「つまりおまえは、静雄に彼女ができた腹いせに、裏でやんちゃし過ぎてヤクザに目をつけられている、と」
「まあ簡潔に説明するとそうだけど、腹いせとか言われると身も蓋もないよ!ドタチンひどい!」
「ハハハほんと馬鹿だよね臨也って」
笑ってやると臨也は尖らせた口のまま水割りをあおった。
お歳暮でもらった高級酒がようやく日の目を見たが、臨也にはもったいないので薄く水で割ってやった。
本当は怪我人にアルコールなんてもってのほかだが臨也だしいいや。
隣では門田君が疲れたような顔で同じく酒をあおっている。
巻き込まれてかわいそうとは思うが、同じ被害者は僕だけじゃさびしいので逃がさなかった。
早くセルティ帰ってこないかなあ。
「でも静雄に彼女って、本当なの?」
「俺も聞いたことないな」
「あのね、俺これでも情報屋なの。ましてやシズちゃん情報を俺が逃すわけないでしょ」
臨也はダンッと空になったグラスを机に打ち付ける。
そのグラスにお代わりを作ってあげながら、僕は首をかしげた。
「それ自分で確かめたのかい?」
静雄が臨也を好きだと言い出した日のことを思い返す。
あれから静雄と臨也の長かった争いは終戦を迎え、ぎこちなくも穏やかな日々が続いていたのではなかったか。
相手が誰であれ、人を好きになること、そして力をコントロールすることを覚えたらしい静雄は格段に人間らしさを取り戻していた。
まあ元から彼は人間だったからね。
あの異常性に惹かれていた僕にとっては少し寂しいことであるが、おかげで静雄の周りには今まで敬遠していた人たちが集まってきており、どうやら楽しくやっているらしい。
それでも彼の仕事中はたまに自販機が空を飛んでいるらしいが、少なくとも臨也のせいで飛ぶことはなくなった。
二人が友達になったと聞いた時にも驚いたものだ。
そしてそれ以来臨也が池袋に来ることは減っていた。
「俺がこっちに来るとすぐバレるから、彼女ができたって聞いたのは人づてだけど、でも本当だよ」
ほら、と携帯の画面を見せられて、僕と門田君は覗き込んだ。
カフェテラスで静雄が女の子と二人でお茶をしてる写メだった。
おそろいの金髪で、可愛い女の子の差し出すフォーク、その先のケーキを静雄が口にしてる、などというどう見てもイチャイチャした写真に僕と門田君は顔を見合わせた。
これが原因で臨也が馬鹿な荒れ方をして僕にまで迷惑が…。
なにやってんの静雄…。
僕が頭を抱えていると、ちょうど臨也の手にした携帯が鳴った。
何故か演歌だった。
顔をしかめた臨也がしぶしぶそれに出る。
「はい、なに?今?新羅んちだけど。ちょっと野暮用でね。いやほんっと無駄に高性能レーダーしてるよね。なんで分かんの?は?いいよ来なくて。てか俺すぐ帰るし。そっちは明日も仕事なんでしょ。早く帰って寝なよ。あーうん、ちゃんと録画してるよ。そんなに弟君好きならいい加減ブラウン管テレビ買い換えたら?そろそろ地デジ対応にしなよね。明日の夜?勝手に入って見てれば?じゃあね、うん、はいはい、おやすみ」
ピッと会話を終えるボタンを押した臨也は携帯を見下ろし溜息を吐いた。
「と、このように俺はシズちゃんの弟ドラマ録画専用機となりはて、シズちゃんにはかわいい彼女ができました。おしまい」
やさぐれたように吐き捨てる臨也に、僕はあきれたように笑うしかなかった。
「いやいやいや、今の静雄だよね?僕には普通に君らがラブラブに聞こえたよ?」
「だな、おまえらそんな交流できてたんだな」
門田君もしみじみとした顔で、しかし遠い目をしていた。
お互い臨也の恋愛話を長い間聞いてきた身として、ここまでの進展には感慨深くならざるを得ない。
ところが臨也は、
「はあ?どこがラブラブ?いいように使われてるだけだし!こんなことならまだ喧嘩してた方がマシだった!なんなのシズちゃん!リア充っぷり腹立つ!」
たいそうご立腹である。いやでも待って。
「それもこれも全部君の差し金でしょ?なんで腹立ててんの」
「…そうだけどさあ…」
実は静雄の周りに人が集まっているのは、影で臨也の介入があってこそだ。
確かに静雄は変わった。
でもそれを周りが理解するのには時間がかかる。
しかし臨也が池袋へ送り込んだ人達は、本人達さえそれが臨也の仕業だと知らずに静雄のもとへと集まるのだ。
無駄に働く悪知恵がこんなところでも使われていることを知る人物は少ない。
「静雄が寂しくないように池袋に化け物を集めてあげよう作戦だっけ?彼女は関係ないの?」
「…あるけどさあ…」
「あんのかよ」
門田君もあきれたように言った。
ご覧の通り臨也は天邪鬼なので、そんな馬鹿な計画を本当に実行してしまった。
おかげで池袋は前以上に魑魅魍魎が跋扈するゆかいな土地になっている。
「彼女はまあ、人間だけど、ロシアから来た戦闘狂の変人だからシズちゃんともお似合いだよ」
「お似合いっておまえなあ」
「静雄に彼女ができるよう奔走してたくせしていざできるとこれだもんなあ。ほんと君は馬鹿だなあ」
臨也は怪我した足を投げ出したまま、もう片方の足を曲げて膝を抱えた。
いい年をした大人が拗ねてますという態度だ。
セルティだったらかわいいだろうに臨也ってだけでかわいくない。
「うっさいなあもう。俺は今落ち込んでるし腹立ってるけど後悔はしてないよ。シズちゃんに彼女ができて良かったって思ってるし、俺が今荒れてるのは八つ当たりだよ」
「八つ当たりの自覚あるんだね。結構結構。じゃあ僕らにも迷惑だって理解してくれるよね」
「分かった。俺もう高飛びする。それでいいでしょ」
僕と門田君は再度顔を見合わせた。
ほんとに困った奴だな。
「止めないよ僕は」
「知ってる。新羅ってばそういう奴だよね」
「俺ちょっとトイレ」
「ドタチンもそういう奴だよ!」
臨也はガブガブと酒をあおった。分かりやすく荒れてる。
こういうところが面白くて嫌な奴だと思っても憎みきれないんだよね。
臨也はどうやら多めに打った痛み止めの麻酔とアルコールで、ただでさえない理性が飛んでるようだ。
「やっぱり、やっぱりだよ。期待なんてしてなかったけどさ、シズちゃんが俺のこと好きだとかやっぱりありえなかったんだよ。というかシズちゃんもう覚えてないよね。自分がそんなこと口走ったことなんて。黒歴史にするどころか素で忘れてるよ。脳筋だもんね」
「忘れるように仕向けたのも自分でしょ」
「そうだよ!ちょっと俺が顔出さないでいてさ、他の人にちやほやされたらシズちゃんの好意ベクトルなんてあっという間にそっち向いちゃうよね知ってた!知ってたけど本当にあっさり彼女作りやがってあーもうホント単純!かわいい!死ね!」
「支離滅裂だね」
さりげなくさらに水の割合を高くした酒というかほとんど水を渡す。
「そんなこと言いつつ友達してるんだよねえ君たち」
「…だって、俺はシズちゃんのこと好きだし」
幾分高くなっていた声を顰めてポツリと呟く臨也に、僕は笑いを漏らした。
ほんとにしょうがない友人だ。
こうして臨也の静雄好き好き話を聞くのは久しぶりだった。
戻ってきた門田君が黙って僕に目配せする。
僕も頷いて臨也にかけてあげるべく膝掛けを取りに行った。
一応怪我人だし。
「たまには君の恋話に付き合うのも悪くない。ただしセルティが戻ってくるまでね」
「ちょっと、俺だっていつも新羅の恋話に付き合ってんだからイーブンでしょ」
「待て、じゃあ俺は帰っても…」
逃げようとする門田君をすかさず臨也の腕が掴む。
というよりソファーから身を乗り出しすぎてもはや落ちそうなのを門田君にしがみついて堪えてるようでもある。
「なによドタチンも話したい恋話あるんだったら話しなよ。てか超聞きたい!」
「おまえらに話せる話なんざまるでないな」
「ひっど!やだな誰にも言ったりしないよ。掲示板に貼り出したりもしないよ」
「小学生か!」
門田君はソファーに臨也を押し戻しながら隣に座った。
僕は臨也に膝掛けをかけてやり、あらためて三人で乾杯した。
あとほんの少しの間、この可哀相な天邪鬼の話に付き合ってやろう。




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