シズちゃんが壊れた!

俺は声を大にして言いたい。

シズちゃんが壊れちゃった!!

大事なことなので二回は言いたい。
まず俺はシズちゃんの口から好きだとかいう単語が聞けるとは思いもしなかった。
しかもその対象が俺だとか、狂気の沙汰としか思えなかった。
シズちゃんは良くも悪くも単純で、俺のことが嫌いだったらそれは絶対で、しかも散々嫌がらせした俺だとか一番ありえなくて、だからどう見てもこれは壊れているのだ。
俺は壊れちゃったシズちゃんの背に負ぶさりながら、昨日以上に悪化した状況に今にも意識が飛びそうだった。
早くシズちゃんを新羅に診てもらわなければ。きっと脳に虫か何かが寄生したに違いない。
一夜明け、宿を出る前にだっさいハーフパンツを買ってきやがったことにも文句は言うまい。
だから早く池袋に帰って診て貰おうよその湧いた頭の中をさ!と皆まで言わず、俺はなんとかこれ以上シズちゃんを刺激しないよう細心の注意をはらって帰るよう促した。
シズちゃんはなんだか名残惜しそうに土産なんか買って、それでも帰路へとついてくれた。
大丈夫、大丈夫だ。新羅に手術してもらえば大丈夫。頭かち割って脳味噌ジャブジャブ洗ってもらったら、きっと元のシズちゃんに戻れるよ。
そうしたら今まで通りシズちゃんはやっぱり俺が嫌いで、俺は安心してシズちゃんを好きでいられる、違った嫌いになれる。
シズちゃんの背中でそんなことを考えていると、だんだん悲しくなってきた。
本当にこの世は何がどう転ぶか分からない。
シズちゃんが俺のことを好きだなんていうファンタジーが三次元になるとは夢にも思わないし頼んでいない。
本当はこんな風に触れることすら、妄想だけでお腹いっぱいなのだ。
正直困る。本気で困惑している。
ああ、白状しよう。俺はシズちゃんのためなら死んでもいいと思えるほどシズちゃんが好きだ。愛している。この両足の骨折のことを考えるにつけ、そう結論つけざるを得ないことを認めようじゃないか。
だが同時に、俺はシズちゃんのせいで死ぬ気はまったくないのである。
この辺のニュアンスをどうか汲んでほしい。

大変遺憾であるが、シズちゃんとそういう意味で付き合うことなど俺には無理だ。
俺が男であることはこの際たいした問題ではない。俺が普通の人間であることが問題だった。
シズちゃんを好きになってこの方、この俺が何も妄想しないでいられるはずもないじゃないか。
もちろんするよ。もしもシズちゃんと付き合えたらとか、シズちゃんとセックスしたらどんな感じだろうとか、それはもういろんなシチュエーションをシュミレーションしまくったよ。
うん、まあ、そしてもちろん妄想ですら散々だったわけです。
肩を抱かれただけで脱臼するわ、キスで顎が外れるわ、セックスに進むまでにすでに満身創痍だった。
俺の性能良過ぎる脳が妄想ですらリアルを再現してしまいこの有様である。
セックスにいたっては悲惨を通り越して惨劇だった。
もしも俺がタチだった場合、俺の息子はシズちゃんの括約筋という名のギロチン台でシャウエッセンのCMみたいな末路をたどり、ネコだった場合は、股関節脱臼ならまだしもヘタしたら内臓破裂のスプラッタであった。
俺は早々に悟った。
シズちゃんとの恋はファンタジーで楽しもう、と。
だから俺はシズちゃんを俺と同じ次元には置かず、アイドルのように愛で慈しんできた。
そうすれば俺は無事だし、シズちゃんは汚れない。
なにも問題なかった。

今、俺はこれまで目をそらしてきたその問題と直面している。

くそぅ、俺ケムいのは嫌いだけど、シズちゃんのタバコの匂いは嫌いじゃないんだよな。
やっぱり好きだ。嘘、やっぱ大嫌い。
シズちゃんの背中にもたれ、肩に顎を乗せて俺はゆらされるままぐったりとしていた。
熱で朦朧としつつそんなことを思っていたが、ふいにシズちゃんが携帯を取り出して、メールをチェックし始めた。
どうやら新羅からの様子うかがいのメールが届いたようだったが、問題はチラリと見えた、その携帯の待ち受け画面だった。

な ん で 俺 だ よ 。

うっかり気を失いかけた。
いつ撮ったのか俺の寝顔、いや、うなされ顔だった。
熱で赤くなり眉ひそめて汗かいたみっともない顔を待ち受けにするなんざどういう嫌がらせだよ!
一応俺、普段はもっとまともな顔してるはず。
これでも顔だけはいいとかそこそこ人気ですよ?なのによりにもよってそこ?その顔?ありえない!
シズちゃんってそういう趣味なわけ?
いやいやいやいや問題はそこではなく。
俺はパクパクと口を動かしたが言葉にできなかった。
写真の顔はともかく、そういう俗っぽいことをシズちゃんがしていたことが驚きだった。
いや、シズちゃんだからこそ、そういうウブなことをしでかすのも頷けた。
でも、でも、これはなんだ。
シズちゃんの肩に添えた手の平にジワジワと汗が滲んできた。
やめてよシズちゃん。シズちゃんは、そういうことしないで。
俺は自分の携帯の凄まじいシズちゃんフォルダのことは棚に上げて思った。
むしろそんな携帯を所持しているからこそ思った。
こっちにこないで。
こっちに堕ちてこないで、と。

一体どうしちゃったのシズちゃん。
ねえ、嘘だろうシズちゃん。
まるで本当に恋をしているみたいじゃないか。

人のようで人あらざるシズちゃんの、そのデタラメな体の内側で、なにかおかしなことが起こっている。
俺は急に不安が膨れ上がって、バクバクと心臓の音が大きくなって、朦朧としていた頭がクリアになった。
シズちゃんのタバコの匂い交じりの体臭が、やたら生々しく気になってきてめまいがする。
昨夜のキスがまた脳裏に蘇って来る。
舌がしびれるようなタバコの苦味を思い出して、ごくりと喉が鳴った。
もうだめだと思った。
脳に入り込んだ寄生虫か、はたまた地球を侵略しにやってきたエイリアンの仕業か何かでおかしくなったシズちゃんが、何故だか俺と恋愛しようとしている。
なんて恐ろしい。
リアルに怖い。
ファンタジーはファンタジーだからこそ美しいのだ。
現実になったファンタジーはホラーだ。
俺は叫び出したいのを必死でこらえて新羅の家までシズちゃんの背中から飛び出すのを我慢した。
新羅の家に着いた頃にはもう限界だった。
恥も外聞もなくセルティに飛び移ってシズちゃんから逃げた。
シズちゃんはびっくりした顔をしていたけど、それどころじゃない。
出迎えた新羅やセルティも驚いていたので、俺は必死で説明した。
「シズちゃんが壊れちゃった!!」
…と。
これまでの経緯と、俺の考察(寄生虫説およびエイリアン説)を交えて必死で訴え、一刻も早く治療が必要だと。
そしたら何故か新羅とセルティの様子が変わってきて、二人してソファーに座った俺の前に仁王立ちになりこう言った。

「おまえは一体静雄をなんだと思っているんだ!」

セルティのPDAは新羅のセリフの字幕のごとく突きつけられた。


え?なんで俺が怒られてんの?




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