「早く〜、急ぎなさいよ〜!」

「わっ、待って待って!」

みすずに手を引かれ(というか強引に引っ張られ)ながら走る省吾。
開園時に合わせて到着する予定だったが、手違いで電車に乗り間違えた二人がここに着いたのは、開園してから30分経っての事だった。

「もう! あんたが間違えるからいけないのよ!」

「何言ってんだよ、あの電車に乗ろうってせかしたのはみすずじゃないか!」

「私のせいにするつもり!? 女の子のせいにするなんて男の風上にも置けないわね!」

「………分かったよ、ごめん。それよりこんなとこで言い合いしてないで、早くした方がいいんじゃないのかな」

電車の乗り間違えの事で、しばし園の入口前で言い合いをしていたみすずと省吾だが、冷静さを取り戻した省吾がそう口にすると、みすずもハッとする。

「そうよ! こんな事してる場合じゃないわ! 早く行くわよ!!」

「みすず、チケット買わないと。入れないよ」

チケットなしでゲートを突入しようとしているみすずを止め、つっこむ冷静な省吾。一方、慌てていたためにコケそうになるみすず。

「わ、分かってるわよ!」

みすずはそう言いつつ、自分のはしゃぎっぷりにちょっとだけ恥ずかしくなったのだった。


遊園地



ホワイトデーから数日後の日曜日、みすずと省吾は約束通りデートをする運びとなった。場所は話し合った結果、遊園地に決まる。しかも、東京と銘打っていながら千葉の浦安にある夢の国だ。
神奈川の中心辺りに住んでいる二人にとって、千葉はそれほど遠い場所ではない、かといって近くもない。
この時期だし混むだろうからと、わざわざ早起きして開園時に入れるように間に合わせたつもりだったが、途中みすずが乗り換える電車のホームを間違え、さらにやってきた電車に多分これで合ってると省吾が判断し間違えて乗ってしまい、気付けばよく分からない場所を走っていて急いで乗り直したら見事に遅れてしまったという話だ。



「ねえ、チケット何買う? とりあえず入園券とアトラクション券を少し買っとく?」

みすずに購入するチケットの事を尋ねる省吾。まず、これがなくては中にすら入れない。重要なシロモノだ。

「なにケチ臭いこと言ってんのよあんたは。フリーパス買いましょうよ」

「え、フリーパス? でもそんなに乗れるかな…」

「乗れるかなじゃなくて、乗るのよ! ほら、早く買ってきなさい」

とりあえず入園券とチケットを小出しに買うという省吾の意見をケチ臭いと考えたみすずは、フリーパスを買うように省吾に命令をし、そして急げという意味合いも込め、チケット売り場を指差した。

「はいはい」

みすずにせかされ、省吾は軽くため息をつくとチケット売り場へ駆け足で向かって行った。
待つことしばらく、省吾はフリーパスのチケットを二枚手にしてみすずの元へと戻ってきた。


「お待たせ〜…」

チケットを買う際に人混みにさらされてたせいか、省吾はヘロヘロになっているのでみすずは少し呆れた。

「もう、まだ中に入ってすらいないのにそんなんじゃ先が思いやられるわよ」

「ご、ごめん。何か女の子の団体に潰されそうになって…」

あははと力無く笑う省吾に頼りないものを感じながらも、みすずは彼の手を引き、園の入口に近づいた。

「ほら、じゃあ入るわよ」

「う、うん」

チケットをキャストに見せてから、二人はいよいよ中へ入る。
園内は外と変わらず人混みで賑わっていた。二人もその中に溶け込むように、流れに入り歩く。
「ねえ、最初どこ行く?」

みすずは入口で貰ったガイドマップを見ながら省吾に話し掛けた。

「そうだなあ…、僕はスペースマウンテンに乗りたいな」

省吾は周りを見回しながら、みすずの問いに答えた。しかし、その言葉を聞いた途端、みすずは落ち着かなくなる。

「えっ、……あれは人気あるから絶対にすごく並ぶわよ、他のにしない?」

変にそわそわしているみすずを省吾は不自然に感じながらも、特にそれを追求することもなく彼女の手にしているガイドマップを見てどこに行くか考える。

「ん? 何かどれも並ぶ気がするけど……、じゃあこのカリブの海賊は? 船のやつ」

省吾はガイドマップのあるアトラクションを指差して言う。
それは、ボートに乗って航海する雰囲気が味わえるもので園内でも人気のあるアトラクションの一つだ。

「う、うん。じゃあそれ」

まだ不自然な感じのみすずが何となく気にはなるけど、とりあえず彼女が首を縦に振ったのでそのアトラクションに決める。

いざ、足を運ぶと、やはりたくさんの人が並んでおり、しばらく待ちそうだ。

「うわー、やっぱりたくさん並んでるね」

「そうね……」

予想通りと言うべきか、みすずと省吾はあまりの人の多さに少しうんざりしたが、まあ仕方ないのでおとなしく行列に並んだ。

「何かさ、前に来た時と同じね〜、本当に人でいっぱい」

「そうだね、こういうとこって待ち時間が退屈だよね…」

二人は待ち時間の間、話しながらその間を潰していた。
みすずの言う以前とは、中学校3年の時の卒業旅行で、同じ学校に通っていた二人は共にそれを体験した。それ以来来ていなかったが、久しぶりにこうして足を運んでみると、やはり人の多さに目が行ってしまう。

「一秒も待たないで乗れればいいのに〜」

「それは無理だよ」

「省吾、貸し切ってよ」

「もっと無理だよ」

そんな仲睦まじいやり取りをしている間に、やっと自分達の番が回ってきた。
待ってましたとばかりに船に乗るみすずと、それを見守るように後に続く省吾。
最初に乗ったアトラクションという事もあり、テンションが高い状態で楽しめた。

その後はいくつかのアトラクションを回ることができたが、何故かマウンテン系のものに乗りたいと省吾がリクエストすると、みすずが人気アトラクションですごく並ぶから嫌だと言う。
省吾はコースター系のアトラクションが好きで、ここに来る際も乗るのを楽しみにしていた。それに人気あるからこそ乗りたいのだが、と思ったが仕方なく彼女の意見を尊重した。

いくつめかのアトラクションに乗り終え、時間を見ると1時を過ぎていたので昼食にする。
飯時なのでどこも混んではいたが、運良く比較的すいている店を見つけて入った。


「ねえ、午後はすいてたらスペースマウンテン乗ってもいいだろ? あれ乗らないと来た気がしないというかさ」

省吾が自分の昼食の皿をつつきながらそう口にすると、みすずはまたしても落ち着かない様子になる。

「え……、すいてるって事はないんじゃないの? あれ、いつも混んでるじゃないのよ」

「ちょっとくらいなら待ってもいいでしょ?」

「……ん〜〜…」

渋るみすずに、省吾は内心不機嫌になる。ここはどのアトラクションも大抵は混んでいて数十分は並ぶのが普通だ。それが、何故自分が乗りたいアトラクションは渋るのか? それだけをわざと避けているようにしか省吾には感じられなかった。

「ま、まあすいてたらね…、考えてもいいわよ」

「…………」





昼食を食べ終わると、再び園内を廻るみすずと省吾。
その後もいくつかのアトラクションに乗り、空もだいぶ暗くなってきた。

「パレードもうすぐよね」

夜になればパレードが始まる。
とりあえずパレードを見たら帰る予定なので、みすずは今日最後のイベントだと今から楽しみにしている。
しかし、省吾はやはり乗りたいアトラクションに乗ってない事で不完全燃焼という様子だった。

「パレードってどこら辺でやるんだっけ? 間近で見たいから早めに行っとこうよ、省吾」

ガイドマップを見ながら省吾に話し掛けるみすず。しかし返事がない。

「……ねえ、どうしたの?……ってあれ??」

返事がないので省吾の方を見るが、先程まで隣にいたはずなのにいない。みすずは辺りを見回してみると、省吾の声がする。

「みすず、ちょっとこっち来て」

「何よあんたは、どこ行ってたの?」

声のする方を向くと省吾が駆け寄ってくる。そして、彼女の手を引きいずこかへと駆け出す。

「ちょっ、ちょっと、パレードは?」

「その前にさ、来てよ」

省吾に連れられるまま駆け足でたどり着いた場所は、近くにあったアトラクション、スプラッシュマウンテンだった。

「今見てみたら、待ち時間そんなに掛からないみたいだから乗ろうよ」

「……え…」

確かに省吾の言う通り、見た感じそんなに待たないで乗れそうだ。
だが、みすずはそれでも渋る。

「やあよ」

「何で?」

「パレード始まるもん、早く見たいの」

「まだ時間あるよ。これ乗ってから行っても、間に合うと思うから乗ろうよ」

「嫌よ!」

みすずが不機嫌そうに叫ぶと、さすがに省吾も不快感をあらわにする。

「…そんなおおげさに叫ぶ事ないだろ。何が嫌なんだよ!?」

普段は滅多に怒らないが、今日のみすずは随分と勝手な気がすると省吾は思っていた。だからここにきて、不満が表面化する。

「………」

「何か僕が乗りたいのを、わざと嫌がってるようにしか見えないんだけど」

いつもはそんな言い方しないのに、余程不機嫌なのか少々厭味を込めた言い方をする省吾。みすずは省吾の態度にいたたまれない気持ちになる。

「……違う…わよ…」

「違わないだろ、昼はすいてたら乗ってもいいって行ってたくせに、結局嫌がってるじゃないか」

昼間、確かにみすずはそう言っていた。だから省吾は少しでもすいてる機会を伺い、ようやくそのチャンスを見つけたが、それでも首を縦に振らないみすずに、不機嫌になるのは仕方のないことかもしれない。

「…違うわよ!…………………いの…」

「……何? 聞こえないよ」

「恐いのよ!!」

ぽつりと何かを言わんとしているのだがよく聞こえない。聞き返せばみすずが大きな声で叫ぶので、省吾はきょとんとして目を丸くする。

「……えっ?……??」

呆然としている省吾に、みすずはさらに続けた。

「私……絶叫マシーンとか…そういうの苦手なのよ!」

「………そ、そうなの?!」

みすずの予想外の告白に、省吾は目をさらに丸くする。どう言葉を返せばいいのか分からず、間の抜けた顔を晒している。

「そうよ! 恐いのよ!!……文句あるの!?」

「……いや、ないですけど、…………何だ、ははは」

言ってしまえば気が楽になり、みすずはいつもの強気な態度を取り戻す。
一方、意外と言えば意外過ぎて呆然としていた省吾だったが、みすずのその意外な弱点が理由だったことが分かれば不快感は一気に吹き飛ぶどころか、笑いさえ込み上げてきた。

「な、何よ! 何がおかしいの!?」

「いや、だって……あははは…」

「笑わないでよ!」

「そうなら最初から言えばいいのに」

こういうのが苦手だなんて長いこと一緒にいて全然知らなかったけど、結構可愛いとこあるなと思い、つい顔がにやついてしまう。

「そんな事恥ずかくて言えないわよ! あんた笑ってるし!!」

「だって……あははは」

顔を赤くしながらも強気な態度のみすず。そんな彼女が可愛くて、省吾はしばらく笑いを止めることができなかった。





**********





「ね、ねえ、ほんとに恐くないのよね!?」

「大丈夫だよ、これはスペースマウンテンと違って、ちょっとカクってなるくらいだから」

乗らないと嫌がっていたみすずだが、結局省吾に説得されて乗る事になった。
省吾も理由が分かれば無理強いさせるつもりはないのだけど、スプラッシュマウンテン程度なら平気だろうと踏んだのか、すいてたのもあってようやくみすずの承諾を得られた。

「そ、そのカクってのが気になるんだけど……。ま、まあ、最後くらいはあんたの希望も聞いてあげないとね、感謝しなさいよ」

「うん。ありがとう、みすず」

険悪なムードになった時はどうしようかと思ったが、嬉しそうにしている省吾を見て安心するみすず。
そうこうしている内に、自分達の番がやってきてコースターに乗る二人。

「…う、うう……」

「大丈夫だよ、落ち着いて」

「う、うん…」



……しかし、その後みすずの絶叫がこだまする事になる。





「省吾の嘘つき〜〜!」

「ご、ごめん……」

「めちゃくちゃ恐かったじゃないのよ〜〜、バカ〜〜!」

「うーん………あれが恐いって事はスペースマウンテンなんか乗せたら……………………………考えないようにしよう…」

無事にアトラクションが終了したが、みすずは余程恐かったのかしばらく省吾を嘘つきと愚痴っていた。省吾としては、まさかみすずがこれほど絶叫マシーンを苦手とする事に驚きを隠せずにいるのと、意外な弱点を知れてちょっと嬉しかった。そして、みすずがより可愛く感じるようになった。

そして、みすずが楽しみにしていたパレードへと向かう。集まる人ごみに紛れるとちょうど始まった。恐い思い(?)をしたみすずは、頑張った後のご褒美とばかりに喜んでいて省吾もほっとした。
やがて、パレードを見終わると名残惜しいが園を出る。電車に揺られ、地元に戻ると先程までの賑やかさはなく、静かなものだった。


「楽しかったわね」

「そうだね」

帰り道を歩きながら、二人は話す。

「あんたが怒った時はどうしようかと思ったけど」

「言ってくれれば良かったのに」

「だって……悪かったわよ、省吾が乗りたがってたアトラクションに乗れなかったのも含めて」

「いいよ、最後は乗れたし」

「でも一番乗りたかったやつには乗ってないでしょ。楽しみにしてたのにごめんね…」

「仕方ないよ。ちゃんとした理由があるなら、無理してまで乗ろうなんて思わないし」


話している内に、やがて牧原家にたどり着く。

「またデートしようね」

「うん。あ、そうだ、これ」

「ん?」

別れ際、省吾が鞄から何かを取り出す。

「はい、これ」

「なあに?」

紙のような薄い何かを渡される。中を開けて見てみると、そこには先程のスプラッシュマウンテンに乗っている最中に撮られたと思われる写真が入っていた。

「写真買っておいたよ」

確かに、パレードに行く前に省吾に少し待たされた。何をしていたかと思えばこれを買っていたのか。
……しかし、写真の絶叫している自分の顔を見て恥ずかしくなる、こんな顔をしていたなんて……。これは誰にも見られたくない。誰にも。……と思ったが、すでに目の前にいる男には見られているのだ。みすずは顔が真っ赤になる。

「………」

「暗くなってたけど、すごくよく撮れてるよね」

本当によく撮れている。何もこんなにと思うくらいに。

「可愛いよ。じゃあね」

「ちょっ、待ちなさいよ!!」

さらりとそう言い放つと、省吾は手を振り帰っていく。いつからそんな浮いた態度を取れるようになったのだろう?

再び写真の中の自分の絶叫顔を見つめ、やはり誰にも見せられないと改めて思うみすずだが、それを可愛いと言ってくれる省吾を愛しいと感じる自分がいる。
小さくなっていく省吾の後ろ姿を見えなくなるまで見送ると、みすずは今日の楽しかった事を振り返りながら家に入った。


End

----------
長くなっちゃいました。ホワイトデーの話の続きです。
施設自体の名前は出してませんが、アトラクション名は出さないとうまく話が書けなかったので出しちゃいました。
あとは、最初は省吾が絶叫マシーン苦手ということにしようかと思ったのですが、それじゃ面白くないのでみすずさんの方にしました。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -