「ねえ、公園寄ってみようよ」
「え? 用でもあるの?」
「特にないけど……、行きたいの」
「うーん…、まあいいけど」
下校時に、みすずが近所の公園に寄りたいと言い出した。
特にこの後用事もないので、省吾はとりあえず首を縦に振る。
「じゃあ行こっ」
「わっ、引っ張らないでよ」
みすずは省吾の手を取ると、公園まで走り始めた。
公園
「何かさ〜、懐かしいわよね、ここ」
公園内に入ると、みすずは辺りを見回しそう口にする。
いきなり走らされたために、省吾は膝をついて肩で息をしていた。
「もう……いきなり走り出すから……」
はあはあと息の荒い省吾の方を向き、みすずはため息をつくと、彼に嘆く。
「あんたねぇ、運動不足なのよ。少しは身体鍛えときなさいよ、情けない…」
「しょ…しょうがないだろ……今は受験勉強で忙しくて、好きな卓球だってちっともやってないし……」
呼吸がだいぶ元に戻ってくると、省吾は反論する。確かに今は高3の一番大事な時期。有名私立大学を志望している省吾にとって、行動の優先順位は自ずと決まってくる。
そういえば3年になってから卓球なんか全然やってないので、体を動かすのも含めて久しぶりにやりたいと省吾は感じていた。
「はいはい、分かったわよ」
みすずは省吾の愚痴を軽くあしらうと、近くにある大木に向かって歩いていく。
「懐かしいわね、この木」
大木の幹に手を触れながらみすずは省吾に語りかけるが、省吾は返事をしない。
「………」
「……省吾? ………あ、嫌な事思い出させちゃった…?」
反応のない省吾に、みすずは心配そうな顔になり省吾の方を見た。省吾は俯いて地面を見つめている。
「省吾……、ごめん」
「…………いや、大丈夫…」
大丈夫とは口にしているが、彼の表情はそれほど明るくはない。
そして、省吾は昔のことを思い出していた。ちょうど小学校に入った年のこと。
省吾はこの公園に遊びに来ていた。近所なので、小学校に入る前から遊びに来る事があった。そしてこの日も彼はたまたま一人でやってきて遊んでいた。そこへやってきたのが同じクラスの男子数人。クラスメイト達はたまたま大木の下で漫画を読んでる省吾を見つけ、絡んで来た。普段から大人しくて気弱な省吾をからかってやろうとしたのだ。
省吾に近づき、持っていた漫画をボス的存在の男子が半ば強引に借りようとしたが、省吾は首を縦に振らない。普段大人しいくせに生意気だと取り上げようとしたら抵抗するが、それを無理矢理奪い取ったら省吾は泣き出してしまった。泣く省吾の姿を見て、面白がる男子達。しかし…
『あんた達、やめなさいよ!!』
そこへみすずが現れた。みすずは奪われた漫画を取り返すと、男子達を追い払い、そして省吾を宥める。
『ほら、もう泣かないの、男の子でしょ。漫画取り返したから……』
それからというもの、何となく同じクラスの生徒、というポジションから友達に変わっていき、徐々に仲を深めていった。
省吾をいじめた男子達にも目をつけられるようにはなったが、みすずや他の友達が守ってくれ、その内いじめっ子達も飽きたのか彼はいじめられなくなっていった。
……それでも、省吾にとっては初めていじめられたこの大木はトラウマになっていて、近づくと昔の事を思い出してしまう。
「省吾……、あのね、私……」
「大丈夫。あの時みすずが守ってくれたから」
しかし、省吾は頭を上げると笑顔をみすずに向けた。
「あの時は本当にありがとう」
そして、彼女に礼を言う。
「……省吾。省吾はこの木に嫌な思い出しかないかもしれないけど、私はここで省吾を助けて、それがきっかけで仲良くなれたから……私にとってはいい思い出でもあるの」
みすずは大木に近づき、再びその幹に触れた。
「私と省吾の仲を近づけてくれた思い出の木」
「みすず…」
「だから、たまにこの木の下に来るんだけど、省吾はまだここが恐かったのね。ごめん、省吾の気持ち、全然知らなくて…」
みすずはそう言い、寂しげな顔をする。そして自分の軽率ぶりを詫びた。
だが、省吾はみすずの側へと歩み寄る。
「省吾……」
そしてみすずと同じように大木に手を触れた。
「省吾、無理しないで」
「…無理してないよ」
省吾は幹に手を触れながら頭上を見た。
「みすずが側にいてくれるから平気」
そう言い、今度はみすずに目を向ける。その顔は非常に穏やかだった。
省吾の表情を伺い、みすずは安堵の笑みを漏らす。
少しはトラウマを克服する事ができたかな、と心の中で思い、そして省吾もみすずに微笑みかけた。
End
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省吾が昔いじめられていたというエピソードを話にしてみました。こういう思い出があってもいいかと。
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