「だって俺性格悪いし、シズちゃん俺が喋ってると高確率で怒るだろ」
「テメエそうやってまた俺との賭けから逃げる気か!つうか自分で性格悪いって分かってんなら直せよ!」
「あー!直せってことはやっぱ俺の性格は好きじゃないんじゃん!あっそうてことは外見!そーだよね俺のいいとこなんてそこしかないしね!マジ最っ悪!!」
「違えーよ!!」
「あーはいはいそっかシズちゃん面食いだったのねヴァローナちゃんかわいいもんね」
「違えって言ってんだろ!!!」
思わず手が出て臨也の顔面に俺はグーパンを入れていた。
直前でブレーキをかけたがほとんど衝撃波で臨也が後ろにぶっ倒れる。
「こら静雄!!!」
「大丈夫か臨也!!!」
うんざり気味の顔をしていた二人が弾かれたように立ち上がった。
ソファーの向こう側に倒れた臨也だが、一瞬気を失って、でもすぐに気がついた。
「…うっわ久しぶりにシズちゃんの暴力味わったっつーか鼻血出てるし!」
鼻をつまんで臨也が新羅に手を伸ばす。
新羅がティッシュを渡し、回り込んだ門田が抱き起こした。
これは俺は悪くないから謝る気はない。
「やっぱシズちゃんって分かんない。普通好きだっつー顔面殴る?」
「うるせえ!顔が好きなんじゃねーよ!おい新羅!今すぐこいつの顔ぐちゃぐちゃに整形しろ!つーか俺がぐちゃぐちゃにしてやった方が早えーのか!?ああ!?」
「お、落ち着いて静雄!」
「もうめんどくせーから半殺す!そんで責任とって俺がコイツもらってきゃいーんだろ!!」
「早まるな静雄!」
「え、シ、シズちゃん…それって…」
「ええええ!?なんでそこで臨也は照れてんの!?」
わたつく新羅をよそに、臨也が赤い顔で、そして泣きそうな顔で俺を見上げてきた。
口を開こうとして、でも何も言わずにうつむいて、そんな臨也を支えていた門田がポンと肩を叩く。
それに促されるように臨也は鼻血を押さえていたティッシュを何故か門田に渡して再度キッと俺を見上げた。
「ねえシズちゃん、本当に俺の顔ぐちゃぐちゃでもいいの?」
「顔面生皮剥いでやったら観念して俺と付き合うか?」
「なにそれグロい。俺か弱いからシズちゃんなんかと付き合うと早死にするよ」
「殺しゃしねーよ。テメエ俺の卵レパートリーが増えてんの知ってんだろ。つうかむしろ太らせる」
「てか俺男だし」
「安心しろ俺も男だ」
「後ろ指だって差されるし」
「もう差されてんよ」
「……」
「他にもまだ言いたいことあんなら今のうち言っとけ」
ふてくされたように口を尖らせる臨也を見下ろして言ってやると、何故か新羅がハイッと手を上げた。
「臨也と付き合うと殺し屋に狙われたりするけどいーの?」
「はあ?」
「臨也ってば敵が多いからねえ。特に近頃は性質の悪いのに目ぇ付けられてるらしいよ」
「ちょっと新羅!」
ニコニコしてやがる新羅に俺は溜息を吐いた。
「望むところだ。跳ね過ぎたノミ蟲は俺の威でも借りとけ」
「シ、シズちゃん」
「俺のもんに手を出すってことは俺に喧嘩売ってるってことだよなあ。だったら俺がそいつらを潰してもいいんだよなあ」
「な…っ」
赤い顔でパクパクと口を開くが言葉にならない臨也に俺は指を突きつけた。
「あのな、俺は何年も伊達にテメエを嫌っていたわけじゃねえ。テメエと一緒にいることのデメリットなんざ、俺がこの世の誰より一番分かってる。だからテメエのそれは、全部想定の範囲内だ。テメエがクソなのは知ってるし、でも、だから俺にはお似合いなんだろ」
「…シズちゃんはクソじゃないよ」
「クソじゃなきゃバカだな。だからテメエと付き合える」
俺は床に腰を落としたままの臨也に手を差し伸べた。
「つーか俺以外にテメエなんかと付き合える奴がいるかよ」
ニイと笑ってやると、くしゃりと臨也の顔が歪んだ。
泣きたいのか笑いたいのか鼻血の跡の残るその変な顔がかわいいと思うのも俺だけじゃないだろうか。
「俺は、シズちゃんの手を取れないよ」
「だろーな」
テメエはそういう奴だ。
だから、
「俺が掴むから問題ない」
臨也の胸倉を掴んで引っ張り上げた。
ぐんと持ち上げるとグルンと天井すれすれで臨也の体が回って俺の腕に落ちてくる。
落下の衝撃で臨也が息を飲んで硬直し、喋れないでいるうちにと俺は立ち上がった。
「じゃ、帰るな」
「あ、うん、静雄、その、臨也をよろしくね」
「おう」
二人に見送られ、新羅の部屋をそのまま後にして、あ、臨也の靴を忘れたと気付いたが、まあいいかと抱えたままエレベーターに乗った。
しばらく無言だった臨也がぼそぼそと呟く。
「悔しい。なんで俺がシズちゃんに負けるのか訳分かんない。腹立つ」
「悔しかろうが腹立とうがそういう賭けだろ。テメエの中じゃ駄目な理由が色々あんだろうが、約束だからしょがねーってことにしとけ」
腕の中で臨也の目が見開かれた。
「言ったろ。テメエの考えてることなんてだいたい分かんだよ俺は」
「…ずるいよね。俺はシズちゃんの考えてることなんて何も分かんないのに」
顔を赤くしてギリギリ歯ぎしりする臨也に俺は自然と笑いが漏れた。
それを見た臨也がさらに悔しそうな顔をする。
で、つい、思わず、臨也を抱えなおして、顔の角度をこっち向けさせて唇を重ねた。
硬直する臨也にこれ幸いと舌を突っ込んで、一年ぶりのキスを味わう。
かすかに血の味がした。
それと消毒液と臨也の匂い。
抵抗するなよ、と心の中で念じながら、舌を触れ合わせる。
あまりの柔らかさに脳天がジンと痺れた。
エレベーターが一階に着いて、扉が開いたがやめられなかった。
数秒して扉が自然に閉じ、再度密室となった箱の中で、固まっていた臨也の手がおずおずと俺の首に回って、カッと体温が上がった。

また扉が開いてその向こうに立っていたセルティが爆発するまで、俺は触れ合った粘膜の温かさから離れられず噛み合わせた唇をただただ感じていた。





エピローグ

俺がした賭けは、付き合うという条件ではなかったか。
付き合う=俺のものという亭主関白宣言を打ち立てたシズちゃんに、俺はそのまま拿捕され、お姫様抱っこでねり歩くという池袋中引き回しの刑を経て、シズちゃんのアパートにやってきた。
こう見えて怪我人の俺はベッドの上に降ろされたが、相手はなにせあのシズちゃんだ。
このまま食われちゃうのではないか(性的な意味で)と思っていたが、思ったよりシズちゃんは紳士だった。
というか、やはり悲しいかな童貞だった。
一線を越える条件として、俺以外で童貞を切って来いと言おうかとも思ったが、結局言えなかった。
別の人と普通に初体験を終えても、失敗しても、どっちに転んでもシズちゃんが可哀相だなと思ってしまった。
そんなことを思った自分が恥ずかしい。
俺は本当に信じてしまってもいいのだろうか。
この状況を受け入れてしまってもいいのだろうか。
両思いなんて初めてで、自分でもどうしたらいいか分からない。
それでも一度両思いなんて味わってしまったら、もう片思いをしていた自分には戻れないと分かっていた。
片思いでいるのは楽しかった。
新羅やドタチンに恋の話を垂れ流したり、シズちゃんのことを思ったり、遠くから眺めたり、本心を隠して喧嘩したり、とても楽しかった。
それを手放すのは少し寂しい。
でも、化け物みたいな力を持っているくせに、卵でも抱くみたいにしてキスしてくるシズちゃんを、突き放せないほどには疲れていたのかもしれない。

長いキスから開放されて、ホッと息をつく。
これ以上されたら勃起するじゃん。
足を撃たれたのは失態だったが、ある程度血が抜けてて良かったと思った。
シズちゃんは赤い顔をしていたが、それ以上は何もせず、布団を俺の肩まで引き上げて、ポンポンと叩いた。
天然ってほんと恐ええ。あまりのイケメンっぷりに逆に心臓がバクバクして眠れそうにない。
別に残念とかは思っていないし、むしろ助かったと思ってるけど。
だって心の準備ができていなさすぎる。
あと体の準備も。
「ねえシズちゃん、本気で俺と付き合うの?」
立ち上がろうとするシズちゃんを引き止めて聞くと、ビキンとその額に青筋が浮いた。これはもう癖なんだろうか。
「お、まえ、まだんなこと…っ」
「いやあの、実際問題、シズちゃんって男相手に勃つのかなーって…」
聞くとバフンと顔から湯気を立てるほどに赤くなるシズちゃん。
あ、そっちは大丈夫なのね。
でも、じゃあ
「…やり方、わかる?」
さらにカカーッと赤くなるシズちゃん。まるで赤鬼だ。
よし分かった。その顔は分からない、だね。
シズちゃんの考えは理解できないことばかりだが、こういう表面上の思考は分かるもんだなあと俺は頷いた。
「じゃあ、新羅かドタチンに聞いて勉強しといてね。俺はそれまでに覚悟でも決めとくから」
今夜のちょっとした意趣返しに、二人にはもう少し俺たちに付き合ってもらうことにしよう。
二人ともシズちゃんに男同士のセックスの仕方を聞かれて右往左往すればいいさ!
「うーんあとはやっぱ露西亜寿司で交際記念パーティするべきかなあ」
トロ食べたいと言うと、シズちゃんはベッドの脇にずるずると座り込み、好きにしろと耳まで赤くして呟いた。



実はすでに俺の抱っこ写真がネット上で飛び交い、シズちゃんの垂れ流す恋話をカウンター越しにこの一年聞いていた板前店主が、この日の朝市で最高級マグロを競り落とし、今度は最初から路上パーティーという大々的な交際宣伝を行ってくれるおかげで、俺の思惑外なところで池袋一有名なゲイカップルになってしまうのだが、それに俺が気付くのは数時間後のことであった。



終わり

戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -