緑間っち学校にいるっスよね!俺、秀徳行ってくるっス!」
「あーはいはい。また明日な」
鞄を持ち、走って体育館を後にする。
「いきなり行ったら緑間っち絶対嫌がるだろうなー」
でも、緑間からは会いに来てくれないのだから黄瀬が行くしかない。
「怒られたら和成君の後ろに逃げようっと」
何だか今から胸が高鳴ってワクワクする。
顔をしかめる緑間や、それに爆笑してる高尾が想像できて、思わず笑ってしまう。
電車を乗り継ぎ、秀徳高校の最寄り駅で降りる。
そこからまた走り、秀徳まで向かう。
「あれー?涼ちゃんじゃーん!」
やっと秀徳に着き、校門で息を整えていると聞き覚えのある明るい声が黄瀬を呼んだ。
「あ、和成君!久しぶり!」
「何々?どしたの?秀徳まではるばる」
「緑間っちに会いに来たんスけど、いる?」
「おーいるよいるよ!丁度俺と真ちゃん帰るところだったんだよ」
「え、でも緑間っちいなくないスか?」
「何か『忘れ物したのだよ』って、今日のラッキーアイテム取りに部室に戻っていったよ」
「ぶはっ、それ緑間っちの声マネ?めっちゃ似てる!」
「だっろー?」
「にしても、緑間っちがラッキーアイテムを忘れるなんて珍しいっスね。明日雨が降るかも」
「真ちゃんこの頃めっちゃ機嫌悪いんだよねー。目付きもいつもの二割り増し悪いんだぜ?」
「緑間っち何か嫌な事でもあったんスか?」
「何かってそりゃ涼ちゃ…、おっと、何にもないよ!」
「そっスか?あぁ、だから今日『会いたい』ってメール送ったら『死ね』って返ってきたのか」
「ぶっ!ははは!そういう事か!あはははっ!」
「え?え?」
急に腹を抱えて笑い出した高尾に、黄瀬は首を傾げる。
今の笑うとこあったっけ?
「ひーっ、やっぱ二人面白いわ!くっ、ははは!」
「…和成君の笑いのツボ相変わらず分かんないっスわ」
少し皮肉を込めて言ったのだが、笑うのに忙しい高尾には聞こえてないようだ。
暫く笑った後、苦しそうに息を整えながら、出てきた涙を拭う。
「あー、笑ったー」
「俺は全然笑えないんスけど」
「そういえば涼ちゃん今日部活は?」
「テスト期間だからちょっとしかやらないんスよ。だから会いに来たんス!」
「テスト期間かー、俺らは明日からだわ。ん、涼ちゃん何でそんなに汗だくなん?」
「電車以外走ってきたんスよ」
「え、まじ?風邪引くから汗拭こーぜ」
「あ、そうっスね」
自分のバックを漁り、タオルを探す。
しかし、入ってるはずの部活用のタオルがない。
「あれ、部室に忘れてきたかも…」
「涼ちゃんもかよー!どんだけ急いで来たのよ!まじウケるわー!」
またケタケタと笑い出した高尾を睨むと、目尻に涙をためながらタオルを渡された。
「俺のでよければ貸してあげるよ。使用済みでよければだけど」
「ありがとう、お言葉に甘えて使わせて貰うっス!」
高尾からタオルを受け取り、汗を拭く。
「…和成君の匂いがする」
「えっ、そんなに臭かった!?」
「違うっスよ。そうじゃなくて、洗剤?のいい匂いっス。和成君の匂いと同じいい香り」
「そ、そっかな?なんか照れるねー。…でもさ、涼ちゃんの方がいい匂いっしょ」
「んー、自分じゃ自分の匂いなんて分かんないっスから何とも」
試しに自分の手を嗅いでみるが、特に何の匂いもしない。
「いい匂いだよ。俺の好きな…涼ちゃんの匂い」
「え、ごめん。最後何て言ったんスか?」
小さく呟くように言われた最後の言葉は、黄瀬には聞こえなかった。
「いんや、何でもないよー。ただの一人言ー」
「?」
「遅くなったのだよたか…っ!き、黄瀬っ?」
「あ、緑間っち!」
「おっせーよ真ちゃーん!」
鞄とサランラップを片手に、緑間が驚いた顔で高尾の後ろにいた。
サランラップは今日のラッキーアイテムなのだろう。
「な…んで黄瀬がここに…」
そう言う緑間の顔がみるみると赤くなっていく。
「緑間っちに会いに来たんスよ!」
「はるばる来てくれたんだぜ?涼ちゃん」
「…ふん」
緑間は顔をふいと背け、黄瀬と高尾を置いて、先に歩いていってしまう。
その後を急いで二人は追いかける。
「そんなに怒らなくてもいいじゃないスかー…。黙って来たことは謝るっスから…」
「…大丈夫だよ涼ちゃん」
「え?」
こちらを見ようとしない緑間に肩を落としていると、高尾が耳元で囁いた。
「久しぶりに会った涼ちゃんに照れてるだけだから。不意打ちだったからびっくりして何言えばいいか分からないだけっしょ」
「そうかなー…」
「そうだって。それに、真ちゃんより先に俺と話してたのが気に食わないだけだよ」
「…?」
緑間っちより先に和成君と話してたのが気に食わない…?
なんでだろうか?
「…やっぱ真ちゃんと話したい?」
「そりゃぁ恋人と話したいって思うっスよ…。めちゃくちゃ久しぶりに会ったんスから…」
「よしきた!俺に任せとけ!」
「うわっ、え、和成君?」
いきなり手を絡ませられて、恋人繋ぎって言うんだっけ、なんて考えていると、高尾が前を歩く緑間にも聞こえる声量で言った。
「真ちゃーん、ツンデレなのはいいけどあんま涼ちゃん困らせちゃダメじゃーん」
「………」
「…悲しませるんだったら、俺涼ちゃん取るよ?」
「え?」
「!」
高尾の言葉に、緑間が振り向く。
その顔は怒った時の顔だった。
な、何で怒って…?
冗談だとすぐに分かるはずなのに、緑間は本気で怒っているようだった。
高尾と繋いでいる手を見てさらに眉を寄せ、黄瀬のもう片方の手を掴んで引き剥がされる。
「冗談にならない冗談は止めるのだよ高尾」
「もちろん冗談だってー!」
「…どうだかな。行くぞ黄瀬」
「えっ、と、じゃ、またね和成君!」
「おー、今度遊ぼうなー!」
緑間に手を引かれ、高尾とはそこで別れた。
それからお互い無言で歩き、スタスタと歩く緑間に黙ってついていく。
…どこ行くんだろ。
緑間が足を止めた場所は彼の家だった。
黄瀬もまだ一度しか入ったことのない玄関を、何食わぬ顔で入っていく。
どうしたらいいのか分からず外で立ち尽くしていると、緑間に中に入るように促され、彼の自室に通された。
「飲み物を持ってくる。そこら辺に座ってくつろいでいるのだよ」
「あ、はいっス」
緑間がいなくなり、黄瀬は置いてあったクッションの上に静かに座った。
初めてこの部屋に入ったのは一ヶ月前だ。
黄瀬が緑間の家に行きたい、と無理を承知で言ってみたのだが、意外と拒否されなかった。
それが嬉しくていつも以上に服を選びぬき、髪などもちゃんと整えた。
そのせいか、一時間も早く家を出たにも関わらず、途中でファンの子たちに次々と捕まって、二時間も遅れて緑間の家についた。
そして案の定、玄関から出てきた緑間は思い切り顔をしかめていた。
お前は時計が読めないのか、と刺々しく言われた。
必死に理由を話したが、なぜか更に不機嫌になり、部屋の中が重い空気に包まれる。
口を頑なに閉じて外方を向いてる緑間にだんだん涙が出てきて、本当にごめんなさい、と弱々しく涙声で言うと驚かれた。
何故泣いているんだ、と。
涙の止まらない黄瀬を見て一つため息を吐き、ポケットからハンカチを取り出してそっと拭いてやる。
それから少しずつ緑間が話してくれた。
遅れたことは別にどうでもいい、そんなの振り払ってくればいいのだよ。
そんなのとは、多分ファンの子たちのことだろう。
まさか緑間が嫉妬してくれるなんて思ってなかったので、本当に嬉しかった。
その後は部活の話をしたり、お互いの学校の話をしたり。
話をしている内にだんだんとそういう雰囲気になり、どちらともなくキスをして、触れ合った。
キス以上のことは初めてで緊張したが、それは緑間も同じだったようで、黄瀬の服に手をかける時、顔を少し染めながら強張らせていた。
その時のことを思い出していると恥ずかしくなってきて、紛らわすために携帯を開く。
ゲームでもしようかと思ったが、メールがきていたのでそれを開いた。
差出人は高尾で、少し前に届いていたようだ。
メールには、『時間出来たら電話ちょーだい(●´ワ`●)/』と書かれていた。
「相変わらず顔文字可愛いなー和成君。時間出来たし、今かけようっと」
電話帳を開き、高尾に電話をかける。
少ないコールですぐに繋がった。
『もしもーし』
「あ、和成君?」
『おー涼ちゃん!電話結構早かったね。真ちゃんは?』
「今緑間っちの家にいるんスよ。それで緑間っちが飲み物取りに行ってるところっス」
『そっかー。家に連れ込むなんて真ちゃんも意外とやるねー』
「で、どうしたんスか?」
『ちょーっと涼ちゃんに教えたいことがあってさ』
「教えたいこと?」
『真ちゃんがイライラしてた理由ってね、涼ちゃんが原因なんだよ』
「え!?俺なんかしたっスか!?」
『涼ちゃんさ、真ちゃんに会いたいってメールよく送ってたっしょ?』
「うん。…あ、それがしつこくて怒ってたとか?」
『違う違う。前真ちゃんがボソッとメール見ながら呟いてたんだよね。“俺だって会いたいの我慢してるのだよ”って』
「…え」
『多分さ、真ちゃんも会いにいきたかったけど、涼ちゃん部活もそうだけどモデルとかも忙しいじゃん?だから会いにいきたくてもいけなかったんだと思うんだよ』
「緑間っちのためなら時間作るのに…」
『それが嫌だったんじゃない?無理してほしくなかったんでしょ。んで我慢しまくって、日に日に機嫌悪くなっていった、と』
「…そうだったんだ。教えてくれてありがとう、和成君」
『いーえー。真ちゃんツンデレで涼ちゃんには言わなそうだったから。あ、俺が教えたって言っちゃダメだかんね!怒られる!』
「あはは、分かってるっスよ」
『ならよかった!んじゃ、そろそろ切るね』
「あ、うん。またね」
『バイバーイ』
電話を切り、携帯をポケットにしまう。
「…緑間っちも会いたいって思っててくれたんだ」
自分だけだと思っていたので、嬉しくて頬が緩む。
熱くなってきた顔を手でパタパタと扇いでいると、部屋の扉が開いてコップを二つ持った緑間が入ってきた。
「何をそんなにニヤニヤしているのだよ、気持ち悪い」
「ニヤニヤなんてしてないっスよ!それより遅かったっスね」
「茶がきれていたから紅茶を作ってきたのだよ」
まだ湯気の出ている紅茶を机に置き、黄瀬の隣に腰を下ろす。
紅茶を一口飲み、緑間は黄瀬の顔を横目見る。
「さっき、誰かと話していなかったか?」
「あ、うん。和成君っスよ。電話してたんス」
「…高尾?」
高尾の名前を出した瞬間、緑間は眉に深く皺を寄せた。
「何の用で?」
「何の用って…」
緑間のことを話していたとは言えない。
先程高尾に言わないでくれと言われたばかりだ。
「そ、それより、この紅茶ってなんスか?ダージリン?アールグレイ?」
「話を逸らすな」
「………」
これは多分、言うまで問い詰める気だろう。
和成君ごめん!
「…み、緑間っちのこと教えてもらってたんスよ」
「…は?」
「緑間っちこの頃イライラしてるって。その訳を教えてもらったんス」
「な…っ!」
間の抜けた顔から一気に耳まで赤くする緑間。
その緑間の様子をうつむいていたため見ていない黄瀬は、そのまま言葉を続ける。
「俺のメール見ながら“俺だって会いたいの我慢してる”って言ってたって。無理させたくないって」
「っ!」
「俺、知らずの内に緑間っちに我慢させてたんスね。緑間っちも会いたいって思ってくれてたのに、俺…」
「も、もういいのだよ黄瀬…っ」
「え?」
制止の声に顔を上げると、真っ赤な顔を隠すようにメガネのブリッジを上げている緑間と目が合う。
すぐに視線を逸らされ、何かをブツブツと呟いていた。
「高尾の奴…いらん事を…。覚えているのだよ…」
「…緑間っち?」
「…明日からテスト期間で部活はないのだよ」
「あ、和成君から聞いたっス。俺は今日からっスよ」
「………」
「……?」
「…だから、テスト期間中なら会ってやらなくもないのだよ」
「…!本当っスか!?」
「当たり前だ」
「嬉しいっス!」
黄瀬は勢いよく緑間に抱きつき、頬をすり付ける。
最初は戸惑っていた緑間だが、そっと黄瀬の背中に手を回す。
「俺ゲームセンター行きたいっス。プリクラ撮りたい」
「プリク…?なんだそれは」
「あとね、服とかも見に行きたいし、1on1もしたいし、それと…」
「そんなにいっぺんに言うな。分からなくなるのだよ」
二人は暫く抱き合いながら明日からの予定を決め、指切りをしたのだった。
─END─
高尾は黄瀬君のこと好きだけど、緑間っちの恋人で、二人とも好きだから諦めて応援してればいいな!、とか思って出来た産物です)ω()ω()ω(