期間のある人生なのだから、悔いの残らないようにしようと思っていた。
だから負けはどんな理由があろうとも許さないし、逆らう奴は無理やりにでも言うことを聞かせた。
自分の思う事を全て通してきた。
けれど、たった一つだけ、何よりも強く欲しいと願っていたものだけは、逆に自分から拒否して遠ざけた。

それは、“信頼できる仲間”。
俗に言う、親友や、友達だ。
部員やクラスメイトだけでなく、同じスタメンだった黒子たちとも一定の距離を保っていた。
失うと分かっているものは、初めから手にしない。
心が痛むと分かっているから、自分から離れる。

しかし、急に現れた彼に、その考えは少しずつ替えられた。
拒んでいるはずなのに、そんなもの気にしないとでも言うようにズカズカと俺の心に入ってくる、目眩がしそうなほど眩しい笑顔。
向けられたことのない、曇りのない何処かとろりとした甘ささえ含んだその笑顔。
向けられる度に凝り固まった己の思考が溶かされていくのが分かった。
たった2ヶ月という短い期間で、いつの間にか本心からの笑顔を仲間に向けられるようになり、自分の内側に他人を入れることにも戸惑わなくなった。
全部が全部、彼のお陰で、俺は一歩踏み出せた。
距離をなくして、自分から歩み寄る一歩を―――。



*****



無駄に広い、屋敷ともいえる自分の家の廊下を、ドカドカと音がするのも気にせずに早足で通る。見慣れた扉の前で足を止め、自室に入り乱暴に鞄を床に置く。閉めた扉に背を預けて力なくズルズルと座り込んで、喉から重いため息を吐き出した。

「……はぁ…」

両手で顔を覆い、暫く目を閉じてドクドクと五月蝿いくらいに脈打つ胸を落ち着かせる。

顔が熱い。こんなに熱くなったのは初めてだな、と自嘲気味に笑いながら思う。

「…これで、よかったんだ」

自分に言い聞かせる様に吐き、ゆっくりと目を開ける。

赤司が黄瀬を好きと言ったのはもちろん嘘ではない。もしかすると黄瀬が赤司を想う気持ちより、ずっとずっと大きいかもしれない。それ程までに、黄瀬が好きだった。けれどだからこそ、友達のままでいたかった。我ながら矛盾してると思う。

コンコン。唐突に真後ろからノックの音が響いた。考えが遮断されたことを少し恨みながら、立ち上がって扉から離れる。

「…誰だ?」

赤司の部屋を訪ねてくる者など一人しかいないが、一応いつもの如く疑問符をつけて尋ねる。

「僕だけど。入っていいかな」

「構わないよ」

赤司の返答を合図に、一人の男がニヒルな笑みを浮かべながら入ってくる。赤司と瓜二つの容姿に同じ声音。違うのは左の瞳の色だけの、赤司の双子の弟。

「…で、何の用だ?」

「お帰り、って言いに来たんだよ」

「ただいま。……それだけか?」

鋭い目つきで言ってやると、弟はくつくつと笑い、肩を震わせた。その馬鹿にしている様な態度に睨む目付きを強めれば、まるで狐のように目を細めてこちらに視線を絡ませる。

「今日、というよりさっき、何かあっただろ?」

「何で」

「顔、赤いよ?」

反射的に頬に手を当てると、確かにまだ少し熱が残っていた。迂闊だったと考えるも、今更遅い。自身と同じで考えの鋭い弟には嘘をついたところですぐにバレてしまうことだろう。

「……黄瀬に、告白された」

「…へぇ、それはよかったね。両想いじゃないか。まさかとは思うけど、その告白を受け入れたりなんてしてないよな?」

「…する訳ないだろ」

「なら良かった。あと一年と半年後に僕と入れ替わるんだから、面倒事は一切残さないでね」

「…分かってる」

赤司の顔をちらりと見やってから、弟は静かに部屋を出て行く。
再び沈黙が辺りを包み、赤司はベッドに横になった。

――あと一年と半年。
好きに外出し、自由に行動出来る期間。中学の卒業と共に赤司の自由は奪われ、外に出ることも、友人に会うことさえも叶わなくなる。この家の中で、死ぬその時まで家族以外の誰とも会わずに生きていかなければならなくなる。

「………黄瀬」

だからもし、赤司が黄瀬と恋人関係になるのだとしたら、卒業までには別れなければいけなかった。でなければ、高校から黄瀬は赤司と入れ替わる弟と付き合う、ということになってしまう。それは絶対に嫌だった。それに弟のことだ、不信がられない様に付き合いはするだろうが、黄瀬を傷つけ、別れを促すような事を平気でするだろう。

「…好きだ、黄瀬…」

小さく、何かを願うように呟かれたその言葉は、空気に溶け、簡単に散ってしまうのだった。



‐END‐

3に続く



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