「やあやあそこにいるのはドタチンじゃないか!」
仕事を終え、晩飯食って帰るかというその時に、俺達の前に現れた臨也は分かりやすく酔っていた。
寿司の折詰めを手にぶら提げ、ヘラヘラと笑いながら千鳥足でやってくる姿はベタ過ぎてわざとらしい。
「おい大丈夫か。ここ池袋だぞ」
ここでそんな姿を晒して大丈夫なのかと問えば、臨也はビシッと手を額に当てて敬礼した。
「大丈夫であります!シズちゃんの野郎は本日は他所へおでかけであります!」
「ちょ、声でけえ」
一瞬伸ばした背筋をすぐにふにゃりとくずした臨也はご機嫌らしくクルクル回りながら笑っている。
「ああ楽しいなあ楽しいなあ!シズちゃんのいない池袋楽しいなあ!寿司おいしいなあ!シズちゃんこのままあの世までお出かけしちゃえばいいのになあ!あーだめだめ思い出すと腹立つからシズちゃんの話題はなしにしよう!あれドタチン晩御飯まだ?まだだよね!よーし気分がいいからドタチンなんか奢ってあげる!どっか食べに行こう飲みに行こう!」
ペラペラと紡がれる臨也の言葉に、食いついたのはもちろん遊馬崎達だった。
「マジっすか!ヒャッハー!」
「いいのいいの?ちょっとお高い所とかでもいいの?」
「いいよー寿司以外ね。さっき食べてきちゃったから」
困ったことになりそうだと思った。
このド平日、明日も仕事だし深酒は遠慮したいがすでにこのノリ。
一体誰が面倒を見るというんだ。
……まあ俺だよな。
俺は早々に諦めを覚え、しかし奢るばかりで奢られることの少ない日常からほんの少し逸脱した今日を、悪くはないとも思ったのだった。


狩沢推薦の小洒落たレストランで、俺と遊馬崎、狩沢、渡草と臨也で散々食べて飲んで後、会計を終えた臨也を待って礼を言う。
「悪いな、本当に全員分出させちまって」
「いいよーそれよりなんかお腹すいてきた。ラーメン食べたい」
「はあ?」
さっき店から出たばかりなのに何を言っているんだと目を丸くすれば、どうやら酒ばかり飲んで自分はほとんど食べていなかったらしい。
「いや、それくらいは付き合ってもいいが…」
チラリと他のメンバーに目をやる。帰りの運転手を買って出た自分以外は結構酔っている。
どうしたものかと思案するが、結局みんなでゾロゾロ移動することになった。
「私締めには甘いものが良かったけどラーメンも定番かもねー」
「どの店がいいっすかね〜。できたら塩、いやいや醤油も捨てがたい」
「あ、俺ね、屋台がいい。屋台ならラーメンじゃなくておでんでもいい」
「だったら高架下の屋台とかあればベストだよねー」
ベタな酔っ払いが本日のテーマだとか言い出した臨也のリクエストで屋台のおでん屋を探し出し、また飲み始めたメンバーに少し頭が痛くなる。やはりこうなったか。分かっていたけど。
「がんもおいしいなあ。ドタチンも食べなよ。たまごも食べなよ。そして俺に半分ちょうだい」
「もう腹いっぱいだっつーの」
「おでんは別腹!」
「なわけあるか」
「ここも俺の奢りだし、遠慮しなくていいんだよー?」
「社長!」
「社長!おかわりいいっスか!」
「うむ、くるしゅうない。好きにせい」
ニコニコしている臨也にため息を吐く。なんて平和なんだ。
「…いつもこうだといいんだがな」
「ざっんね〜ん。今日だけだよ。優しい折原シャッチョさんは、明日にはざんぎゃくひどうな情報屋さんだよ」
俺の呟きを拾って臨也はにやりと笑った。
「ルール無用の残虐ファイト!?」
「悪魔超人!?残虐超人!?」
さらに臨也の言葉を拾った遊馬崎達が騒ぐ中、俺はガクリと肩を落とす。
「おまえは…どうしてそうなんだ」
「どうしてと言われても、それが俺なんだよねえ〜」
ヒックと喉を鳴らして臨也は酒をあおった。
「飲みすぎだろ」
「飲みたい時もあるのよ。ほら俺って普段ぼっちだからさ〜。たまにこういうことするとお酒おいしくて困っちゃう」
「おまえな、ぼっちが嫌なら人に嫌がらせすんのやめろって」
ああ、いかんつい説教をしてしまいそうになる。
こいつにはしても無駄なことだと分かっているが。
そんな俺の後悔通り、臨也はハハハハッと楽しそうに笑った。
「嫌がらせかあ〜。そんなつもりはないんだけどねえ〜。結果的にそうなっちゃうからなあ〜。まあ俺人ラブ!だから問題ない」
「問題あるだろ。好きならすんな」
「イザイザは好きな子はいじめちゃうタイプなんだ〜」
「小二病っすか」
「ハハハッ違う違う。いい?つまりね…」
プハッと酒を飲み干し、唇を塗らした臨也は朗らかな笑顔から、薄ら寒い嫌な笑顔に変わっていた。
「人ってさ、死ぬじゃない。俺は死ぬのは嫌だけどさあ、死なないわけにはいかないじゃない。それは人み〜んなに言える事で、人は誰しもいつかは死ぬ。遅いか早いかの違いで必ず死ぬ。そんな絶対くることがわかっている事象によってさ、いざ自分が死んだって時、なにが起こるんだろうとかドタチン考えたことない?」
「自分が死んだらどうなるか、か?」
「そう!例えばもしもだよ?俺が万人に愛される人間だった場合、俺が死んだらみんな泣いちゃうでしょう。俺の大好きな人達が、泣いて、悲しむなんて、可哀想じゃない。これはいけないよ。俺が死ぬことで人が悲しむなんて、人ラブな俺は耐えられないわけ。分かる?だったら、俺が万人に嫌われる人間だったら?そしたらさあ、俺が死んでみんなはこう思う。やった!折原臨也が死んだ!なんてハッピーなんだろう!ってね。嬉しい。ざまーみろ。清々した。俺が死んでみんながそう思う。それってすごくない?俺の死が、みんなをハッピーにさせるんだよ?そんなこと考えるだけでゾクゾクするよね!人ラブ!だからこそ俺はみんなに嫌われよう!愛してるから!」
ハハハハッと臨也は笑って元気よくおかわり!と屋台の親父に空のコップを突き出した。
俺はなんつーヘリクツだと頭を抱えた。
やはり説教をしてやるべきかと顔を上げると、臨也の向こうの遊馬崎が、真顔で臨也を見つめて言った。
「天才っスか!」
「うん?」
「その発想はなかったっス!」
「イザイザのすごいところは負け惜しみか本気か人に分からなくさせちゃうところだよね!」
「ハハハ褒めてない」
何故か大うけでキャッキャと騒ぎ出した酔っ払い共に、俺は何度目か分からないため息を吐く。
臨也はなみなみと注がれた酒を舐めながら、ふいに笑顔を消した。
「ただこの計画には穴があるんだよねえ」
「今度はなんだ」
「このままだと俺が死んだ時、一番喜ぶのはシズちゃんなんだよ」
フウーと悩ましいため息を吐いて、臨也は先ほどまでの俺のように頭を抱えた。
「人には喜んで欲しいけど、シズちゃんを喜ばせるのだけは不本意なんだよなあ。これはなんとしても俺より先に死んでもらわなきゃだよねえ。やっぱ早いとこ殺さなくっちゃ」
ね?と顔を上げた臨也は笑顔に戻っていた。
相変わらず歪んでいるとは思うが、もう何も言うまい。
「ひらめいた!」
「わ、なに?」
突然ガバッと狩沢が起き上がり、こぶしを振り上げた。
「イザイザが死んだ時、シズちゃんだけが泣くようにすればいいんでしょ?簡単じゃん!イザイザはシズちゃんとボーイズにラブっちゃえばいいんだよ!」
「グリーンだよ?」
「疑問系っすか」
「いや、意味分からなくて」
ポカーンとする臨也に、うげっと顔をしかめる遊馬崎。俺はまたかと首を振る。
「なんで分からないかなー。イザイザとシズちゃんがラブラブになれば、イザイザが死んだ時シズちゃんは泣くよ?泣いちゃうんだよ?これは萌えです!私死にネタも全然オッケーだから大丈夫です!」
「大丈夫なんだ」
「大丈夫!イザイザならできる!ボーイズ、ラブ!!」
「ラブ?」
「はいご一緒にー!ボーイズ…」
「「ラブ!!」」
えいえいおー!とこぶしを高く上げる狩沢に、臨也もつられてこぶしを上げている。
意味分かってねーだろ。ねーよな。
何故俺の周りにはこんな奴らばかり集まるのか。
俺はついに堪忍袋の緒が切れた。

「深夜にそういうことを大声で叫ぶんじゃねえ!!」



日付が変わっていつの間にかつぶれていた渡草を背負い、俺達は駐車していたバンまでやってきたが、臨也はそこで別れを口にした。
「送っていくぞ?もう終電ねーだろうし」
「ちょっと今歩きたい気分なんだよねー。少し歩いたらタクシー拾うからいいよ」
臨也はぶら提げていた折詰めを土産だと俺に押し付け背を向けた。
鼻歌まじりで両手を広げ、蛇行しながらフラフラと歩く様は酔っ払い以外の何者でもなく、さすがに心配になる。
正直その質が気に食わないと思うのに、同級生で変に馴れ馴れしい昔からの腐れ縁が、その辺で寝転がって迷惑をかけては困る。
そう思って再度声をかけようとした時、体の横を何かがものすごい速さで通り過ぎた。
それは前をフラフラする臨也のコートをかすり、爆風も相まってあおられた臨也の体はクルクルと回った。
轟音を響かせて遥か前方の壁にぶち当たったのは真っ赤なポストだった。
振り返るとそこには金髪のバーテン服が、すでに次の得物であるねじ切った街灯を手にしている。
「いーざーやーくーん!なんだなんだご機嫌じゃねーかぁああ?!」
まずいと思ってまた振り返ると、地面に両手をついている臨也が見えて血の気が引いた。
「ま、待て静雄!今は…」
「ドタチン、今日は楽しかった。じゃ、またね」
まさかそれが辞世の句じゃないだろうなと、思った、が、臨也はそのままクッと腰を上げると「よーいどん!」と自分で口にして、いわゆるクラウチングスタートで前に飛び出すように走り出した。
先ほどまでフラフラユラユラしていた酔っ払いとは思えない見事なスタートダッシュだった。
その一瞬後、臨也がいた部分には街灯が刺さったが、臨也自身は飛び出したスピードに乗って壁を蹴り、電柱を蹴って、もうその向こう側に消えており、走り去る音だけが遠ざかっていった。
「待てこらノミ蟲いいいいいいいいいいい」
こちらもまたすごいスピードでその後を追っていく。
「………」
無言で遊馬崎達と顔を見合わせ、遠くなる破壊音に耳を傾けた。
どっと疲れが襲ってきて、俺達は静かにバンに乗り込んだ。

「イザイザ…ボーイズラブだよ。ファイトだよ…!」

深夜の池袋には、狩沢の祈るようなつぶやきだけが漂っていた。



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